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34.青柳の部屋で 2

「お風呂とかどうする?母屋(おもや)に行けば大きいヒノキ風呂とかあるけど。ここもシャワーくらいならあるよ」

「ここシャワーまであるの?」

「あるよ。見てみる?」

 キッチンスペースの横のドアを開けると短い廊下になっていて、突き当りのドアを開けるとトイレと一緒になったユニットバスがあった。

 小さいけどちゃんと湯船まである。

「本当にひとつの家だねぇ」

 ここだけで生活ができる設備が整っている。

「じゃあシャワーだけ借りるよ」

 やっぱり泣いたせいか髪の毛とかほっぺたとかぺたぺたしてる感じで気になってたんだよね。

 着替えは……と思って見ると、玄関から入ってすぐの部屋のすみに今日買った大きな紙袋と一緒に持ってきた荷物もちゃんと置かれていた。

 着慣れたパジャマと下着を取り出してお風呂に向かう。

「タオルはトイレの横の棚にあるから適当に使って」

「わかった。ありがとう」

 シャワーの蛇口を回して、お湯になるのを待つ間に服を脱ぐ。

 置き場所に困ったので、とりあえず閉じたトイレのふたの上に置いておく。

 洗面台の鏡に映った誓言の魔方陣が見えて首をかしげる。

「なんか形変わってない?」

 前は円形だったのに今は何かの花みたいな形に見える。

「……なんだろ?」

 とりあえずシャワーがお湯になったのでさっさと入ろう。

 頭からお湯を浴びると、ふはーっと息がもれた。

 やっぱり一日慣れない環境で緊張していたらしい。

 ぺたぺたする髪とかほっぺたとか首とかを手でこすってふと気づく。

「あ。シャンプーとかせっけん持ってきてない。……いいか。ちょっとだけ借りちゃおう」

 置いてあったリンスインシャンプーとせっけんで手早く洗って、浴槽の中でざっと体をふいて出る。服を着たら今度はドライヤーの場所がわからない。

だいたい洗面所の近くだと思うんだけど……見当たらない。

仕方がないので体をふいたタオルで髪をまとめつつ、使い終わった服を抱えてドアを開けた。

「ドライヤーってどこにあるの?」

 聞いたら、なぜか部屋の真ん中で正座していた司が器用にその状態でぴょんと跳ねた。

「……大丈夫?」

「うん……大丈夫。ドライヤーはこっちの部屋にあるからちょっと待ってて」

 ふすまを開けて隣の暗い部屋に入っていく。すぐに銀色のドライヤーを持って出てきた。

「はい。これ使って」

「ありがとう」

 乾かし始めると、司は近くに座ったままなぜかこっちをじっと見ている。

「見てないで司も入ってきたら?」

「うん……そうだね。寝る時はその布団とこの部屋使ってね。俺はあっちの部屋で寝るから。ふすま一枚しかないのが気になるなら俺は母屋で寝るけど」

「それは別に気にしないけど……。手をつないでて欲しいって言ったら迷惑?」

「迷惑じゃないよ!ただ……」

 司は視線をさまよわせて何か迷っているようだ。

 手をつないでた時のあたたかさがすごくほっとしたから、あればよく眠れるかなって思っただけのことだ。困らせてまですることでもない。

「ごめん。今の忘れて」

「ちょっ、待って待って!……そうだ。

俺は今日彩音に必要以上に触れないし、嫌がることはしないと誓言します」

 言葉とともに出てきた小さな魔方陣に司が指先を噛み裂いて血を垂らす。

チカッと光った魔方陣は、小さなきらきら光る粒になって司に降り注いだ。びっくりして見ている目の前で、そのまま司の中に消えていく。

「な、何してるの」

「俺が馬鹿なことしないように誓言したんだよ。自覚ないんだろうけど君はかわいいし、いいにおいもするし魅力的なんだよ。安心してくれるのは嬉しいけど、もう少し警戒してよ」

「いいにおいって……お風呂に置いてたシャンプーとせっけん使ったから司と同じにおいだと思うけど」

「同じにおい……それはそれで嬉しすぎる」

 急に両手に顔をうずめて倒れるから、思わず背中をぽんぽん叩いた。

「……大丈夫?」

「あんまり大丈夫じゃない」

「とりあえずお風呂入ってくれば?」

「……そうする」

 立ち上がって隣の部屋から着替えを持って出てきた司がドアの向こうに消える。

 静かになった室内で、ふうーっと息をついた。

 そのまま背中から畳の上に倒れる。

 思いっきり泣いて、眠って、ご飯を食べたおかげか頭の中がすごくクリアだ。

 天井板の木目を見ながら考える。

 今まで……知らないところに急に来ちゃったのももちろん怖かったけど、自分が群衆なのがやっぱり苦しかったんだと思う。

 色付きに比べれば弱いし、すぐ死ぬし、できることも少ない。

 司のことを好きになったって、無理だって諦めてなかったことにしようとした。

 だけどそれでも。苦しい思いや痛い思いをしても、司が私を望んでくれるなら。

 私だってできることをしよう。

 司にできて私にできないことは多い。

 だけどきっと、群衆だっていうのは言いわけにはならないんだ。

 私はやっぱり守られるだけじゃなくて、司の隣に立ちたいから。

 この間みたいに、司を泣かせるようなやり方じゃなくて、もっと別のやり方で。

 ……できないことは仕方ない。だけどできることは諦めない。

 司と一緒にいるために。

 私に、できることはなんだ?



