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26.従者のとまどい

 

 青柳をかばう人間がいるなんて、思ってもいなかった。


 黄樹の力で投げたナイフ程度、青柳にとっては軽くなでられたくらいのものでしかない。

 危険物にすら値しないそれは、彼女の腹をやすやすと引き裂き貫通した。そのまま青柳に当たったナイフが、カシャンと場違いに涼やかな音を立てて落下する。

 流れ出る血が彼女の下半身を染めていく。

 急いで止血を施したが、傷が深すぎる。

 どうすれば。どうすればいい?

 空転する思考を落ち着かせようと震える息を無理やり吐きだしたとき、

「おや。魔法が消えたから言祝(ことほ)ぎに来てみれば。……大変なことになっていますね」

 場違いに穏やかな声に空気が変質する。

 ぱきんと軽い音がして、空間が結界で切り離されたのがわかった。



 彼女と青柳、そして自分しかいない空間に、白と黒、相反する色の髪を持つ男が忽然(こつぜん)と出現していた。

 明らかに自分たちとは格の違う魔力の強さに肌があわ立つ。

 まるで昔話の中で語られる悠久の時を生きる異人のようだ。

 この世界の誕生と同時に生まれたと言われても信じてしまいそうな、異様な気配にめまいがする。


「ほら、少し力を緩めなさい。そんなに強く抱きしめたら彼女の腕が粉々になるでしょう」

 男は動かない彼女を抱きしめて呆然と座り込む青柳に体重を感じさせないなめらかさで近寄る。

 ふわり、と、どういう作用なのか腰まで伸びた髪が真白(ましろ)に染まる。

 彼女の傷に手をかざすと、小さな光が無数に生まれた。

 やわらかな光はふわりふわりと蛍のように漂って彼女に触れる。

 傷が深いところほど多く集まった光が消えると、そこにはただ眠っているような彼女がいた。

 あれほど深かった傷も、血すらなくなって、何事もなかったかのように元通り。それがどれほど為しがたいことか。助からないような傷を一瞬で治すなんて、人間のできる範囲を超えている。

 大きく切れた彼女の制服だけが先ほどまでのことが夢でも幻でもないと主張していた。

 男はなんでもないことのように奇跡の技を行使して、彼女の頭を幼子にするように軽くなでた。


「彼女を守ろうとするのはいいことだけれどね。君はもう少し大切に思われていることを学んだほうが良い。そうでないと、何度も同じことを繰り返すことになりますよ」

 青柳を一瞬だけにらみつけて、離れた時にはもう元の穏やかな表情だった。

「君が必要とすることを知りたければ、図書室にいらっしゃい」


 ふわり、と白い髪をゆらして去っていく。

 ぱきんと結界が解かれた後には、何の痕跡も残っていなかった。




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