33.青柳の部屋で
起きたら外が暗かった。
障子越しに月の光が畳を照らすのをぼんやり眺める。
まばたきのたびにまぶたがくっつきそうに重いのは、多分泣きすぎたせいだろう。
「起きた?」
静かな声に目を向けると、青柳が枕元に座っていた。
「うん」
答えようとして声がうまく出ないのに気づく。
「お水あるよ。起きられそう?」
起きようとして、ずっとあたたかかった左手に気づく。
「手、つないでてくれてありがとう」
つながれたままの左手が嬉しくて、きゅっと握り返した。
なごりおしいけど手を離して起き上がる。
「ちょっと待ってて」
青柳は部屋の端にある冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。いつものように一口飲んで渡してくれる。
冷たい水がのどを通っていく。半分以上一気に飲んで、ようやく落ち着いた。
「ありがとう」
ぱりぱりになっていた口やのども潤って、声も普通に出る。
「ご飯食べられそう?」
言われてみればお腹がすいている気がする。
「今、何時なの?」
「ええと……見えないな。ちょっと電気つけるね」
ぱちんとスイッチを入れる音がして、部屋の中が明るくなる。
暗さに慣れた目には痛いくらいだ。
「八時半だね」
「私そんなに寝てたの」
「疲れてたんでしょ。……ごめんね、振り回して」
「いいよ。これが青柳にとっては普通なんでしょ。もう落ち着いたから、大丈夫」
「……ありがとう。それで、その、呼び方なんだけど」
「うん?」
「ここ青柳家だから全員青柳なんだよね。ややこしくなるといけないから下の名前で呼んでくれると、嬉しい」
「あーそっか。じゃあ司?いや、司さん?司様?」
こんなでっかい家の跡取りを呼び捨てはまずいよね。
「司で!」
「……でも、いいの?」
「君に呼んでもらう名前は特別だから。敬称なんてつけられたくないよ」
「……司」
「はい」
「お腹がすきました」
「ははっ。そうだね。食べようか」
青柳……司は嬉しそうに笑って立ち上がった。
「一応冷めても大丈夫なメニューにしてもらったけど。吸い物だけ温めてくるからちょっと待ってて」
なんとなく司の背中を目で追うと、部屋の奥にキッチンスペースがあった。片手鍋をコンロの上に置いてスイッチを入れる。
戻ってきた司が部屋の端にあった机を動かそうとしているので、あわてて布団を片付ける。
司が玄関との間を仕切っていた障子を開けると、旅館とかで出てきそうな足つきの立派なお膳が並んでいた。
……これはまた器だけでも高そうな……。
「あれだけ言ったのに高足の膳とか……いいや。皿だけ並べよう」
司はお膳から料理の乗ったお皿を次々に机に並べていく。
木の枝や花が飾り付けられ、箱庭みたいにきれいなひとつの世界を完成させていたお膳が崩れる。
でも机の上にばらばらに置かれたお皿の料理のほうが、気楽においしく食べられる気がした。
「あ!」
司があわててコンロに走り寄る。
「ごめん。沸かしすぎた」
情けない顔をしながら置かれた、おわんの中の少し崩れた鳥団子が嬉しい。
「気にしない気にしない。それより食べちゃおうよ。お腹ぺこぺこだよ」
二人で向かい合って『いただきます』をして食べ始める。
しっかり味のしみた野菜の煮物や皮がぱりっと香ばしい焼き魚。木製のおひつに入っていたご飯はまだほんのりと温かい。
温めすぎたお吸い物は舌をやけどするほど熱くて二人で笑った。
『ごちそうさま』をして食べ終わったお皿はお膳に戻して玄関の端に置く。
「置いとけば取りにくるから」
本当、至れり尽くせりだなあ。