 考えていると、ガチャっとドアが開いた。

「そんなとこで寝てたら風邪引くよ」

 白いTシャツと膝丈(ひざたけ)のジャージ姿で走り寄ってくる司に、起き上がりながら笑いかける。

「おかえり」

「えっ、あ……ただいま」

「髪、乾かしなよ」

「このままでも大丈夫だよ」

 乾かさなくても寝癖にならないのかな。うらやましい。

「ちゃんと乾かさないといたむよ。こっちおいでよ」

 さっき使ったドライヤーのところまで行って司を座らせる。私は立ったままドライヤーのスイッチを入れて司の髪を乾かす。

 ……ほんっとうにさらさらだな。

「気持ちよすぎて寝そう」

 うっとりした声で言うから自然と笑みがこぼれた。

「布団の上で寝ないと風邪引くよ?」

 さっきの司をまねて言うと、司はそっと私を見上げてきた。

「本当に同じ部屋でいいの?」

「誓言までしたくせに、なに言ってるの?それにお願いしたのは私だよ?」

 髪を乾かし終えて、部屋の真ん中の机を片付けた。

 部屋の端に置いていた布団と、司が部屋から持ってきた布団を少し離して並べて電気を消す。

 月明かりでぼんやり明るい部屋の中、手をつないでぽつぽつといろんな話をした。

 好きな食べ物や好きな本。話しているうちに少しずつ返事の間隔が長くなって、お互いそのまま眠ってしまったみたいだ。


      *


 あったかくて幸せな気分で目を開けると、焦点が合わないほどの至近距離に誰かの首すじがあった。見上げると、しゅっとしたあごと濃紺の髪の毛が見える。

 どうやら司に眠ったまま抱き込まれているらしい。

 起きようと思っても私をしっかり抱える腕は外れそうもない。

 困ったなあと思いながら、目の前の首に鼻をすり寄せてみる。

 せっけんと混ざった司のにおいに包まれて幸せな気分になった。

 大きく出っ張ったのどぼとけを指先でつついていたら、唐突に司が目を開いた。

「……え?なにこれ夢?」

 ぼんやりつぶやいた司が私のつむじに顔をうずめてくる。

「あったかい……いいにおい……」

「ちょ、ちょっと司!起きて起きて!」

 さすがに脳天のにおいをかがれるのは恥ずかしい。

「あれ……夢じゃない?……うわ!誓言が役に立ってない!」

「日付変わったからじゃない?」

「初歩的なミスだ……」

「あと、嫌がってないし」

「そんなこと言われたら放せなくなるよ」

「それは困るな。顔も洗いたいし服も着替えたい」

 腕をゆるめてくれたから、くすくす笑いながら起き上がる。

「でもよかった。眠ってても加減できてて。起きたら彩音を抱き潰してたなんてことになったら泣くに泣けないよ」

「それは……ありえるね」

「まあ、そうなる前に使役獣が俺の腕食いちぎってでも止めてくれると思うけど」

「起きたらそんな状況だったら嫌過ぎるよ」

「だよねえ。使役獣と契約できれば少しはましになるとは思うけど」

「それなんだけど、どうやって契約するの?群衆は契約できないはずでしょ?」

「うん。普通は無理。だけど、俺と彩音だからできるんだ。

一番重要で、大きな障害は名前。生まれたときから持ってる名前じゃないと契約には使えないから。これは彩音なら大丈夫。あとは魔力だね。こっちは俺がなんとかするから問題ないよ」

「なんとかって何するの?」

「うん?なんとかだよ」

 あからさまにごまかされた。不穏な予感がするんだけど。

 でも今、追求しても答えないだろうな。

「ところで今日って何するの?」

「今日は特に何もなしかな。明日はじじいの前で完全誓言しなおして、使役獣との契約の許可をもらったら、あとは使役獣と契約して、おしまい」

「だいぶん簡単に言ってない?」

「実際こんなものだよ。今日はどうする?何か買いたいものがあるなら車出させるけど」

「……買い物はいいや。昨日貸してもらった本もあるしのんびりしたい」

「じゃあそれで」

 簡単に今日の予定が決まった。


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