16 みんなでカラオケ
次の土曜日の昼間,僕たち4人はカラオケボックスに行った。まあ,高校生にとってカラオケもデートの定番だよね。
でも,男同士で行くんなら音痴でもさほど気にならないが,異性と行くのはハードルが高い。家で練習してきたけど,自分ではよくわからない。少なくともうまいと言えるレベルでないことは自覚している。あとは選曲でごまかすしかないかな。
できれば歌わずに済ましたいが,どうせ園田が容赦なく勧めてくるだろう。僕を笑いものにするために。いじめか!
僕が普段よく聞くのはアニソンとかボカロだが,ボカロは難しい曲が多いからアニソンかな。でもアニソンも結構難しいんだよな。なんか簡単そうなのなかったかな。
そんなことを最後まで悩んでいると,先頭を切って神田がJ-POPの有名な曲を歌い始めた
ヤバイ! めっちゃうまいやん!
このやろう,イケメンで運動神経がいいだけでは飽き足らず,歌までうまいとは!
かなり難しい曲だと思うんだけど,高音域もきっちり歌い切り,完璧に歌い上げた。
いやだよ,こんなのの後に歌うの。絶対比較されるやん。比較の対象にもならんけど。園田が笑ってる姿しか想像できん。
そして,いつの間にか園田がリモコンで曲を入れていたようで,マイクを持って立ち上がった。こいつ,やる気やな。
園田は,まだ2曲目だというのにしっとりとしたバラードを歌った。
まあ,うまいのは知ってた。
こいつの普段の声は意地の悪い低い声なんやけど,歌うときはオクターブ上がって天使のコーラスみたいな声になりよる。
小学校の時,音楽の先生にいつも褒められとったからな。それは今も変わらんようで,美声としか言いようのないファルセットに絶妙のビブラートをかけて部屋いっぱいに歌声を響かせる。
僕も思わず聞き入ってしまったが,神田も佐々木さんもポカーンと口を開けて聞き入っている。
曲が終わると,佐々木さんも神田も大きな拍手を送った。
「スゴイ,スゴイ,美月,めっちゃ歌うまいじゃん! まるで本物の歌手みたい!」
「いやあ,園田さんの歌は本格的やね。俺もこんなに上手なのは初めて聞いたわ」
「どおりで自分からカラオケ行こ言うはずや」
園田は,『どうもー』とか『ありがとう』とか言いながら座る。珍しく顔が笑みでひきつっている。
こいつ,みんなに褒められてまんざらでもなさそうやな。まあそら,こんだけ上手で,友達からもこんなにほめてもらえたらええ気分やろ。
「ほな,次はエリカかたかくんやな」
ギク。神田,園田とめちゃうまいやつが続いた後に歌うのはさすがにきつい。
ここは佐々木さんに歌ってもらおう。まさか佐々木さんまで園田とか神田並みにうまいてことはないやんな? みんながこんなにうまいとは思てなかったし,やっぱりカラオケに来たのは失敗や。何とか誤魔化して,僕だけ最後まで歌わんとすましたい。ここは,不本意やけど園田をおだてて,オンステージをやってもらお。練習したいて言うとったし。
「あ,僕,歌いたい歌が見つからへんしいいわ。先に佐々木さんが歌ったら? それか,園田,せっかくやし連続で歌ってもええで」
「まあ,とりあえずはみんな1曲ずつ歌ったらええやん」
チクショウ,人の気も知らないで。佐々木さんはどうかな。
「次,佐々木さん行く?」
「えっと,どうしよかな…… 」
佐々木さんはデンモクで歌う曲を探そうとしているようだが,なかなか決まらないようだ。ていうか,なんかちょっと焦ってるようにも見える。
佐々木さんも歌はあんまり得意でないようなこと言っていたし,やっぱり,園田の次に歌うのは嫌なんかな。
まあ,あんだけ上手に歌われたあとやと,たいていの人は嫌やろけど。
「ほら,エリカもまだ決まらへんみたいやし,たかくんが次歌いいな」
「ええー,いや,僕もまだ曲がー」
「何でもええやん。ほら,小学校で歌っとった,あの,ボケモンのオープニングのやつとか」
「いや,もう小学生やないんやし,もうちょっと大人っぽい曲をやな」
「ほな,神田君と同じこめ津さんの曲にするか」
「無理に決まっとるやろ。キーが全然合わへんわ」
「もう,めんどくさいなあ。男なら一発ばーんといきいな。ほら,エリカも待ってるで」
くそ,どっちがめんどくさいねん。嫌がってるのわかってるやろに,無理に歌わそとすんなや――と思ったが。
園田がチラッと佐々木の方に視線を向けて,すぐまた僕に視線を戻し,こっちをじっと見てくる。じっと見られると,睨まれてるようにしか見えんから,ちょっとビビってしまう。
でもよく見ると怒ってる様子ではない。チラ,チラっと佐々木の方を見ては僕に視線を向ける。何かを伝えようとするように意味ありげに。
僕も佐々木さんに目を向けると,佐々木さんはデンモクで一生懸命曲を探している。しかし,いっこうに決まらず困っている様子。焦った様子のその姿に,気付いてしまった。
