3 彼女と親友と
旅行の日までは,スケジュールなどを決める話し合いをするだけで,特段,仲良くなるようなイベントはなし。
ちょっと,お互いにまだ緊張が取れない状態で日が過ぎていった。
女子二人と男子二人はそれぞれ仲がいいものの,女子と男子の間にはまだ溝がある感じ。
女子の方から声をかけてきた割には,彼女たちの方から特段アクションはない。
僕にはよくわからなかったので,神田に聞いてみたところ,たぶん,学校にいる間は他の女子の目を気にしてるんじゃないかとのこと。
なるほど,非モテの僕には思いつきもしないことでした。モテる神田とほかのクラスの女子がペアを組んだということで,陰で話題になっているらしい。
そのため,他の女子を挑発して嫌がらせをされないよう,学校ではなれなれしくしないのだとか。
いろいろ駆け引きがあるようだ。リア充も大変ですなあ。
で,いよいよ旅行当日がやってきた。班ごとの名簿が出来上がっており,班別に乗るバスも決まっている。
バスは左右2列の座席。当然,僕と神田が並んで座り,その後ろに園田と佐々木さんが座る。
班によってはいきなり男女となりあって座っているところもあるが,そういうところは前からのカップルが一緒の班になっているところ。
まあ,そうじゃないところもあるかもしれんけど,うちはそうなの。
バスが田舎から都会へと向かうにつれて高速道路も車が込み合ってくる。
都会の道路って車線がいくつもあって,運転するのは大変そう。
車を運転するなら田舎の方がいいなあ。
やがて遊園地の駐車場につき,班ごとに固まってゲートから入場。
ここからは判別の自由行動である。
僕たち4人もあらかじめ決めていた順番でアトラクションを回った。
事件は,二人掛け座席の乗り物に乗ろうとした際起こった。
それまでは4人掛け座席だったので,その場の流れで4人が適当に座っていた。
しかし,この二人掛け座席の乗り物に乗ろうとした際,まず,神田が乗り込み,続いて僕が乗り込もうとしたところ,後ろから服の袖を引っ張られて止められた。
振り向くとそこいたのは園田だった。
あっ,園田が神田の隣に座りたいのかと思った。
だが,その時
「あ,ごめん。次私が乗るね」
と言って僕の横をすり抜け,佐々木さんが神田の隣の席に乗り込んだ。
茫然と見送る僕の袖を解放した園田が,僕の腕をちょんちょんと指でつつき,後ろの座席に座るよう促す。
仕方なく僕は神田の後ろの席に座ると,園田が僕の横の席に座った。
神田は後ろを振り返り,僕に何か言いかけたが,係の人が乗客に声をかけて発進前の注意事項を話し始めたので前に向き直る。
すると,佐々木さんが神田に何か話しかけた。大きな声は出していないので聞き取れないが,横顔でニコニコしながら,頬を上気させて話しかけているのが見えた。
そういう女の子は神田のそばで何度も見ている。
自分一人の時に見たことはないが,神田と一緒にいると,時々そういう女の子が近づいてくる。
最初は感心してみてたが,もう見飽きてるまである。
だから,今更見たいとは思わない。
まあ,心のどこかで予想していたことではある。
そうでなければいいと思ってできるだけ考えないようにしていた可能性。
悪い夢ほどドリーム・カム・トゥルー。
佐々木さんが園田に『神田君と一緒の班になりたい』と相談し,園田が佐々木さんのために僕に連絡し,僕を利用して神田と佐々木さんとを橋渡し。
僕は何も知らないピエロから,知らない間にキューピットにジョブチェンジ。
いや,ピエロであるのは変わらないままか。
その後も佐々木さんは神田の傍を離れず,チャージをかけ続けた。
いきなりべたべたとボディタッチをするようなことはなかったが,頑張って話しかけていた。
神田もそれを嫌がることはなく,話に応じていた。
当たり前か,こんなかわいい子から話しかけられて喜ばない男はいないだろう。
僕が神田に話しかけるスキはない。
必然的に,僕と園田がペアを組まされるわけだが,こちらもいっこうに話が弾まない。
