5 悩んでも
佐々木さんは中学まで関東方面に住んでいて,高校から親の転勤の都合でこちらに引っ越してきたそうだ。
そのため,まだほとんど関東弁で,たまに関西弁が混じる程度。こちらは,大阪弁ではない関西弁なので,テレビのお笑い芸人のような話し方ではなく,京都弁も混じっている。
テレビでよく芸人がしゃべってる関西弁は,正確には大阪弁です。関西のほかの府県とは違うのです。
その後も,佐々木さんからは何度も電話がかかってきた。
最初は会話がぎこちなかったが,お互いに慣れてくるといい感じに大雑把になって,けっこう長電話するときもあった。
学校ですれ違っても目配せする程度で,会話することはなかったが,その目配せで気持ちが通じてる感じが心地よい。
そんな女の子がいたためしはない。それが好きな子とくればなおさらだ。
おまけに,家に帰ればその子から電話がかかってくるのである。
僕からかけたことはまだない。そんな勇気はない。
だが,かけなくても相手がかけてきてくれる。
彼女ができたらこんな気分なんだろうな。
佐々木さんは彼女ではないけれど。
話す内容は,僕のことではなく,神田のことばっかりだけど。
そして,その電話で,佐々木さんから延々と愚痴を聞かされる羽目となった。
毎日のように,今日の神田君についての報告を求められ,それが終わると延々と愚痴を聞かされる。
とうぜん,同じことを何度も聞かされている。
最初のうちは真面目に答えていたが,そのうち呆れて適当に返事をするようになった。
それでも,佐々木さんの愚痴はとどまるところを知らない。
悩みを誰かに話したくて仕方ないのだろう。
別に,僕の返事はどうでいいみたいなので,適当に相槌を打つだけになってしまった。
その方が楽だし。
たまに,園田に対する愚痴も入るので,それで大体の経緯は分かった。
佐々木さんは,最初のうちは園田に愚痴っていたらしいが,それが長引いて園田がブチ切れ,僕にお鉢が回ってきたらしい。
園田曰く,『タカナリ君なら神田君から何か聞いてるかもしれないし,タカナリ君にでも聞いてみたら?』とのたまったそうな。
あいつ,僕を生贄にしやがった。思ったとおりの冷血漢だ。漢ではないけれど。
それで,僕とはまともに口をきいたことがなかった佐々木さんが,意を決して僕に電話をかけてきたというわけだ。
なんでやねん。拷問やんけ。自分の好きな子から,他の男のことを延々と聞かされる,それも自分の友人に対する思いを長々と聞かされ,応援を求められる。
どうせえちゅうねん。やってられるかい。関西弁になってまうわ!
けど,好き子から話を聞いてと頼まれたら,嫌とは言えない。
好きな子の声は耳に心地よいし,頼りにされるとうれしいし,断ればもう二度と話すことがないと思うと悲しいし。
遊園地からの帰りのバスで見た,恋する乙女そのもののキラキラした彼女の笑顔を思い出すと,そんな彼女を悲しませたくないと思ってしまうのだ。
いつまでも笑顔でいてほしいと思ってしまうのだ。
それが自分に向けられることはないと分かっていても,遠くからでも見ていたいと思ってしまうのだ。