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2.よくある転生

『COLORS』

 特殊能力を持つ『色付き』と呼ばれる攻略対象たちと、学園生活を通して仲良くなっていく乙女ゲーム。

 そんな風に説明するとありふれた内容に聞こえるが、「これは本当に乙女ゲームなのか」と数々のプレイヤーたちを困惑させたゲームだ。

 なにしろとにかく主人公が死にまくる。バッドでもベストでもグッドでもとにかく死ぬ。

 R18指定なのだが、性描写ではなくグロ描写のためだろうと確信できる内容。

 その多彩な死に方が話題を呼び、(うつ)ゲーとして一部では有名だった。


 あらためて机の上の写真を見る。

 目にも鮮やかなピンクの髪の女子が主人公。

 ガタイのいい燃えるような赤毛が生徒会長。

 眼鏡をかけた落ち着いた緑が副会長で、子どもっぽく笑う蛍光色の黄色が書記だ。

 この中では目に優しい黒に近い濃紺が会計。全員攻略対象だ。

 あと二人いるはずなのだが、写真の中にはない。

 ここには存在しないのか、教員だから省いたのか。

 重要なのは今の私にどれだけ関わりがあるかということだ。

 私はこのゲームで言うところの『群衆』。いわゆるモブだ。

 通常の学校生活を送っていればそれほど危険はないはずだが、主要な登場人物に近いほど巻き込まれて死ぬ確率が上がる。


 たしか赤と緑は三年生、ピンクと青は二年、黄色は一年だったはず。

「あの、先生。私のクラスって……」

 攻略対象はまんべんなく散らばっているが、黄色はほとんど主人公のところにくっついているから授業中以外ほとんど教室にいない。今が何月かわからないが一年足らずで卒業できる三年でもまあいい。

「二年一組よ」


 ……死んだ。


 よりによって青と同じクラスだ。

 主人公含めとにかく人が死にまくるこのゲームだが、そのなかでも殺傷率ナンバーワンなのが青こと青柳司(あおやぎつかさ)だ。他のキャラの攻略中でも、気まぐれな通り魔的に主人公を殺しにやってくる。彼の登場BGMがトラウマになったプレイヤーも多い。

 その死神が同じクラスにいるのはもう死亡フラグとしか思えない。

 というか、死んだモブの補充って。殺したのはほぼ間違いなく青柳だろう。

 『記憶飛び』が起こるほど殺しまくるってどれだけだ。

 インストールされた知識は、群衆は殺されても仕方ないものだと訴えているが、私の中には今までの常識もしっかり残っている。

 やっぱり殺されるのは嫌だ。

 なんとか生き延びる道を探そうと思う。


       *


 私の中にはこのゲームの知識がある。

 大体のルートやエンド、選択肢の傾向は覚えている。

 だけどそれは自分が主人公の場合の知識だ。

 顔さえ描かれないモブには何の役にも立たない。

 生き残るために、この世界の知識をできるかぎり多く知る必要がある。


 とにかく無理やりにでも自分を落ち着けて、先生に写真の生徒たちの話を聞く。

 やっぱり名前や学年や役職もゲームの知識と同じらしい。

 ただ、主人公だけが少し違うみたいだ。

 ゲームは二年生の春に主人公が親の都合で転校してくることで始まる。

 けれどここの主人公は一年のときからこの学園に在籍している。

 誤差と言えば言える範囲。でも、気になった。

 ここはあのゲームそっくりだけど、同じではないのかもしれない。


 話を聞いているうちにだいぶん時間がたってしまった。

 もう少し話を聞きたかったのだが、先生にはこれから来客があるらしい。

 すぐに青柳のいるクラスに帰るのは怖かったので、もう少し知識が仕入れられそうな図書室の場所を聞く。

 よっぽど不安そうな顔をしていたのか、先生が放課後まではここで休んでいたと担任に伝えてくれることになった。

 これでとりあえず今日はクラスに戻らずにすむ。

 ちなみにここの生徒は全員寮生活らしい。寮の場所も教えてもらったから、大丈夫なはずだ。

 門限六時。六時半から夕食。遅れるときには申請が必要。部屋の場所は入り口の寮監室の職員に聞けば教えてくれるとのこと。教科書や制服などの日用品は部屋に備え付けてあるらしい。至れり尽くせりだ。

