3.一夜明けて
はい。一夜明けて寮の二段ベッド上の段での起床です。
同室の人はたぶんまだ起きてません。
お風呂場で確認したら、私も見事にモブ外見になってました。
くすんだ茶色の髪と目は群衆全員共通らしいです。
夕食は普通においしかったです。定食一種類のみっていうシンプルさもグッドです。好き嫌いがあると大変だと思うけど、私はそんなに嫌いなものがないので問題なしです。
朝晩の寮の食事にお金はいらないけど、昼食は学食で食べるか購買で買うことになるようです。
使うお金は支給されているプリペイドカードからのお支払い。
部屋には制服以外にもパジャマや普段着にできそうな服も何着か用意されてました。洗濯物は専用のかごに入れておけば、放課後には部屋に届いているらしいです。……サービスがすごい。
……なんとなくリポーター調で報告してみたけど、まあ本当に寮の方は何の問題もない。そもそも色付きと群衆で寮自体が分かれてるからね。正直寮から出ないのが一番安全なんじゃないかっていう気さえする。
ただまあ、私の目標は生き延びることなので。
引きこもってたら死ぬことはないかもしれないけど、これからの人生設計があんまりいいものにはならなさそうな気がする。
とりあえず今日は、群衆としての将来について知識を仕入れていこうと思う。延々一年を繰り返すゲームの世界でないのなら、卒業後どうやって生きていくかは大きな問題だからね。
今のところは寮と学食でなんとかなってるけど卒業したら働かないといけないし。そのあたりも確認しておきたいな。
内容によっては引きこもりも視野に入れつつ、なんならすぐに働けそうなら退学して働くのも手かなとは思う。
ただ、学園の外にももちろん色付きはいるはずだから、中退するメリットはそれほどないかもしれない。そのあたりも情報を仕入れてみないとなんとも言えない。
とにかく情報収集だ。何にもわからないままだと立ち回り方も考えられないしね。
*
同室の子に案内されながら教室まで向かう。
彼女は二年二組。主人公のいるクラスらしい。
お礼を言ったら……さあ、青柳のいるクラスに行くぞ!
緊張でかなりの手汗をかきつつ、できるだけ静かに教室のドアを開ける。
……濃紺の頭は見当たらない。茶色い風景最高!ほっとする。
私の席はどこだったっけときょろきょろしていると、
「あんたもう大丈夫?放課後まで休んでたって記憶そんなにヤバかったの?」
教室の真ん中あたりの席から気さくに声をかけてきてくれたのは……たぶん昨日保健室までついてきてくれた男子!
隣の席だったから私の席もあのあたりのはずだ。
「昨日はありがとう。私の席ってこっち側でよかったんだっけ?」
「いやいやこっちな?インストールうまくいかなかった感じ?」
「うーん……記憶は入ったんだけどうまくなじまないというか……」
前の記憶が邪魔して折り合いがつかないというか。
「そんな感じなんだ?まあ、わかんないことあったらそこらのやつに聞けば教えてくれるから」
彼が雑な感じでひらっと手を振ると、近くの生徒たちが軽くうなずいたり笑いかけてくれたりする。
色付きからは一切見分けのつかない群衆だけど、群衆同士なら顔かたちもわかるし見分けもつく。
ただ、みんなだいたい似たようなくすんだ茶色の目と髪で、さらに校則で同じような髪型をしているから、分かりづらさはある。
よく見るとぜんぜん違うんだけどね。
「ありがとう」
お礼を言って男子が教えてくれた窓際の席につく。
教科書をカバンから取り出していると、ガラリと後ろの引き戸が開く音がした。
何気なく向けた目に映ったのは、濃紺の髪。
……青柳だ。
青柳は眠そうにあくびをしながら入り口辺りにいた男子の首を何気なく折って、前から二列目廊下側の席につく。首を変な方向に曲げたまま床に倒れた男子をどこからか現れた藍色の狼(青柳の使役獣だ)が当然のようにかじり始める。
「……!」
とっさに出そうになった悲鳴を両手でのどの奥に押し込める。
注意を引くのはまずい。周りを見回しても誰もあわてたり騒いだりしていない。
『ここでは当たり前のことなんだ』
そう常識が指摘するが、目の前の光景の衝撃度がひどい。
「吐きそう……」
涙目になって机に突っ伏す私を、隣の男子が面白そうに見ていた。
「大丈夫?もう一回保健室行っとく?」
「ううん……いい」
どれだけありえない状況でも、ここが今の私の現実なのは変わりない。
保健室に避難しても、もう一回常識をインストールしなおしてもらっても意味がない。
「ねえ、生き延びるコツとかってある?」
吐き気と戦いながら隣の男子に聞いたら、
「……ほんっと、『記憶飛び』ってヤバいな!」
あきれた顔で笑われた。いや、ほんとそういうのいいから。
この世界の常識的におかしくったって、私は死にたくないんだってば。
担任の先生が入ってきてホームルームが始まる頃には男子の死体も、散った血もきれいになくなっていた。
*
いきなり恐怖の始まり方をした青柳のクラスメイトとしての一日だけど、意外にも青柳は普通に退屈そうに授業を受けている。
あくびをしたり、時々頬杖をついた姿勢から、かくっと舟をこいだり。
朝のことさえなければ普通の人だと思いそうになるくらいだ。
そんな青柳が二時間目が終わった後、教室から出て行ったまま帰ってこない。
……移動教室だと思って一人で行っちゃってるとかだったら、笑っちゃうんだけど。
「帰ってこないけど大丈夫なのかな?」
「最近大体あんなだから。昼休みウザいのがくるから逃げてんだろ。こっちにとってもその方がありがたいしな」
「ウザいのって何?」
「あー……見りゃわかる。あれが来ると青柳の機嫌がめっちゃ悪くなるから、死にたくないなら逃げてろよ」
「いや、だからあれって?」
「ウザいのだって」
あいかわらず隣の席の男子は説明が雑でわかりづらい。
とりあえず、昼休みに来る誰かから逃げるのに青柳が前の時間からどこかに行ってるっていうことはわかった。
でもゲームでそんな相手がいた記憶ないんだけど。やっぱりゲームとはだいぶん違うっていうことなのかな。
そして青柳が避ける相手が誰かも、すぐにわかることになった。