24.知らなければ
次の日。
珍しく放課後になってすぐに青柳が生徒会室に呼び出された。
なぜかその代わりのように月草さんが私の隣にいる。
「……何かあったんですか?」
昨日の様子がおかしかったのを気遣われているんだろう。
だけど触れてほしくなくて、気になっていたことを聞いてみる。
「昨日話をしてた時にじじいさんの話題が出たんですけど」
「じじい……先代のことですね」
「あの人、先代さんとは仲がいいんですか?」
「……いえ、仲がいいと言うほどではないと思います」
「命令されるの嫌いそうですもんね。でも、意外と真面目に聞いてるのが不思議だなって思って」
授業サボったり群衆殺したり、命令の抜け穴見つけては好き勝手してるけど。そもそも命令を守る気があるっていうのが驚きだ。
「おそらくですが、主の中で先代は特別なんでしょう。
本人からも聞いていると思いますが、あの人の能力は小細工なしの身体能力強化です。使役獣による加護も強化なので、生半可なことではケガはしませんし病気にもかかりません。力も強く、多分素手でビルとか破壊できるくらいのレベルです」
軽くは聞いてたけど、そこまでだとは思ってなかった。
ビルを破壊ってどれだけだ。そもそも対象がおかしすぎる。
「破格の力を持つせいで、制御の甘い子どもの頃は一緒に遊んでいた相手が跡形もなく弾け飛ぶことがよくあったそうです」
赤く染まった地面に、ぽつんとひとりで立ちつくす少年の姿が頭の中に浮かぶ。
「そのせいか、能力が制御できるようになってオレが従者になった頃には、壊れるか壊れないかでしか人を見ないようになっていました。
そんな中で、先代だけは普通の子どもに対するように接していました。
先代はそれほど力が強いわけではないのですが、使い方が非常にうまい人なんです。大人気なく手加減もしなかったのもあるでしょうけど、主はいつも先代にはかなわなかったそうです。
……だからでしょうね。主は今でも先代の命にだけは逆らわないんですよ」
面倒そうにしながら、どこか嬉しそうだった青柳の表情の意味がわかった気がする。きっと青柳は先代さんのことを慕っているんだろう。
「あの人にとっては色付きも群衆もみんな同じなんです」
月草さんが苦笑する。
「……多分オレのことも個人としては認識してないでしょう。名前も呼ばれたことないですしね。一人だから従者として認識してますけど、何人かいたら区別がつかないと思います。
生徒会の役員になるような人間はさすがに顔と名前を覚えたりして、昔よりは興味のあるふりが上手くなりましたけどね。
……次代には、ごく少数を除いて全員が、触れれば壊れる顔のない人形に見えているんだと思います」
月草さんの言葉に、のっぺらぼうのマネキンに囲まれている様子を想像してしまってぞっとする。
「誰にも興味を抱けないあの人が、やっと見つけたのがあなたなんです。
何があったのかわかりませんが、どうか見捨てないでやってくれませんか」
正面から言われて、のどの奥に石でも飲み込んだような気持ちになる。
「……選択権なんて私にはありませんよ。ただの群衆なんですから。
完全誓言だって、何かのはずみでしてしまったとしか思えません。
解除する方法があるなら、なるべく早く解除するべきだと思います」
「……それほど、次代が信用できませんか?」
「そもそも色付きの方からすれば群衆なんて自販機みたいなものでしょう?あれば便利、なければ不便。わさわざ壊そうとは思わないけど、壊れてもいつの間にかそこにある。
……特定の自販機でないと嫌だなんて人はいないですよね?」
今は興味を持たれているかもしれない。
でも、きっと私でなくてもいいはずだ。
「誓言ってできないことは約束できないんでしょう?私には、一生涯なんてあの気まぐれな人に誓えるとは思えないんです。だから、『誓った人か誓われた人が死ぬしか解除の方法はない』と言われても、どこかに、抜け道があるんじゃないかと思うんです」
私の言葉に月草さんは絶句した。
「たとえば、『殺さない』と誓言していても害することはできるように、何かやりかたがあるんじゃないかと思うんです」
言いながら、そんな方法はないんだろうと半ば以上確信していた。
どんなに本を調べても、おじいちゃん先生に質問しても『完全誓言は神聖なもので、成立してしまえば本人にすら覆せない』という答えしか見つけられない。
だけど、それでは駄目なのだ。
「私は、あの人と手を取りあって歩くことはできません」
完全誓言をしてからずっと顔色の悪い青柳。
触れようとしては痛みにうめき、胸を抱えてうずくまる。
……本当はもう、青柳が私を殺そうとしていないことはわかっている。
それなのに誓言は反応する。
それはつまり、殺そうとしていなくても、触れるだけで致命的な一撃になるということだ。
私が群衆だから。デコピン一発で死ぬようなモブだから。
色付き同士なら問題にもならない触れ合いが、青柳を苦しめる。
「月草さんからも言ってくれませんか?群衆なんかやめろって」
「……本当は、気づいているんですよね?」
「何をですか?」
「本人よりあの人のことを見ているあなたが気づいていないはずがない。
……そうでしょう?」
「月草さんが何を言ってるのかわかりませんけど、私は何も知りませんし聞いてません」
何も始まらなければいい。
聞かなければ、知らなければ、ないのと一緒だ。
完全誓言を解除して、青柳の興味がほかのことに移ってしまえば。
……それで終わる。
あとは私が、今までどおり生き延びる努力をすればいいだけだ。
青柳だけが代償を払い続ける関係なんて、嫌だ。
この気持ちの名前なんて知らない。
知るつもりもない。
月草さんとの会話に必死になっていた私は、生徒会室から抜け出してきた青柳が近くに来ていたことも、話を聞かれてしまったことにも気づいていなかった。