 ……まあ、それだけ入れ替わりが激しいということかもしれないけど。


 とりあえず今は二時過ぎ。六時までには、まだ時間がある。

 教えられたとおりに保健室横の階段を上がって渡り廊下を進み、階段を下りて踏み石のある中庭を横切る。

 植え込みの向こうに見えてきたのは校舎とは切り離されたひとつの建物。

 これは図書室というよりちょっと小さめの図書館って呼ぶほうが合ってるんじゃないだろうか。

 一応今は授業中。なんとなく息をつめて、そっと両扉の取っ手を手前に引く。

 ……思ってたより重い。

 入り口すぐ左には下足箱があった。まだ自分のものとは思えないローファーを脱いで深緑のスリッパに履き替える。

 短い廊下を曲がればそこが図書室だった。

「うわ……すごい……」

 正面の壁の上半分が大きなステンドグラスになっていて、外の木の隙間から入り込む光がきらきらと輝いている。そしてずらっと並んだ私より背の高い本棚の数々。スチールの安っぽいのじゃなくて深い焦げ茶の木製だ。座り心地のよさそうな一人がけのソファや本を大量に積んでもぐらつきもしなさそうな机もある。


 ……ここは天国ですか?


 少なくとも本を読むのが好きな人間には天国か楽園のような場所だ。

 私は本を読むのが好きだ。ネット小説も読むしゲームもノベルゲームなら大好物。

 要するに活字中毒だ。

 もちろん図書室なんだから本がメインではあるんだけど、雰囲気ってやっぱり大切。テンションあがる。

 それにゆっくり本を読みたいときの場所と、調べ物ができるスペースが両方あるのもポイント高い。

 断言する。この図書室作った人は絶対本好きだ。私、その人と友達になれる自信ある。

 うきうきしながら人のいない図書室の本棚をざっと見ていく。

 純文学に歴史書。教育書に紀行文。図鑑や事典や写真集。娯楽系は少なめで、調べ物や考察に役立ちそうな本が多い印象だ。

 さすが学校の図書室。調べ物がしたい私にとってはすごくありがたい。


 ただ難点をあげるとすれば……ここ、検索機がないんだよね。

 とりあえず『色付き』と『群衆』について調べたいんだけど、範囲が広すぎて絞り込めない。

 とりあえず一般常識的なことをざっくり網羅してる感じの本が欲しいんだけど、どれもこれも専門書すぎて途方にくれる。

 さすがにこのあたり全部読む時間はないし。いっそ子供向けの本とかの方がそういうのは充実してたりするんだけどなあ。

 歴史と民俗学と教育の本棚の前をうろうろしながら悩んでいると、

「何をお探しですか?」

 ふと、やわらかい声がした。


 声をかけてきてくれたのは白髪まじりの男の人だった。

 白いシャツに千鳥格子のベストとズボンを合わせていて、前髪の三分の一くらいだけがメッシュみたいに完全に白い。ちょっと猫背なのがもったいないけど、それもこの人には似合っている。

