21.信用できない
今、私は青柳といつものテラス席にいる。
いつもと違っているのは、距離を取って背後に立っているのではなく向かい合って座っていることだ。その距離数十センチ。手を伸ばせばさわれる距離だ。
かなりの危険距離だが、完全誓言があるから安全なはずだ。……多分。
正面から青柳の顔をこんなにまじまじ見るのは初めてかもしれない。
なぜかお互い無言で、お互いの動向をうかがっている。
不意に青柳が私に向かって手を伸ばしてきた。その途端、
「痛っ……!」
胸を押さえてうめき声をあげる。
「ちょっ、大丈夫?」
顔色ものすごく悪いんだけど。
「大丈夫大丈夫。ちょっと誓言に反してペナルティー食らっただけ」
……うん。誓言は正常に働いているようだ。というかこの人、普通に殺しにきてるんだけど。
「あーこんな感じになるんだ……」
机に額をくっつけてぐったりつぶやく青柳。
「えーと……大丈夫……?」
「これだけキツかったら簡単には殺せないからいいね。君も安心できた?」
「……まあ。」
安心といえば安心かもしれないけど。
「これなら食べたり飲んだりできるでしょ?もう熱中症なんかで倒れないでよ」
言いながらゆっくりと体を起こした青柳が、ふくらんだポケットから小さいペットボトルを取り出す。
「……」
いや、うん。何か入ってるなとは思ってたけどまさか飲み物持参だとは思ってなかった。
戸惑いすぎて何を返せばいいのかわからずにだまっていると、青柳は私がまだ警戒しているから手を出さないんだと思ったらしい。
「毒味するよ?」
「毒見って……」
あてにならないなぁ……。
こっそり思う。青柳にとっての大丈夫が私にとっての大丈夫だとはこれっぽっちも限らない。
「これ、好きなんでしょ?」
よく飲む青と白のミルクティーのキャップを目の前で開けてくれる。そのままごくりと一口飲んで手渡された。
「はいどうぞ」
「……どうも?」
もう違和感しかなさすぎて、どうしていいかわからないんだけど。
「もし危険物が入ってて、俺がわざと見過ごしてたら誓言に反するからね。害のある物が入ってないのは確実だよ。それにほら。どこにも変な穴とか継ぎ目とかないでしょ?目の前でキャップあけて、毒見しても……やっぱり信用できない?」
眉をさげて情けない感じに笑われると、悪いことをしている気分になる。
まあたしかに。細工っぽいものは見えないし、何かを入れている様子もなかった。害は……ない、と思う。多分。
仕方なく口をつけると、舌がピリッとするような刺激がある。
「変な味がするんですけど?」
「……そう?」
「これ普通のミルクティーですよね?」
「うん。君がクリスマスの飾りつけの時にくれたやつ」
あの時はありがとうとにっこり笑われて、口のはしがひきつる。
……普通にバレてた。なんでバレたんだろう。
「……って、まさかその時の?クリスマスなんて半年近く前ですよ?そりゃ変な味しますよ!」
いくら開けてなくたって半年放置はまずい。
とりあえず手の中にあるこれをどこかに捨てないと、ときょろきょろしていると、
「駄目だったならもらうね」
青柳が自然な動きで私の手からペットボトルをすっと引き抜いてそのまま飲み干してしまった。
「ちょっ、何してるんですか!今すぐ吐いて!」
思わず青柳の襟首をつかんで揺さぶっても、飲み込んだものが出てきたりはしない。
「味が変わったものなんでわざわざ飲むの?バカなの?」
その日私はお腹を壊した。青柳は何ともなかったらしい。
……ほらね。青柳の毒味なんて信用できないんだって。
*
「はいどうぞ。今日も問題ないよ」
言いながらペットボトルを渡される。
半年前ミルクティー事件以来、なぜか飲み物を目の前で自販機で買って、一口飲んで渡されるのが習慣化している。
「もう。なんでサイダーなんですか。炭酸って舌がぴりぴりするから苦手なんですよ」
「飲むならちょっとでも好きな方がよくない?」
こてんと首をかしげて聞かれる。
……要するに、青柳が炭酸を飲みたいわけね。
「だったら毒見とかしなくていいですから」
「それは俺の誠意ということで」
意味がわからない。そもそも自販機から出てきたばっかりなんだから毒見なんて必要ないだろう。
まあ、もらったものはもったいないから飲むけど。
炭酸の刺激に顔をしかめながら飲んでいると、なぜだか青柳がにこにこしながら凝視してくる。
……正直飲みづらい。
「痛……っ!」
こちらに手を伸ばしてきて、胸を押さえてうずくまる青柳。
ちょいちょい殺そうとしてくるのも日常になりつつある。
「……ねえ、敬語やめない?」
不意に言われて固まる。
青柳に、ため口?
……ハードル高いわ!
でも拒否権ないんだよなあ。下手に断るのも怖いし。
「……わかり……わかった」
ものすごくやりにくい。
今度は何を始めたんだか。
早く飽きてくれないかなあ。