前を歩く佐々木さんと神田のペアの後を,3メートルくらい間隔をあけてとぼとぼ歩く僕と,けだるそうに歩く園田。
僕がため息をつくと,神田が横目で僕を見てため息をつく。
「そんなに落ち込まんでもええやん」
「別に落ち込んでへんけど」
「ふん。それにしてもエリカ頑張ってるなあ」
「最初からそれ目当てやったんか」
「あかんかった?」
「別にいいけど」
「なんか違うこと考えてたん?」
「別に」
「自分やと思た?」
「別に思てへんて」
「さっきから『別に』ばっかりやなあ」
「別に」
「まあ,ちゃんと言わへんかったのは悪かったけど,それくらい予想できるやろ」
「なんで」
「いきなりペア組ましてて頼んできたんやし,下心見え見えやろなあ,って思てたで」
「まあ,なんかあるやろとは思たけど」
「それやったら,エリカが神田君を狙ろてるて分かりそうなもんやけど」
「お前かもしれんやん」
「はあ? うちが神田君狙ろてると思てたん?ありえへんわ」
「いや,お前から声かけてきたんやから,そう思うのが普通やろ」
「神田君,うちの趣味ちゃうし」
「イケメンやん」
「まあそやけど,好みのタイプとはちゃうねんなあ。それに友達のエリカとかぶるのはまずいし」
「その友達のためにせっかくの旅行を犠牲にしたんか」
「まあ,友達のためやったらしゃあないやん」
「あほらし」
「けど,あんたやったかて一緒やん。神田君のために,うちと一緒に回るの我慢してるんやから」
「お互い様やね」
「ひど~」
「もう,あの二人はほっといて,僕らも解散して,お互い一人でどっかで休憩しとこか」
「そういうわけにはいかんやろ。あんたは神田君がおらんとこではいつでもぼっちやし,今日もぼっちでええかもしれんけど,うちはさすがに一人では困る。女子が一人でいるとこ先生に見つかったら絶対に声かけられるやろし。一応,4人で回ってるふりだけでもしとかんと」
「ええやん,めんどくさい」
「せやかて,女が一人で遊園地回るのはさすがになあ。変な奴に声かけられたらかなんし」
「そやったら,あいつらの後ろついて回っといたらいいやん」
「それやと二人に気を使わすし。ええやん,乗り物は普通に楽しめるんやから,我慢して一緒に回ったら」
「ハァ,めんどくさ」
確かに,旅行先だし,男でも一人でいるところを先生に見つかったらうるさいことを言われるかもしれない。
クラスメートに見られたら,ボッチ扱いされて陰で笑われるかもしれない。
かといって,園田と二人で回るなどお断りである。
仕方なく,滞在時間の終了までの数時間,スマホでもポチポチしながら,あいつらの後ろをついて回るという苦行に耐えるしかない。
帰りのバスでは,佐々木さんはそそくさと神田の隣に座った。
園田は最後部のベンチ席にいた友達の女子生徒のところに混ざりに行き,俺は二人掛け席に一人で座るという贅沢を味わった。
スマホで小説も読めるし,ラッキーだね。一つ前の席に座る神田と佐々木さん。
神田が僕の真ん前,佐々木さんが斜め前なので,神田に話しかける佐々木さんの横顔が見える。
佐々木さんは神田しか目に入っていない様子で,周りの目は気にしていない。
行きの時はまだ周りを気にしていたはずなのに,遊園地での解放感でテンションが上がってしまっているのだろうか。
後ろの席の僕のことなど気付いてもいない様子なので,横顔を見たい放題である。
別に見たくはないけど,いまさら。
でも,チラ,チラっと目に入ってしまう,どうしても。
普段より近くで見る佐々木さんの横顔は,少し興奮気味で,赤く染まった頬といい,キラキラした瞳といい,ころころと笑う笑顔といい,僕を引き付けてやまない。
見ない方がいいと思っても,勝手に目を引かれてしまう。
何とか視線を引きはがして,窓の外を見る。夕暮れ時の都会の摩天楼と夕焼け空。都会の景色もきれいである。
高校を卒業したら,都会の大学に行きたいな。
嫌なことはすべて故郷に残して,知らない街へ新しい自分を探しに行きたい。きっと今より楽しい日々が待っているはず。
せめてその時が来るまでは,そう信じていたい。