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25.その終わり

 朝から青柳の様子がおかしい。

 ものすごくこちらを凝視してるのに、目を向けると風を起こしそうな勢いで顔をそらす。

 黒板に目を戻せば、また何か言いたそうな視線が戻ってくる。

 授業中なのに、机の天板をピアノの鍵盤みたいに指先でぱたぱたと延々叩いている。

 総合すると落ち着きがない。

 月草さんから話を聞いたんだろうけど、反応が妙だ。

 青柳なら、一気に()めて無関心になるか、ものすごく苛々するかだと思っていたのにそのどちらでもない。


「ごはんでも食べない?」

 昼休みに入ってすぐに声をかけられた。

「じゃあ食堂行きましょうか」

 連れ立って歩く。いつの間にか距離が縮まってしまっていることにひそかに苦笑する。

 そういえば青柳と一緒にご飯を食べるのは初めてかもしれない。進級してピンクちゃんが教室に突撃してこなくなってからも、青柳は昼休みはどこかへ行っていた。

 おかげで購買のパン片手に本を読んだりできてたんだけど。


 食券機にカードをかざして悩みもせず日替わり定食のボタンを押すと、なぜか青柳は絶望的な顔をした。

 ……日替わり定食に何か問題でもあるんだろうか?いちいち悩まなくてすむから私は好きだけど。

 結局青柳も日替わり定食の食券を買って、カウンターに並ぶ。

 お昼の時間だけあって人が多い。

 料理を受け取ったのはいいけど席があるかな。


「あっち空いてる」

 青柳が指差したのは、窓の外。いつものテラス席だった。

「ほんとだ。急ごう!」

「席は逃げないから。気をつけないと危ないよ」

 いや、席は逃げないけど、早くしないと埋まるんだよ。

 幸運にも着くまで誰も座ることはなく、席を確保できた。

 二人で向かい合って日替わりを食べる。

 なんだか友達みたいな距離感だ。

 こんな感じでいられたらいいのに。と思っていると、そういえばと青柳が聞いてきた。

「最近、暑さで倒れそうになったりしてない?」

 答えようと考えて、ふと気づく。

 テラス席って、要するに室外だ。当然冷房なんて効いてない。

 だけどそんなに暑いと感じないのは……

「暑さに体が慣れてきたのかな」

「そっか。だったらよかった」

 青柳が笑って、こっちをまたじっと見てくる。

 ……食べにくいなぁ……。



「ねえ、俺の名前って知ってる?」

「知ってますよ?」

「言ってみて」

 今度は何が始まったのやら。

「青柳司でしょう?」

「……もう一回呼んで?」

 首をかしげて見つめられる。

 あれ、そういえば青柳の名前呼ぶのって初めてだったりする?

「……あ、青柳」

「うん」

 なんでそんなに凝視してくるの!

「つっ……つか、……つっ……!」

 一回意識したら駄目だった。さっきどうしてさらっと言えたのかわからない。

「どうしたの?」

 目の前に顔があるのがいけない。こんなの、見なければ一気に言える!

 ぎゅっと目をつむって息を吸い込む。

「……っ、つかさっ!」

 よし!言い切れた!

 謎の達成感に心の中でガッツポーズをしながら目を開ける。

 ……開けなきゃよかった。

「はい」

 返事をした青柳は見たこともない表情をしていた。

 美味しいごはんを食べたときや、気持ちよくお風呂に入っているときみたいな。ふやけきって、嬉しそうで……幸せそうな顔で笑った。

 急激に顔に熱が集まる。

「なっ……何!?」

「俺の名前って、こんなだったんだなって思って」

 ……意味がわからない。

 とにかく今はこの顔面をなんとかしたい。

「お水!もらってきます」

 とりあえず逃げたくて椅子から立ち上がった。

 にこにこ見上げてくる青柳の視線から一刻も早く逃れたい。

「昨日気づいたんだけど俺、」

 青柳が何かを言いかけたそのとき。


「なんでお前がこんなところにいるの?」

 悪意しか感じない声が、飛んできた。


 声がした方を見ると、十歩くらい離れたところに黄樹(おうじゅ)君が護衛の生徒を四、五人引き連れて立っていた。

 こちらに用があって来たというよりは、たまたま通りかかった感じだった。

「なにその顔。化け物がなに笑ってるの」

 突然投げつけられた悪意にただ立ちすくむ。

桃花(とうか)はあんなに苦しんでるのになんでお前は笑ってるんだよ!」

 黄樹君は激しい憎しみのこもった目で青柳をにらみつけながら叫んだ。


「それ誰?」


 青柳の言葉がぽつりと落ちる。

 異様なくらい静まり返る空気のなか、私も青柳と同じことを思った。

 ……そんな人いただろうか?

 そろって首をかしげてしまう。

「……っ!姫の名前も覚えていないのか!」

 ああ、ピンクちゃんか!名前聞いたこともないから知らなかった。

「興味ないから」

 何事もなかったかのように視線を外す青柳に、黄樹君が切れたのがわかった。

「死ねよお前!」

 黄樹君は後ろに控えていた護衛の生徒からナイフをひったくると、大きく振りかぶった。


 ……逃げないといけない。私は何の力もないモブだから。


 それなのに、考えるより前に体が動いていた。

 黄樹君の投げたナイフが、バターでも刺すようにあっさりと体を貫通する。

 ……ああ、しまった。これじゃ盾にもならない。

 仰向けに崩れ落ちながら、なぜか空と一緒に青柳の顔が見えた。

 地面に背中から落ちる前に、青柳の腕の中に抱き込まれる。

「なにしてるの!」

 青柳のこんなに焦った声、初めて聞いたかもしれない。

「こんなの何でもないんだ!俺にはかすり傷さえ付かないんだから。ねえ何でこんなことするの。

 ……嫌だよ。血が、血がこんなに。ねえ、待って!」

 ぱちぱちと青白い火花が青柳の胸元から飛び散る。

 ぱたぱたと、なにかが顔に降ってくる。熱くて、だけどすぐに冷えて流れていく。

 なんだろうと思って見上げると、青柳が泣いていた。

 深い海みたいな青柳の瞳から次から次に涙が落ちてくる。

「行かないで。ねえ、なんでこんな。心臓が痛いよ……」

 青柳の手が真っ赤だ。おなかから下が生ぬるくて冷たい。スカートが妙に重くて足にはりつく。

 どうしてだろう。痛くないのが不思議だ。

 すうっと音がしそうなくらいなめらかに目の前が暗くなって、手足がしびれたように冷たくなっていく。

 青柳の声が、耳鳴りにかき消されていく。

 覚えのある感覚を味わいながら、耳鳴りさえなくなった無音の世界に落ちていく。


 ……ああ、こんなに簡単に死ぬのなら。

「好きだって……伝えてなくて、よかった」




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