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23 彼女の告白

 情けなくも現場から逃げ去った自分は,もう誰とも会いたくないなどと思い詰めていたが,時間がたつとみんなにどう思われたか気になり始めた。

 もちろん,園田はどうでもいい。どうせろくなことを考えてないにきまってる。また僕をいじめられて喜んでいただけだろう。

 神田はどうだ。まあ,神田はまだましかな。神田は佐々木さんのことを特別どうとも思ってないみたいだし,俺が佐々木さんに下心を持っていたからといって怒ったりはしないだろう。でも,情けないやつだと思われたかな。神田は勇気を出して園田に告白したのに,俺はぞれができなかった。その上,自分の気持ちを隠して佐々木さんに優しくした。それを下心と言われたら否定できない。仲の良い友人に軽蔑されるというのはつらいことだ。でも,それは自業自得だしな。


 もちろん,最大の問題は佐々木さんだ。下心の相手,当事者そのもの。一番知られたくない相手にばらされてしまった。

 園田も容赦ないよな。今更愚痴っても仕方ないけど。そもそも,園田は佐々木さんの友人であって僕の友人ではないのだから,僕のいないところで直接佐々木さんに言われる可能性だってあったわけだし。

 そしたら,僕は,ばれてることに気付かないまま嘘をつき続けるという一番情けない姿をさらすことになっただろう。まあ,それよりかはましか。それとも,知らぬが仏だっただろうか。


 逃げ出したとき,佐々木さんは僕を呼び止めようとしてくれた。それは,正直うれしかった。呆れられてたら呼び止められることもなかったはずだから。佐々木さんはもしかするといまだに僕のことを信じてくれているのかもしれない。そう思った。そう思いたかった。


 そんな馬鹿な考えから,家に帰ると,佐々木さんから電話がかかってくるのを待ってしまった。その晩遅くまでスマホが鳴らないかと気になっていた。翌朝になって,着信履歴がないことを確認した。なんだか,心にぽっかり穴が開いたようだった。それでもずっと連絡はない。

 希望は失われた。


 神田は,学校ではいつもどおり接してくれた。お互いにあえて話題には出さず,世間話に逃げていた。

 神田も思うところがないはずはないと思うのだが。黙ってくれているのは優しさだろうか。その話題を出されると,僕が惨めな気分になってしまうのを気遣ってくれているのかもしれない。


 学校にいる間は,休み時間には教室にこもって廊下に出ず,授業が終わったらそそくさと下校した。

 自分から佐々木さんと顔を合わすことはできない。相変わらず逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。そのくせ,向こうから会いに来てくれないかと考えてしまう。廊下を人が通るたびに,横目で彼女の姿を探してしまう。でも,彼女の姿を見かけることはなかった。


 今ごろ,彼女は何を考えているのだろう。あそこまで言われて,僕の気持ちに気付かなかったとは考えられない。だとしたら,何か言ってきてもいいのではないか? でも,電話がかかってきたらそれはそれで困る。何と言って謝ればいいかわからない。彼女は許してくれるだろうか。いや,電話をかけてくるようなら,許す気持ちがあるだろう。だから,かかってこないということは……。


 そうやってもやもやした気持ちを抱えたまま1週間がたった。佐々木さんと連絡を取るようになってから,1週間も間が空いたことはない。それも今となっては楽しかったころの思い出だ。思い出は心の倉庫に片付けなきゃ。同じ学校だからいつかはどこかで出会ってしまうだろう。その時,彼女は何と声をかけてくるだろう。僕は何と答えればいいだろう。また逃げ出さずにいられるだろうか。


 重苦しい気持ちを抱えたまま,将来の邂逅に思い悩んでいた僕のもとに,1通のメールが届いた。


『こないだのことがきっかけで,エリカも決心がついたそうや。今日の帰り,神田君に告白しはる。これであんたも踏ん切りがつくやろ』


 園田のやつ,また,よけいなことを。非常に気になる内容だったが,その一方で,知りたくなかったのにと思った。佐々木さんを遠く感じる。神田に対してどす黒い気持ちが沸き上がる。

