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1.記憶飛び

 すうっと音がしそうなくらいなめらかに目の前が暗くなって、手足がしびれたように冷たくなっていく。

 部屋の外を走る電車の音だけは最後まで聞こえていたけど、それも耳鳴りにかき消され、ついに耳鳴りさえも聞こえなくなった。


 確実に死んだ、と思った。



 ……それなのに、目が覚めた。


 急激に人の声がボリュームを間違えた動画のようにわんわんと鳴り響き、手足の感覚が、自分の呼吸が戻ってくる。


「…………」


 暗闇。まぶたが開く。

 はじめに見えたのは黒板。教卓。知らない先生。視界が広がって濃い灰色の制服を着た生徒たちが見えた。

 知らない制服だ。私の学校はこんなおしゃれな感じのブレザーじゃない。

 先生が黒板にチョークで図形を書きながら説明を加える。そのほかにはノートを書く筆記具の音だけが響く。

 授業中……だ。いまどきタブレットじゃなく黒板を使ってるのは珍しい。

 そして私は整然と並べられた数ある机の中のひとつに両肘から下を乗せて、席についていた。私の腕を包む濃い灰色の布地。

「え……?」

 戸惑う声はかすれているのに、なぜかよく響いた。

 板書をしていた先生が振り返る。ブリーチしすぎたみたいな白っぽい黄色の髪。こんな色してたらPTAとかから怒られるんじゃないのかな。

「どうした?」

 先生が私に向かって声をかけてくる。

 瞬間、今までどこか他人事のようにぼんやりしていた意識がはっきりした。

 

 ……なにこれ。なんで私、知らない学校でいきなり授業受けてるの?死んだはずなのに。なにこれ。なんなの怖い。


「な、なんなんですか」

 自分でも何が言いたいのかわからない言葉が口からこぼれ落ちる。

 先生は変な顔をすることもなく、小さなため息をついて言った。

「『記憶飛び』か。隣のやつ保健室連れてってやれ」

 わけがわからないうちに隣の席に座っていた少年が立ちあがり、ついてくるように言われる。

 自分の学校じゃない制服。記憶にない学校。不安しかない。

「あ、あの、ここどこ?」

「基本知識も入ってないって、けっこうヤバいな」

 くすんだ茶色の髪と目の男子はため息をついて説明してくれた。

「ここは学園でおれらは群衆。あんたは死んだやつの代わりに出現してきたとこ。くわしいことは保健室でインストールしてもらったらわかるから」


 ……うん。ぜんぜんわからない。


 なんとか会話をしようとするけどまったくかみ合わない。結局何一つわからないうちに保健室についてしまった。

「せんせー『記憶飛び』。基本知識もないから教えてやってー」

「あら、最近多いわね」

 奥の机から立ち上がったのは目にも鮮やかな薄緑色の髪の女の人だった。

 普段見ることもない色の髪にただ驚く。しかもこれ、染めてる感じでもないしカツラって感じでもない。

 まあそれ以前に学校の先生がコスプレの時くらいにしか見ないような髪で出勤するあたりからおかしいんだけど。

 混乱したまま固まっていると、案内してくれた男子はさっさと出て行ってしまった。

「大分混乱してるみたいね。じゃあ、ちゃちゃっとすませちゃいましょうか」

 女の人の言葉に突然大きな白いオウムが出てきて私の頭に乗った。

 ……あ。このひと目まで緑だ。

 状況についていけなくて、現実逃避的に思った瞬間、ぱしっと軽い音がして視界が真っ白に塗りつぶされた。


       *


 急激に意識が覚醒し、目を開いた。

 目の前に薄緑の髪の女の人と、彼女の肩にとまったオウムが見えた。

 どうやら意識を失っていたのは、ほんの数秒だったらしい。

 だけどこの数秒の間に私はこの人が『色付き』という存在であることも、白いオウムにしか見えない生き物が使役獣という存在だということもわかるようになっていた。

「どうかしら?なにか違和感はない?」


 与えられた情報に違和感はない。

 違和感があるのはもとから持っていた自分の記憶と、この世界のあり方の差異だ。


 この世界は色付きと呼ばれる特権階級と、群衆と呼ばれるいわゆるモブから成り立っている。

 群集は色付きに比べるともろく、すぐに死ぬ。

 死んだ群衆は自動的に補充されるのだが、その際に、必要な一般常識や知識は事前にインプットされた状態で出現する。ただし、短期間に多数の補充が必要になると、記憶のダウンロードが間に合わずに『記憶飛び』という状態になることがある。


 私は殺された群衆の代わりに補充された存在。

 学園生活を円滑にするために存在し、時に巻き込まれ時に使い捨てにされて死ぬのが役割。



 ……なにそれ。役割って言われたってそんな意味のわからないことのためになんで死なないといけないの。



 当然のはずの情報に自分の感情がすぐさま反論する。


 ……混乱、している。


 この世界の当然と、元からの私が持つ当然が、混じりあうことなくそれぞれに正しさを主張している。

 違いすぎる価値観に吐き気がしそうだ。少し自分ひとりで考えをまとめる時間がほしい。

 いっぱいいっぱいの私の様子を見て、先生は不安になったらしかった。

「大丈夫かしら。そんな様子じゃまたすぐに死んじゃうわよ。最低限気をつけておかないといけない子たちだけでも覚えときなさい」

 そう言って、先生は鍵つきのロッカーからファイルを取り出し、その中身を数枚抜き出すと机の上に並べ始めた。

「こっちにいらっしゃい」

 そうして机の上に広げられた色とりどりの色彩を持つ人たちの写真に、一気に記憶がつながり、愕然とした。


 これ、私の知ってるゲームの世界だ……と。




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