 ぱっと見では二十代くらいに見えるのだが、物腰がものすごく落ち着いているから若いのか定年近いのか年齢がよくわからない。

 でも、なんとなく私の学校の古典の先生に雰囲気が似ている気がした。やさしくて、よくおすすめの古典の名作を教えてくれたおじいちゃん先生。

「えっと、色付きと群衆について概要がわかるような本が欲しいんですけど、ありますか?」

 男の人……たぶんこの図書室の司書さんは少し考えて、困ったように眉を寄せた。

「概要というのはどういった方面ですか?それによって選ぶものが違ってくるのですが」

「本当に基礎の基礎の内容がいいです。今のところ何がわからないのかもわからないので」

 正直に言うと、司書さんは不思議そうに首をかしげた。

 まあ、そうだよね。基本がわからないって何の話だってなるよね。

 私は司書さんに自分が『記憶飛び』であること、そのせいで基本的な知識もない状態だと説明した。

 本当はもとの記憶があるせいで混乱している部分が多いのだが、そんなことは言っても仕方ないだろう。

「基礎中の基礎ですか。おそらくあなたの望むような本はこの図書室にはありませんね。ですが、私の知っている範囲でよければお答えしますよ」

 それはものすごくありがたい。

 正直どこから手をつけていいかわからなかったところだ。

 まずは一番の脅威『色付き』について聞いてみた。


 前に私は色付きを特権階級と言ったが、どうやら色付きは種族から違うと考えた方がよさそうだ。

 まず生物としての能力が違う。一番大きな違いは使役獣だ。使役獣は色付きだけが契約できる使い魔のようなもので、色付きの魔力と引き換えに命令をきいてくれる。

 使役獣の種類によって色付きは特殊な能力を持ち、さらに身体能力も大きく向上する。

 具体的にいうとナイフで切りつけられたくらいでは傷もつかない。

 色付きの中にも強い弱いはあり、力の強さは髪と目に現れる。色彩が濃く鮮やかであるほど力が強い。強い色付きになると、群衆ならデコピンくらいで簡単に殺せてしまう。

 青柳のように群衆をわざわざ殺しに来る色付きは少ないが、何かの拍子に巻き込まれればあっさり死んでしまう。


 せめてデコピンで死ぬほど弱いのは何とかならないだろうか。

 聞いた感じ、使役獣との契約が色付きと群衆をへだてる一番のポイントな気がする。

 群衆でも使役獣と契約できれば強くなれるのか聞いてみたが、そもそも群衆には契約に必要な魔力がないため無理だという答えが返ってきた。

 やっぱり群衆は群衆としてがんばるしかないらしい。……残念だ。


 ……そろそろ寮に戻らないといけない時間が近づいてきた。

 そういえばここでの私の親とかどうなっているんだろう。

 ふと疑問に思って聞いてみると、そもそも群衆には親とか子の概念がないらしい。

 まあたしかに自動的に補充される存在だからね。親がいなくても群衆は発生する。

 たまに恋人同士や夫婦になることはあるけどたいてい長続きしないらしい。死んだら突然別の人が代わりに現れるんだから、今までと同じように過ごすのはそりゃ難しいだろう。

 子どもも同じ。生むことはできるけど、死んだら別の人が代わりに現れる。

 群衆の死にやすさを考えると、家族と言いながら全員が赤の他人ということもありうる。


 ……うん。わけがわからなくなってきた。

 まあ、群衆は独り身の人が圧倒的に多いということらしい。

 私も恋人がいきなり別人になるとかはついていけなさそうなので、機会があるかどうかはわからないが独りの方向で行こうと思う。


 これと対照的なのが『色付き』の人々。

 彼らは固有の名前を持ち、死んだらそれっきり。補充されたりしない。

 結婚して子どもを生んで育てるのがスタンダード。

 私の元々の常識からするとこっちのほうがわかりやすい。

 まあ、派閥とか政略結婚とか力の強弱での差別とか色々あるらしいけど、それは元の世界でも似たようなことはあったからまだ理解できる。


 今のところ大きな力を持っているのは赤羽(あかばね)青柳(あおやぎ)の二家。

 色の濃い人が多い家が発言権も強くなる。わかりやすい。

「それぞれの家の成り立ちや動向についてはこの図書室にはありませんね。私の家にはありますから興味があるなら持ってきましょうか?」

「うわあ、ぜひお願いします!」

 話をしている間に私はおじいちゃん先生に似たこの司書さんが大好きになっていた。

 いや本当に説明がわかりやすいし、小ネタとかはさんでくれて面白いんだよ。

「ありがとうございます。おじいちゃん先生!」

「……」

 微妙な沈黙で、自分が何を言ったのか気づいた。

 さすがに年齢がはっきりしてない人におじいちゃん先生はまずい。

 あわてて謝ろうとしたのを軽く手を上げて制される。

「ふふ……そんなふうに呼ばれることがないので驚きましたが、構いませんよ。あなたのような向学心のある生徒さんに呼ばれるのは面映いような気にはなりますが」

 笑って受け入れてくれるその雰囲気が私の学校のおじいちゃん先生を思い出させて、ちょっと泣きそうになってしまった。

「あなたさえよければ、またおじいちゃん先生と呼んでくれると嬉しいですね」

「……ありがとうございます。おじいちゃん先生」

 これからの生活は不安しかないが、相談できる人が見つかったのは素直にうれしい。

 目指すは老衰!生き延びられるようにがんばろう!


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