 世界で一番情けない人間がここにいる。


 放課後,僕はいつにもまして素早く帰った。神田に変わった様子はなかったから,これから呼び出すつもりかもしれない。絶対にそんな現場を見たくはない。


 自宅に帰っても,何も手につかなかった。今頃二人がどうしてるか,そればかりが気になって,悶々としていた。時間がたつのが遅い。結果を知りたくない。でも気になって仕方がない。園田は連絡してくるだろうか。神田は連絡してくるだろうか。

 佐々木さんは,連絡してくれるだろうか。


 深夜を過ぎても眠れない。スマホはうんともすんとも言わない。うまくいったかな。ちゃんと告白できたかな。

 神田はどうするかな。園田に振られたから,すっぱりとあきらめて佐々木さんと付き合うんだろうか。でも,神田は案外,尻が重そうだ。もしかして佐々木さんを振ってしまうだろうか。

 いやいや,馬鹿なことを考えるな。そんなことを望んではいけない。そもそも,自分はもう佐々木さんのそばにはいられない。元気づけてあげることもできない。園田がちゃんと慰めるだろうか。いや,もう僕が心配するようなことじゃない。独りよがりは止めよう。


 次の日も,その次の日も連絡はなし。気になって気になって仕方がないが,僕からは聞けない。

 神田は普段と相変わらずだった。何かあったのなら言ってくれてもよさそうなのに,何も言わず,かといって僕のことを避けたりもせず,普段通りに接してくれていた。僕の方が気にしすぎてぎこちなくなりがちだった。

 でも,とうとう我慢できなくなって,聞いてしまった。


「佐々木さんから何か言われた?」


「あ,ああ,まあな」


「それで,どうするの?」


「え? 何も聞いてないのか?」


「うん」


「そうかあ。困ったなあ。まあ,俺から言えることは何もないなあ」


「え,それってどういうことなん?」


「いや,そのままの意味。まあ,俺からは言いにくいから,そんなに気になって我慢できんおやったら,自分から佐々木さんに聞いてみたら?」


 神田は困った顔でそう言った。気を使ってくれているのだろうけど,僕から彼女には聞けないよ。もちろん,園田にも。


 でも,うまく行ったのなら,佐々木さんから連絡してくれてもよさそうなもんだ。ずっとうまく行くように心配して,相談にも乗ってきたんだから。別にお礼を言ってほしいわけじゃなく,結果だけでも教えてほしかった。佐々木さんの口からききたかった。それで,気持ちの整理がつくのに。

 ちゃんと『よかったね』って言えると思う。『それじゃあ』って言って,二度と電話で話すこともなくなる。きっぱり諦めがつくと思う。

 ああ,これも全部自己満足の身勝手な考えか。


 待てど暮らせど電話はない。神田を問い詰めるのは無理だ。みじめすぎる。自分から佐々木さんに聞くのはもっと無理。残るは園田か。無理すぎる。


 さらに3日が過ぎた。もうあきらめをつけなきゃなあ。そんな風に考えていた。

 それは土曜日の午後,よく晴れた秋の日。ついに連絡が来た,園田から。


「今,ヒマ?」


「ひまやけど,なんや」


「なに,相変わらずふてくされてんの?」


「用がないなら切るで」


「用はある。ちょっと顔貸して」


「なんや,何かの脅しか」


「なんでもええやろ。ちょっと大事な用があるからうちに来て」


「なんでや。ちゃんと理由を言えや。いきなり家来いて,気持ち悪いがな」


「しゃあないなあ。別にうちはあんたの顔なんか見たあない。あんたに用があるていう人がうちに来てるんや。四の五の言わんと来なさい」


「誰が来てるて?」


「来たらわかる。ほな,待ってるで」


 一方的に電話を切られた。


 なぜか急に心臓がどきどきしてぎゅっとなる。僕は慌てて着替えると,歩いて園田家に向かった。園田の家までは歩いて10分もかからない。速足ならもっと短い。いい天気だったが,夏の日差しと違って,秋の日差しは優しかった。

