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29.図書室の住人と青柳司の話

 


「もう消灯の時間は過ぎていますよ」


 結界が破られたので司書室から出てきてみると、(あか)りの落ちた図書室に青柳が立っていた。

 ステンドグラスを透過(とうか)した月光が室内を蒼く染めるなか、お互いの顔が見える距離まで近づく。

「俺の知りたいことって何?」

 挨拶もなく本題に切り込む青柳に、男は微笑んだ。

「彼女の様子はどうですか?」

「……寮に戻ったよ。痛みもないし怖がってもないみたいだった」

「そうですか。……よかったですね。無事完全誓言が成った気分はいかがですか?」

 聞けば、青柳の表情が(ゆが)んだ。

「俺の完全誓言を勝手に書き換えたのはあんた?」

「ええそうですよ。必要な措置でしたから」

「余計なことしないでくれる?」

(ひと)()がりでは彼女は守れませんよ。今回のことで思い知ったでしょう?」

 問えば、青柳は自身の苛立ちを逃がすように大きくため息をついた。

「……彼女を助けてくれたことは感謝してる。

 それで?俺に必要なことってなんなの」

 性急に答えを欲しがる相手に、男は微笑んで見せた。

「彼女を守る方法ですよ」


       *


「最初のきっかけは彼女の質問でした。群衆が使役獣と契約することはできないのかと。私は無理だと答えました。……ですが、本当に無理なのでしょうか?

 使役獣にとっては色付きも群衆も同じです。

 魔力は、外部から(つな)げれば解決できます」

「……無理でしょ。群衆には名前がない」

「そうですね。契約には不可欠の名前が群衆にはない。だからこそ群衆は使役獣と契約ができない。……ですが名前があれば?」

「後からつけられる通称くらいじゃ力が弱いよ」

「もちろんです」

「じゃあ意味ないじゃないこんな話」

「いいえ。意味はありますよ。彼女は、名前を持っているはずですから」

「……どういうこと」

「これから話すのは彼女と、君にも関わる話です。君が信じるかどうかは、わかりませんがね」

 月が雲に隠れたらしい。音もなく薄暗くなる図書室の中、男の声だけがひそやかに響く。

「ここはね、こことは違う世界で作られた物語をもとに(つく)られた世界なんですよ。

 ここでは、攻略対象と呼ばれる数人と、主人公と呼ばれる一人が恋愛をしていくことが主な目的となります。攻略対象はこの世界の人間が(つと)めますが、主人公は元々の物語が作られた世界から連れてこられます」

「それが彼女?」

「いいえ。違います。彼女は本来ならここに来るはずのなかった人間です」

「だけど、実際に彼女は存在してる」

「そうですね。今回の主人公は妻紅(つまべに)くんです。彼女を巻き込んだのは、君ですよ」

 男は首をかしげる青柳を見つめる。

「本来ならいくら群衆を殺しても、世界に還元され、循環するので問題はありません。

 ですが君は死体を使役獣に食べさせた。

 その結果、本来世界に戻るはずのものが戻れず、循環のバランスが崩れてしまった。エネルギーが枯渇した世界はそれを補うために、本来なら関係ないはずの彼女を呼び出したんですよ。

 ……君が殺した群衆の代わりにね」

 雲が取り払われ再び蒼く染まる光のなか、男は、断罪するように(おごそ)かに告げる。

「君がしたことは群衆の循環の流れを断ち切る行為です。

 死んでは戻るを繰り返す群衆にとっての、完全なる死です」

「それがなんなの」

「……君が自分の(おか)したことを知るにはもっと時間が必要なのでしょうね」

 男は色のない声でつぶやいて青柳を見た。

()の世界から連れてこられた彼女には、名前があるはずです。あちらでは誰もが名前を持っているそうですから」

「……他の世界から連れてこられたって言ったけど、だったら彼女は帰れるの?」

「いいえ。彼女はもう帰れません。精神体……魂のようなものだけがこちらに来ていますから。戻るべき肉体ももうないでしょう」

 男の言葉に、青柳は明らかにほっとした表情を浮かべた。

「参考までに聞きたいのですが。もし彼女が帰れるとしたら、君はどうしていましたか?」

「彼女が帰りたがったら帰すよ」

「意外ですね。君なら嘘をついてでも彼女を帰さないかと思っていました」

「そんなことしないよ。だけど絶対についていく。もし方法がなくても作る。彼女がいないと息の仕方も忘れるから」

「……喜びと苦しみは表裏一体です。君はこれからそれを知っていくことになるでしょう」

 男の言葉に青柳は理解できないと顔をしかめた。

「話は終わり?」

「ええ。そうですね。使役獣と契約できれば、今回のようなことで彼女が傷を負うのは防げるでしょう。魔力を繋げる下地は、君が作っているようですしね。あとは互いを同一のものだと認識させるような仕掛けさえあれば、契約は可能でしょう」

「なるほどね」

「学びたい気持ちがあるのなら、またどうぞ。私はいつでもお待ちしていますよ」

「俺はあんたが嫌いだから二度と会いたくない」

 青柳は言い捨てて図書室を出て行く。

 男だけが、蒼く染まった図書室に取り残された。

 夜が、静かにふけていく。



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