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23.失敗

 数学は苦手だ。

 正直、ここに来たときから付いていけてなかったんだけど、三年になって本格的に意味不明になってしまった。

 お手上げ状態でぼんやりしていたら青柳に声をかけられ、なぜか個人的に教わることになってしまった。

 数学なんてわからなくても社会では生きていけると思うんだけど。

「うちは大丈夫だけど、他の家には上げ足取るようなのもいるからできるに越したことはないんじゃない?」

 という青柳の言葉に撃沈した。

 たしかに。何が起こるかわからないこの世界、少しでもできることは多いほうがいい。

 ……でも本当に苦手なんだよ数学。

 結局かなり手前からつまずいていることがわかって、今は二次関数を教わっている。


 放課後、青柳が生徒会室に行くまでの三十分。

 教室の横並びの机をくっつけて、青柳の作った問題を解いていく。

 わけがわからなくなって手が止まると、

「ここはこの公式をあてはめるんだよ。頂点は平方完成すればいいから……」

 解説しながらさらさらと公式と図を描いていく。

 どうでもいいけど青柳の字はけっこう癖字(くせじ)だ。読めなくはないけど、アルファベットのaはほとんどdに見える。英語のテストの時につづり間違いって言われそうだ。

 聞いては問題を解いて、つまずいては教えてもらうの繰り返し。

 ……この距離に慣れてきちゃってるあたりがまずいなとは思うんだけど。


「……本当は授業受ける必要ないんじゃないですか?」

 キリのいいところまで解いて、青柳が次の問題を作成中に聞いてみた。今やってる単元でもないのに教科書も参考書もなく問題を作って、解説して答えあわせまでって、内容を完璧に把握してないとできない。

 この人、教科書の内容くらいなら軽く理解してるんじゃないだろうか。

 授業中の様子を思い返しても、教科書も開かずに退屈そうにしている姿しか見ていない気がする。

「内容はまあわかるけど。休むなって命令だから仕方ない」

「命令?」

「そう。休むな。殺すな。生徒会はサボるなってさ。面倒だけど仕方ない」

「それって例のじじいさんの命令?」

「そう」

「……でも群衆はけっこう殺してましたよね?」

「うん。殺してたら怒られた。だからカウントされないように死体を使役獣に食べさせるようにしたんだよ。ばれなきゃ一緒」

「どういうことです?」

「ええとね……」

 教えてくれたがよくわからない。

 よくわからないが、群衆の死体は本来放っておけば自動的に消えるらしい。そのときに誰に殺されたかがカウントされるようだ。

 青柳は使役獣に食べさせることで殺した数をごまかしている、ということらしい。

「色付きは殺すとさすがにばれるから殺してないよ。そうでなきゃ、あのピンク頭なんかとっくに殺してる」

「……」

 いや、もう、うん。反応に困るんだけど。

「それにしても数学できるってすごいですね!」

 とりあえず話題を変えよう。そうしよう。

「そう?俺は現代文できるほうがすごいと思うけど。特に『筆者の考えを答えなさい』ってやつ。他人の考えなんてわかるわけないと思わない?」

 青柳はあっさりと話題に乗ってくれる。

「あー。長文読解はクイズですからねぇ」

「どういうこと?」

「本当に筆者がどう思ってるかは重要じゃないんですよ。与えられた文章の中でそれらしい答えを探せっていうクイズです」

「……そんな話なの?」

「実際筆者に聞いてみたら、問題の答えとは全然別だったってこともあるらしいですよ」

 なんとか問題作らないといけないから仕方ないのかもしれないけど、感じ方はそれぞれでいいんじゃないかなって個人的には思う。

「まあ実際、自分じゃない人の気持ちを読み取れとか無理ですよね。自分自身の気持ちですらわかんないことだってありますもん」

「……そうなの?自分でわからなかったらどうすればいいんだろ?」

「まあ、わかるまで考えるのが普通ですけど、堂々巡りしたときは他の人に聞いてみるっていうのもひとつだと思いますよ。自分からは見えない視点ってありますから」

「じゃあ……俺は君をどう思ってるんだろう」

 まっすぐに見つめられて、息が止まった。

 普段黒にさえ見える濃紺の瞳は光が入るとサファイアみたいに鮮やかな青になる。

「……そ、そういうのは本人に聞いたら駄目です」

 なんとか視線を引きはがして、答える。

「駄目なの?」

「駄目です」

 ただまっすぐに見つめ続けてくる青柳を、私は見返せない。

「まあ、面白い生き物くらいじゃないですか?そこは深く考えなくていいと思いますよ」

 苦し紛れに軽く言いながら、ごまかされてくれることを祈る。

 話題選びを失敗したことを後悔しても遅い。


 うつむいたままの私を青柳が覗き込む。

「どうしたの?……調子悪い?」

「大丈夫です」

 私に向かって手を伸ばしてきた青柳が痛みに顔をしかめる。

「……脈絡なく殺そうとしないでくださいよ」

 無理やり笑って青柳の肩を押す。

「もうそろそろ生徒会、行ったほうがいいんじゃないですか?月草さん来ちゃいますよ」

「うん。だけど……」

「あ、ほら来てますよ。月草さん!」

 青柳の言葉を切って、廊下側の窓からちらりと見える水色の髪に向かって大きな声をあげる。

 青柳の様子を伺っていたらしい月草さんがびくっとした後、教室に入ってきた。

「お仕事がんばってきてください」

 青柳の背中を押して無理やり教室から追い出した。

 本当は私の力なんかじゃびくともしないはずなのに、青柳は押されるまま歩いていく。

 教室の扉を閉めて、ため息をついた。


 まだ。まだ大丈夫なはずだ。青柳は気づいてない。

 どうか気づかないで。気づかないでいてくれる間は、私も向き合わないでいられるから。


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