ああ,これはあれだ。音痴と言われている僕にはわかる。歌いたい曲がありすぎて迷っているのではない。歌いたい曲が決まっていて,それを見つけようとしているのでもない。歌うのをためらって,どれなら大丈夫か,ごまかせるかと迷ってるやつだ。
僕と同じだ。だって人前で歌いたくないんだもん。歌うの自体は好きだけど,笑われるのは好きじゃない。笑いで人気を取る人もいるが,僕にはそれができない。コンプレックスが邪魔をする。
佐々木さんは陰キャの僕とは違って,友達とも仲良くできる陽キャだ。でも,歌は苦手そうだし,やはり上手な人の後というのはプレッシャーが大きい。しかも,自分が好きの人の前だ。かっこ悪いところは見せたくないだろう。
園田だけだったらまだよかったはずだ。多少下手でも友達同士なら冗談にしてしまえる。でも,好きな人の前だと別だ。神田は園田の歌にいたく感心した様子だった。その後に歌って比較されるのはつらいだろう。つまりは,園田が全部悪い。
チクショウ,園田の尻ぬぐいを僕がしなければならないとは。
「じゃあ,僕も1曲行こうかな」
佐々木さんからデンモクを借りて,曲を入れることにする。何にしようか迷ったが,結局,他に思いつかず,園田が言っていたアニソンを選曲する。
「あ,あ」
マイクテスト。イントロが始まる。リズムに合わせて。口の中で出だしを確認して。
「たとえ―― 」
ああ,いきなりキーが合わない! 歌い出してから,むっちゃ早口の曲だったことを思い出しパニックになる。でも,もう後には引けない。
覚悟を決めて何とか声を振り絞る。舌が回りきらなくても何とか歌詞を追いかける。あ,またずれた。もう途中からはやけくそだ。キーがずれようと,テンポがずれようと,かまわず歌い続ける。その場で立ち上がり,体を上下にゆすりながら,好きなように歌っていく。
みんな手拍子で合わせてくれる。でも,あきらかに調子はずれで,テンポもすぐにずれてしまうので,みんなのノリは芳しくない。みんなの手拍子ともずれてしまう。顔から汗が吹き出しそうだ。間奏の間もみんなの顔が見れない。泣きたい気分だ。それでも何とか歌い切り,げっそりしながら座る。最後の方は声がかれていたので,座ると自分のコップに残っていたドリンクでのどを潤す。
神田と佐々木さんがパチパチと拍手をしてくれる。もちろん,園田の曲の時ほど熱はこもっていないけど。
「きゃあ,たかくんの歌久しぶりに聞いたわ。相変わらずやなあ。ぷ,くすくす」
園田のあおりに湧き出る殺意を押し殺し,もう絶対に歌わないと心に誓う。
「じゃあ,次,私ね」
佐々木さんはようやく決まったようで,マイクを持って歌い始めた。あまりよく知らないが,確か女性アイドルグループの曲だったような。
緊張気味に歌い出す。最初はちょっと声が震え気味だった。こぶしもビブラートもないが,一生懸命歌ってる。でも,上手というほどではない。
園田の地声は低いドスの利いた声だが,その歌声は天使のコーラスのようだった。その逆もある。いつも電話で聞く佐々木さんの声はとても心地よくて好きだ。でも,地声のきれいさと歌声とは全く別物だ。佐々木さんも僕と同じで,自分の頭の中にある音楽をそのまま声に出すことができない。いや,そもそも歌のうまい人とは聞こえているものからして違うのかもしれないが。
つまりは,僕ほどではないが,佐々木さんもあまり歌がうまいほうではなかった。僕ほどではないが。
まあ,友達とカラオケで歌うのはいいんじゃない? みんな佐々木さんのこと好きだし,きっとほほえましく聞いてくれると思うよ。
僕のように,聞くに堪えないと,人に苦痛を与えるレベルではないよ。歌い終わったとき,みんなが目を背けるレベルではない。
だから,大丈夫やで。
園田も神田も一生懸命合いの手を入れて佐々木さんをサポート。佐々木さんも恐る恐るという感じで歌い始めたが,調子が出始めると声も出るようになる。うん,元気に歌ってるところは素敵だしかわいい。ちょっと照れながらも最後まで歌い切り,皆の拍手で迎えられる。もちろん,僕も一生懸命拍手した。
ほっと,安心して笑顔になる佐々木さん。上気した頬が色っぽい。よし,よく頑張ったね。
「ああ,緊張したあ。私も音痴だからどうしようかと思ったけど,何とか最後まで歌えたわ。ふー,神田君も美月も上手だったから,その後に歌うのはプレッシャーきついし。でも,なんとかタカナリ君よりは上手に歌えたかなあ」
園田がぷっと吹き出して笑う。
おい! 佐々木さん,それはないでしょ?
「えー」
僕が変顔で文句を言うと,佐々木さんは「ゴメン,ゴメン」と言いながら笑った。
天使のような笑顔で笑ってくれた。ちくしょう,もう許す。
かわいい子の笑顔には勝てない。まあ,いいさ。佐々木さんの恋のサポートでここにいるんだ。佐々木さんが少しでも元気になって,笑顔になってくれたらそれでいいさ。