 園田の家の前につくと,そこには待ち人がいた。僕を待ってくれていた。本当は僕もずっと待っていた人だ。


「タカナリ君,久しぶり」


 佐々木さんが僕の方を見て声をかけてくれる。


「うん,久しぶり」


 声が上ずってしまう。佐々木さんも表情が硬い。緊張してるんだろうか。でも,たぶん僕の方が緊張してると思う。なんとか,今回は最後まで逃げ出さずにいたい。たとえ,何を言われようとも。


「あの,長い間連絡を取らなくてごめんなさい。早く連絡しなくちゃって思ってたんだけど,その前にいろいろ気持ちの整理をつけておきたくって」


「そっか」


 自分から言えることは何もない。黙って聞こう。


「あの,大丈夫だった? 急に離れていったから,心配してたんだよ?」


 モールでの園田とのけんかの時のことだろう。止めるのを振り切って逃げだしたからな。


「ごめん,心配かけて」


「ううん,こっちこそ,心配って言っておきながら何もできなくてごめん」


「いや,全部僕のせいだから。佐々木さんは悪くないよ」


「ううん,美月に言われてやっと目が覚めたの。私がタカナリ君に甘えすぎてたんだなって」


「でも,それは……」


「わたし,あれから一生懸命考えたの。タカナリ君の気持ちとか,自分の気持ちとか」


「うん」


「それでね,この間,ちゃんと神田君に告白してけじめをつけてきた」


「え,けじめ?」


「うん」


「うまくいかなかったの?」


「ていうか,神田君には『ずっと好きでした』って言ったの」


「ふん?」


「神田君にしたらいい迷惑かもって思ったんだけど,自分の気持ちの整理をつけるために,どうしても言っておきたかったの。神田君も,私とタカナリ君のこと,いろいろ心配してくれたみたいだし。ちゃんと事情を話しておいた方がいいかなって」


「つまり,どういうこと?」


「だから,『神田君のこと,前からずっと好きでした。それで,タカナリ君にいろいろ相談に乗ってもらってました。タカナリ君には迷惑ばかりかけて,心配ばかりかけて,ずっと優しくしてもらいました。だから……』」


 だから?


「『だから,これからはちゃんと自分一人で考えられるようになりたいと思います。神田君のことは,今では友達と思えるようになりました。これまで付きまとって迷惑だったかもだけど,これからは普通の友達として仲良くしてください』って言ったの」


「いいの?」


「うん。なんか,改めて考えてみたら,自分がそこまで神田君のことを真剣に考えてないって気が付いたの。前は,ただ格好いいなあって思って好きになったけど,そこから少しも進んでないなって。神田君が美月に告白した時も,ああ失恋したなって思ったけど,思ったほどショックを感じなかったの。まあ,びっくりはしたし,全然傷つかなかったわけじゃないけど。一晩寝たら何かすっきりしちゃって。それよりも,これからタカナリ君に何を相談しようかなあっ,なんて考えちゃって」


「いや,それはいいけど,でも,それでいいの?」


「うん。自分の神田君に対する気持ちは,神田君の上っ面だけを見てひとりで盛り上がってただけで,神田君と気持ちを通じさせようとしてなかったって気が付いたの。だって,4人で遊ぶようになってから,神田君の姿を見るのはうれしかったけど,神田君の人柄については何も見ていなかったもの。ちゃんと気持ちが通じ合うような会話は1回もなかったし。話していて楽しかったのはタカナリ君だから。いつも心配してくれてたのもタカナリ君。私がずっと頼りにしていたのは,タカナリ君だって気が付いた。ううん,とっくに分かってたんだけど,その気持ちをどうしたらいいかがわからなかったの」


「……」


「フードコートでタカナリ君が行っちゃったあとね,美月から『ちゃんと考えなあかんで。タカナリ君がこのまま逃げてしもてもええんか』って,怒られてね。それで思ったの,ああ,このままタカナリ君と話せなくなったら困るなって。いつも頼りにしてるのに,聞いてくれないと困るなって」


