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4 はじめての

 旅行から1週間ほどたったある日,佐々木さんからメールが来た。


『相談があるので電話していいですか』


とご丁寧な文面に騙されて


『はい,どうぞ』


と承諾の返事をしてしまった。

 なんで僕に電話してくんのと不思議に思ったが,それでも佐々木さんから連絡が来たことで,うれしい気持ちになってしまったのは否定できない。

 佐々木さんは神田が好きだと分かっているのだから,喜んでも仕方がないのに。

 一縷の望みすらないと分かっていても,好きな女の子からメールや電話があれば舞い上がってしまう。

 悲しい童貞のさがかな。


「もしもし」


「はい」


 登録された相手の名前がスマホの画面に表示されているので,相手が誰かは分かっている。

 ただ,電話で聞く声は,直接聞いた声の記憶とちょっと違って聞こえる。


「あの,佐々木です。佐々木エリカ」


 名前も顔も声も一応知っているが,僕と彼女が1対1でしゃべったことはほとんどない。

 せいぜい,一言二言という程度。4人の中で他の人としゃべっている声を聴いたのがほとんど。


「うん,えっと,竜王虎也です」


「えっと,美月から連絡先聞いてたんで電話しました」


「うん,なんやろ」


「えっと,タカナリ君は……タカナリ君でいいよね? 竜王君はちょっと言いにくいし」


「うん,それでええよ」


 耳元で聞こえる相手の声がくすぐったい。

 遠くからこっそり見ているだけだった相手と1対1で電話で話すなんて。

 心臓が高鳴る。

 落ちつけ自分。

 変な奴だと思われないよう,落ち着いて話せ。


「今,電話大丈夫?」


「うん,大丈夫」


「えっとね,あ,さっき美月から電話番号聞いたって言ったけど,それはこの前の遊園地行く前のことで,今日,タカナリ君に電話したのは美月に言ってないから」


「ふーん,そうなん」


「だから,別に美月に秘密にするわけじゃないんだけど,一応,黙っといてもらえる?」


「ええけど,なんで?」


「えっと,あの,ほら,タカナリ君て美月のことよく知ってるんでしょ?」


「いや,近所やから子供のころから知ってるけど,最近はほとんど話したことなかったし,そんなによう知らんけど」


「でも,子供のころから知ってるんなら,分かるでしょ?」


「えっと,ばれたら怒られるとか?」


「そう! 『何してんの! 』って怒られるし。美月怒ると怖いから」


「まあ,それは分かるわ」


「美月ええ子なんだけど,怒ると怖いの」


「僕からしたら,怒らんでも怖いけど」


「うわー,あはははは,タカナリ君も言うねえ」


 友達の蔭口というのは盛り上がる話題だな。

 美月のおかげで佐々木さんとうまく話せてる。

 ちょっとだけ感謝やな,ちょっとだけやけど。


「美月はほんとにいい子やから,悪口言ってるんじゃないのは分かってね?」


「そんなに怖がらんでも大丈夫。僕と佐々木さんに危険が及ばんよう,このことは内緒にするから。佐々木さんも頼むで」


「もー,美月はそこまで怖い子と違うよ? 私,美月のこと大好きなんだから」


「了解,了解。ほんとのことは口が裂けても言いません」


「むー,全然わかってないなあ」


 うまく話せてる感触。でも,調子に乗ったらあかん。

 僕に女子と軽妙な会話をするスキルなんてない。

 だいたい,なんで佐々木さんは電話してきたんやろ。

 僕と無駄話するためにかけてきたんやったらうれしいけど,そんな考えはいくらなんでも甘すぎる。

 変な期待を抱え込まんうちに,はっきりさせとこ。


「ほんで,なんか聞きたいことでもあったん?」


「うん。あのね,神田君のことなんだけど」


 アラート解除。心拍数低減。前のめりになっていた姿勢を元に戻し,電話口にかからないようにため息をついて。

 まあ,当たり前の話やしな。ほかになにがあるっちゅうねん。


「なんやろ」


「タカナリ君は,神田君と仲いいんだよね」


「そやで」


「よく一緒にいるし」


「まあ,同じクラスやし,学校にいる間は一緒にいることが多いなあ」


「私と美月みたいなもんだね」


「いや,神田はそこまで怖くないし」


「もう!美月も普段は怖くないよ」


「ああ,やっぱ,怖いときもあるんや」


「そうじゃなくって! もう! 美月のことは置いといて。神田君のこと聞きたいの」

 

 だよね。美月のことでも僕のことでもないよね。


「神田君か美月から私のこと何か聞いてる?」


「えっと,神田からは聞いてないけど,美月からは遊園地でちょっとだけ聞いた」


「なんて?」


「いや,二人の邪魔せんようにって感じで」


「そうなんだ。ごめんね,気を使わせて」


「いや,それはいいんやけど,佐々木さんらを二人きりにすると,自動的に僕と園田も二人きりになってしまうから,そっちが大変やった」


「ええー,何もされてないでしょ」


「うん,肉体的暴力はなかった。言葉の暴力だけやった」


「もう,あんまり言ったら美月がかわいそうじゃん」


「そやね,僕の次くらいにかわいそうかな」


「あはは。まあ,それは置いておいて。それじゃあ,タカナリ君が私の気持ちを知っていることを前提に話すけど」


 そこだけ聞くとなんか勘違いしそうになるな。録音しといたらよかったかな。


「あれから神田君にいろいろ話しかけてるんだけど。学校では人目もあるから,主に電話とか,一緒に帰ったりとかして」


「うん」


「嫌われてる感じではないと思うの」


「そうなんや」


 ああ,神田とののろけ話かなあ。聞きたないなあ。でも,聞かされるんやろなあ。


「避けられたり,話すのを嫌がられたりすることはないの。神田君,紳士だから」


「へー,そうなんや」


「そう,ちゃんと話を聞いてくれるし,笑いかけてくれるし」


 ん? 話の流れからすると,あんまりうまくいってないの?



