11.ピンクちゃん
一月も終わりに近づいたある日。
食堂でご飯を食べ終わって教室に戻ろうとしたら、クラスメイトにとめられた。
「あたしの邪魔をしてるのは誰なの!」
うちの教室からピンクちゃんの叫び声が聞こえてくる。
「シナリオどおりにやってるのにおかしいと思ってたのよ。……この中にいるんでしょう?……あたしの邪魔をするやつはみんな死になさいよ。ほら、殺しなさい今すぐに!……なんで言うことを聞かないの!あたしの使役獣なんだから命令どおりやりなさいよ!」
声が大きくなったり小さくなったりで聞こえない部分もあるが、不安定な様子で教室に向かって話しかけている。
ピイピイ聞こえてくるのはピンクちゃんの使役獣の声だろう。
ピンクちゃんは誰かを殺すときには使役獣にさせている。
多分日本人的な感覚として自分の手で殺すのは嫌なんだろう。
「ちょっとどこ行ったの?なんなのなんで言うこと聞かないのよ!なにが悪いのおかしいじゃない。シナリオどおりやってるのになんで!死にたくない死にたくない死にたくない……」
クラスメイトにとりあえずここから離れようと引っ張っていかれながら、ピンクちゃんの叫び声が耳から離れなかった。
私も一歩間違えれば彼女と同じになる。
私も彼女も、いつ死ぬかわからないこの世界で、当然であるはずの常識になじむこともできずに、あがいている。
群衆である私がピンクちゃんのためにできることなんてない。
せめてこれから先がピンクちゃんにとっていいものになるように、ただ祈った。
*
バレンタインにピンクちゃんが『始祖』という強い力を持つ色付きを生める『姫』と呼ばれる存在であることが公表された。
ゲーム通りなら全ルート中でピンクちゃんが姫だと公にされるのはハーレムルートだけだ。ゲームの強制力的なものがあるのなら、このまま全員とラブラブになるはずだ。
本人には何も言えないけど、私は影ながら「目標達成おめでとう」と彼女に向かってつぶやいた。
*
エンドロールが流れることもなく日々は過ぎて。そして、四月がやってきた。
――ハーレムエンドのその後で。
「武器になりそうなものは持ってないですよね?」
「うん。確認してもらってもいいよ?」
「そこより近くに来ないでくださいね」
「わかってるよ」
……なぜだか私と青柳の関係は変わらないまま。
相変わらず青柳は私を見分けて話しかけてくる。
まだ殺すには惜しいと思われる程度には興味を持たれているみたいだけど、正直いつ殺されてもおかしくない。
もしも突然興味を失って殺しにこられても対応できるように、できる限りのことはするようにしている。
なるべく人の多いところで話す。攻撃範囲内に近づかない。一応薬にも警戒は怠らず、青柳からは何も受け取らないし、青柳と一緒のときは何も口に入れない。
「本当は興味なくして忘れ去ってくれるのが一番なんですけどね」
「それは無理」
「なんでですか。こんなところにいないでピンクちゃんのところに行ったらどうです?」
せっかくハーレムエンドにたどり着いたんだから攻略対象はしっかりグリップしておいてほしい。
「んー他のやつが行ってるんじゃないの?」
なんでそんなに興味がなさそうなんだ。
姫って色付き的に重要人物でしょ?
しかもハーレムでラブラブなはずじゃないのか。
……まあ、なんとなくゲームどおりにはいかない感じはしてたけど。
なんでこうなるのかなあ。
「早く興味なくしてくれませんかね」
「だから無理だって」
進級してもクラスは変わらないまま。
青柳とクラスメイトの学園生活は、まだまだ終わらないらしい。