「……」


「でも,それでもやっぱりすぐには決心がつかなくて。タカナリ君から連絡がこないかなって毎日待ってたんだけど,ちっともくれないし。タカナリ君が相談に乗ってくれないから,どうしたらいいのかわからなくなって。そのことで美月に愚痴を言ったら『自分から連絡したらええやろ!あんたらは二人ともぐずなんやから!』ってまた怒られて。美月はタカナリ君のことになるとほんとうに厳しから」


「まあね」


「でね,今までずっとタカナリ君にお世話になってたんだから,今回は私から行かなきゃって,やっと決心がついた。それでね,神田君には,『神田君のこと前から好きで付きまとってたけどもうやめます。今の私はタカナリ君のことしか考えられないから,タカナリ君に告白します』って宣言してきた」


 いま,何かすごいこと言われた気がする。空耳かな?怖くて聞き直せないや。


「神田はなんか言ってた」


「うん。『なんかしらんけど,俺,また振られたみたいになってるな。まあ,がんばれ』って言ってた」


 できた男や。そうか,佐々木さんが僕に言う前に自分から言ってしまうわけにいかんと思て,あんな風にごまかしとったんやな。すまん,神田。


「そっか」


「そっかって,もう少し何かないの?」


「うーん,自分のことになるとどうにもだらしなくて」


「美月もタカナリ君のことそう言うてた」


「園田のことはこっちに置いといて。いや,僕もあのとき園田に言われたことは大分効いたけど。佐々木さんの相談に乗っておきながら,自分の気持ちは隠してたから」


「ごめんね,私ばっかり相談して」


「いやいや,僕の方が隠してたんやから,僕が悪いんやって。そのせいで,後ろめたかったのはほんまやから,あのとき園田にばらされて,恥ずかしくなって逃げてしもたんや。ほんま,情けないとこ見せてしもて,あれからずっと後悔してた」


「私の方が先に神田君のこと相談したから,言い出せなかったんでしょ? だったら半分は私の責任だし」


「いや,僕に意気地がなかっただけや。結局,こんな風に佐々木さんの方から言うてもらうことになって,男として恥ずかしい」


「いまどき男からとか女からとかないでしょ」


「それでも,やっぱりこういうのって男から言った方がかっこいいやん」


「じゃあ,お願いしようかな」


 ゴホン。情けないけど,先に佐々木さんの気持ちを聞いたから,今なら正直に自分の気持ちを話せる。それでもちょっと足が震える。声まで振るえないように気をつけなきゃ。


「えっと,僕は佐々木さんのことが好きです。ずっと好きでした。これからもずっと好きでいたいので,僕と付き合ってください」


「うわ,ストレートじゃん。なんか急に男らしくなって。」


「まあ,今までよう言い出せんかっただけで,頭の中では何回もシミュレーションしてたから」


「ふふ,ありがとうございます」


「それじゃあ,次は佐々木さんの番」


「え,私さっき言ったじゃん」


「いや,まだ直接言ってもらってへんやろ? さっきのは神田に言うたを聞いただけやし」


「うーん,ちょっとはずかしいんだけど。勘弁してもらうわけにはいかないかなあ?」


 佐々木さんがかわいらしく首を傾けておねだりしてくるが,ダメ。聞きたいにきまってるやん。


「そらあかんやろ。こういうのはけじめやから」


「もう,タカナリ君まで美月みたいに厳しいこと言って。分かりました。頑張ります」


 そう言うと,彼女は一つ深呼吸して,まっすぐ僕を見た。


「よろしくお願いします」


 そういうとぺこりとお辞儀をする彼女。


「ええー,それだけえー?」


 そう僕が文句を言うと


「まあまあ,ちゃんとしたのはもっと練習してからね」


顔を上げた彼女は,そう言ってニコッと笑った。

 その笑顔は,まるで太陽のようだった。


 うん,いいね。太陽が大好きになった。  


                            おしまい。



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