「でも,なんか気を使われてるような気がするの」


「まあ,まだ付き合い始めて間がないし,そんなもんちゃう?お互い緊張してるんかも」


「えっと,まだ正式に付き合ってるというわけじゃないの。私からいろいろと話しかけてるとこ」


「でも,神田も嫌がってへんのやろ」


「うん,でもね,なんか神田君がそっけない気がするのよ」


「ふーん,そうなんや」


「そう,私が一生懸命話しかけても,相槌打つだけで,自分からはあんまり積極的に話してくれないの」


「ふーん,そうなんや」


「質問したらちゃんと答えてくれるし,普通の世間話みたいなのはしてくれてるんだけど。学校の帰りに待ち合わせとかしたら来てくれるし。でも,それだけ」


「ふーん」


「なんだかちょっと距離を感じるっていうか」


「ふーん」


「あ,タカナリ君のことはよくしゃべってくれるし,美月の話もよく聞いていろいろ質問もしてくれたりするの。そういう時は,普通の友達みたいにしゃべれるんだけど」


「なるほど」


「でも,私のことについてあんまり質問してくれないし,神田君自身のこともあんまりしゃべってくれなくて」


「そっかー」


「私が質問すると答えてくれるんだけどね。神田君が中学校の時サッカー部だったって知ってた?」


「そうらしいね。聞いたころある」


「なんで高校ではサッカー部入らなかったのかなあ」


「なんでやろね」


「高校だと勉強が大変だからかなあ」


「そうかもね」


「うちの学校は一応進学校だし,部活と勉強の両立は大変だしね」


「でしょうね」


「ん? タカナリ君,さっきから返事が適当になってない?」


「そ,そんなことないですよ?」


 やば,相槌が適当になってた。電話を切られるかと思って焦ったけど,相手はさほど気にしてないようだった。


「ふーん。あ,それでね? 時々一緒に帰ったり,あとは,電話やメールのやり取りはするんだけど,いつも,最初は私からなのよ」


「あいつの方からかけてこないの?」


「うん。まあ,私の方から誘ったり電話かけたりするのは別にいいんだけど。でも,もし私から電話しなかったらそれっきりになっちゃうんじゃないかって」


「それは,ちょっと,いややろね」


「そうなの。まあ,まだ日が浅いしこれからだとは思うんだけど,でも,やっぱりいろいろ心配になっちゃうのよね」


「そやろね」


「でね,思い切って神田君に,付き合ってる子はいないの? って聞いてみたの。そしたら,それはいないっていってくれたの」


「へー」


「タカナリ君も神田君からそう聞いてる? 彼女いないって」


「うん」


「よかった。なのになんで積極的に話しかけてくれないのかなあ」

「さあ」


「メールも返ってくるの遅いときあるし」


「そうなん」


「そう,別にこった内容のでなくていいから,すぐに返してほしいのよね,調子狂うじゃん? テンポが悪くなるっていうか。ウキウキ感がないっていうか」


「そうなんだあ」


「まさか,女の子に興味がないなんてことないよね? 神田君,大丈夫だよね」


「多分大丈夫じゃない」


「よかった~。神田君と一番仲のいいタカナリ君がそう言うんなら大丈夫だよね。よかった,タカナリ君に電話したかいがあったわ」


 本気で神田の性的嗜好を心配してたんかいな。あいつ,結構,エロ話とか好きやし,大丈夫なはずやで。まあ,藪蛇になるから下手なことは言えんけど。


「神田君,私のこと興味ないのかなあ」


「そんなことはないんちゃう」


 こんなにかわいいのに。


「タカナリ君,神田君からなんか聞いてない?」


「いや,別に」


「ほかに好きな子がいるのかな?」


「いや,そんな感じのことは言うてなかったけど」


「私のことなんか言ってなかった」


「んー,特には。あんまりそういう話せんし」


「ええ,聞いてないの?私と美月との間では,毎日,神田君のことで大盛り上がりなのに」


「そうなんや」


「まあ,最近ちょっとうるさがられてるけど」


「女子と男子とでは違うし,僕らはあんまりそういうこと話さへんから」


「まあ,男の子はそうかもしれないけど。でも,神田君から私のこと何か聞いたら絶対教えてね」


「ええー,それはちょっと」


「いいでしょー,お願い。助けると思って」


「けど,勝手に言うたら神田が怒るかもしれんし,ばれたら佐々木さんも怒られるかもしれんで?」


「それは困るけど……。そこをなんとか,お願いします!このとおり!私も毎日悩んで大変なんだから,ぐすん」


 最後の,あからさまなウソ泣きです。


「まあ,告げ口にならん範囲で,それとなくやったら」


「ありがとう!タカナリ君,優しいね。頼りにしてるわ」


 はあ,なんでこうなった?


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