27.夢の中で
白い、ただ白い空間だった。
薄明るいだけで、何も見えない。
これが死後の世界なのかなあとぼんやり思う。
……結局何にもできなかったな。
苦笑する。
生き残ることも、青柳を守ることもできなかった。
それどころか青柳を泣かせてしまった。
ぱたぱたと落ちる涙を思い出す。
あんな顔、させるつもりじゃなかったのに。
「忘れてくれるといいなあ……」
祈るように思う。
そのとき、自分しかいなかった空間に、誰かが入ってきた。
白いシャツに千鳥格子のベストとズボン。ちょっと猫背なその人。
いつもどおり、おじいちゃん先生と呼びかけようとして、決定的な違いに立ち止まる。
戸惑う視線の先で真っ白い、腰まである髪がふわりと広がる。
何より特徴的なその髪は。
「隠しキャラ……?」
通常の攻略対象全員をクリアした後、特殊な条件を満たさないと出てこない最後のキャラクター。
ハーレムエンドにも関係しないからすっかり忘れていた。
「ああ、あなたはやはりその名前を知っているんですね」
彼はおじいちゃん先生の声で、ふふと笑った。
*
「この姿はあなたの言う『隠しキャラ』ですが、今の私は厳密に言えばそれとは違うものです。
……本来は神が参加する時にだけこの姿になるのですよ」
いつもどおりの口調で語られる内容のなか、
「神って何ですか?」
この世界では耳慣れない響きに、思わず問いかける。
「厳密に神かどうかはわかりませんが。あなたが元いた世界にあった『乙女ゲーム』を模してこの世界を創った者ですね。ほとんどの場合は見ているだけですが、参加する時にはこの体を使って『隠しキャラ』として振舞うようです。神が動かしている間、私の意識はなくなるので記録からの推測になりますが」
……神がこの世界を創った?
日本ではあまりなじみがないけど、創世記だって読んだこともあるしそういうモチーフの本を読んだことだってある。だけどこれは……。
言いようのない気持ち悪さを感じておじいちゃん先生を見ると、『その先は口にしないように』と言うように小さく首を振られた。
「まずはあなたに言祝ぎを。気持ちが通じ合ってよかったですね」
「……何のことですか?」
本気でわからなくて首をかしげる。
「青柳君とですよ。誓言が成っていますから」
「どういうことですか?完全誓言なら今までだって成立してましたよね?そうじゃなかったら触ろうとするたび青柳が痛がってたのはなんなんですか」
「あれは完全には成っていなかったんですよ。本来、誓言というものは双方の合意に基づいて行われるものです。誓言が成れば、双方の胸に誓約の証が刻まれるものなのですよ」
双方……私にはそんなの付いてなかったと思うけど。
「誓言自体があまりに一方的なものでしたからね。だからこそ条件を付け足す余地があったのです。
あなたたちは立場も、単純な腕力も差がありすぎましたからね。望まぬことを強いられても跳ね除けることは難しかったでしょう。危険が及ばないように、あなたの同意なく触れようとすれば痛みをもたらすように書き換えておいたんですよ」
「じゃあ……あれは、青柳が触ったら私が死ぬからじゃなかった……?」
「そうですよ。誓言以前、触れられる機会はありませんでしたか?」
「そんな機会は……あ。」
そういえば誓言の時、手を取られてた気がする。
「彼の力は強いですが、意識して加減すれば触れられないほどではありませんよ」
「……」
悩んでたのがバカみたいだ。
死んでから気づいても、もう遅いけど。
「誓言が成った今となっては、付け足した条件もなくなってしまいましたがね。
……さて、あなたはこの『隠しキャラ』の特性を覚えていますか?」
「特性ですか?……出現率が低い。回復特化……え?」
「神の参加する回でなくて良かったですよ。私の意志であなたを助けられましたから。
……さあ、そろそろお帰りなさい。もうあまり無茶はしてはいけませんよ」
「え、まだ聞きたいことがたくさんあるのに」
「また、図書室に来てくださいね。いつでもお待ちしていますから」
ふわふわと夢の中のように声が遠くなる。それと同時に意識もふわふわとあいまいになる。
……もしかしたら本当に夢なのかもしれない。
おじいちゃん先生が隠しキャラなんて変な夢……。




