1 はじまり
はあ,太陽なんて嫌いだ。
校門に続く坂道を,汗をかきながら登る。9月上旬の日差しは強く,朝だというのに,うだるような暑さだ。はやくもシャツが汗でべたつく。
暑い間はずっと夏休みにしておいてくれたらいいのに。
まあ,寒くなったら寒くなったで文句を言うんだけど。
それでも,新学期になって気分は浮ついていた。
秋は行事が目白押しだが,体育祭や文化祭には興味がない。
運動は苦手だし,文化祭は面倒だ。恥をかくことはあっても,活躍する場面などありはしない。絶対にだ。
1年の時に散々ひどい目にあった。
クラスリレーの代表をくじ引きで決めようなどと言い出したやつのことは忘れない。
一生恨んでやる。
リレーで最下位になったのはそいつの責任だ!二番目は3人に抜かれてびりになった僕だけど。
嫌なことは忘れよう。
そんな過酷な行事ばかりではない。
競争もなければ発表もない,
ただのリクレーションだってあるのだ。
僕の通う私立浜大津高校は,田舎の学校だがかなり自由な校風である。
修学旅行がない代わりに,海外での短期ホームステイがある。
また,国内でのレクリエーションとして,毎年日帰りできる範囲でどこかへバス旅行に連れて行ってくれる。
私立高校なので,生徒集めの宣伝のためだろうけど,生徒が喜びそうなところを選んでくれる。
劇団の公演とか,美術鑑賞の年もある。
今年は関西の有名な遊園地に行くことが決まっていた。
当たり年である。
そのため生徒たちはみんなうきうきしていた。
問題は,班決めである。
修学旅行なんかでいつも問題となる,例のあれ,である。
もちろん,表向きには問題とならない。くじ引きで決めてもいいし,生徒に好きなもの同士で班を決めさせてもいい。
あぶれたやつらは,そいつらだけ集めて人数合わせをすればいい。
で,今年は後者の方,つまり,好きなもの同士で班を組んで届けるようにというお達しが先生からあった。
月曜日に言い渡され,期限はその週の金曜日までに決めること。
一班4人で男女の配分は問わない。行き先が遊園地なので,乗り物に乗る都合があるから4人ずつというのは仕方ないだろう。
観覧車とか4人乗りの乗り物は多そうだしね。
僕はこの班分けを聞いた時,自分があぶれるんじゃないかという心配はしなかった。
隣の席に座っている仲の良い友人がすぐに
「おい,どうする。だれを誘う?」
と声をかけてくれたからだ。
この友人の名前は神田太一と言う。
僕の友達なのに,なぜかイケメンである。
ちょっとチャラいところがあり,女の子と付き合ってはすぐに分かれるということを繰り返していた。
でも,男同士の付き合いはよく,僕とは1年で同じクラスになって以来の友人で,神田に彼女がいないときは帰りも一緒に帰る仲だ。
僕自身は女の子に対してあまり積極的な方ではない。
なんなら,同性に対してもそれほど積極的ではないので,神田がいなかったらボッチコースを歩んでいたかもしれない。
実際,中学校ではほとんどボッチな生活であった。
今は神田がいてくれるおかげでボッチとみられることはなく,他の男子からも気軽に声をかけてもらえる。だから,男4人で班を組むのは簡単だろう。
「女の子と付き合うきっかけ作るんなら,今回の遊園地が絶好のチャンスや」
「神田は普段でも女の子と仲良くしてるやん」
「あれは向こうから言ってくるのばっかりで,俺から声かけてんのはない。正直,向こうから声かけてくるのって,大体押しの強い子やし,結構めんどくさいねん。自分から声かけといて,自分の思うようにならんとこっちを悪者にしてくるし。それに,女の子同士で張り合ってたりするから,巻き込まれると大変なんやで」
いや,そんな経験ないから知らんけど。
「本気で行くときはこっちからやで。そんな,がつがつしてない子の方が可愛いし。なあ,竜王様」
「おいやめろ,やめてくれ」
「はは,だって本当の苗字やん」
「様をつけるな。それに,下の名前で呼べって前からゆうてるやろ」
「へいへい,虎さん」
「トラやなおい,虎也や。わざとやろ」
「へい,わざとです」
これまでに何度も繰り返してきた名前ネタの悪ふざけを繰り返す。
そう,僕の名前は竜王虎也。
大げさな苗字だが,地名姓だから勘弁してくれ。
下の名前に「虎」の字を付けたのは,父親の悪乗りとしか思えない。
自分の名前の中で竜虎相打ってどうするんだよ。
僕はどちらかと言えば大人しい性格で,完全に名前負けしている。
小学校のころから名前でからかわれることが多かった。
まあ,虎の字をそのまま『とら』と読ませるのでなく,『たか』と当て字にしてくれたのは,せめてもの救いだったが。
悪目立ちはしたくないので,友達にはタカナリと呼んでもらっている。あるいはタカと。
「で,タカはあとの二人,だれがいいと思う?」
「ええ,いつものメンツでええやん。幸田とか,山本とか」
「あほ,女子を誘うにきまってるやろ。どの子にするか聞いてるんや」
「ええー,女子と回るんか」
「タカと仲のいい女子ゆうたら,園田さんかなあ」
「別に仲ええわけやない。家が近所やいうだけやし。そんな仲ようしてるとこなんか見たことないやろうに」
「いや,タカが園田さんとしゃべってるとこ見たことあるで。その時向こうがタカのこと『たかくん』て呼んでたやん。普通,仲良くなかったら,そんな呼び方せえへんやろ」
「そら,幼馴染で子供のころそう呼んでたから,それが残ってるだけや。今はめったにしゃべらへんし」
「そっかあ,幼馴染かあ,いいなあ。俺も女の幼馴染とかほしかったなあ」
「ラノベやないんやからそんなええもんちゃうで。近所に住んどるから小学校も中学校も一緒やったけど,ただの顔見知りや」
「何もったいないことしてんねん,あんな美人」
まあ,客観的に見て美人なのは分かるけど,中身をよく知ってる人間からしたら,あれは女の数に入れられん。
「そうか~? 普通ちゃう?」
「ちょっと,つんとしたとこもええしなあ」
「あれは冷たいだけやと思うで」
「あの子が男子としゃべってるとこ見たの,タカだけやからなあ。お前が一番親しい男子っちゅうことか?」
「しらんがな。僕と園田の母親同士が主婦仲間で友達同士やから,子供のころはよう一緒に遊ばされとったけど,今は関係あらへん」
「まあ,とりあえずそれはええ。とにかく,方針は女子を誘うことやから,幸田とか山本とか男子がゆうてきでも乗ったらあかんで」
「誰か誘うあてあるんか?」
「まあ,ちょっと考えてみるし。もし,もしやで? もしも園田さんに誘われたら,保留しといてな。断ったらあかんで。オッケー寄りの保留な」
「そやから園田とそんな話することないし」
園田は幼稚園,いやそれ以前から一緒に遊んでいた近所の幼馴染である。だからって,別に何もない。
本当に単なる顔見知り。
小学校の低学年くらいまでは近所の友達の一人として一緒に遊んでいたものの,それ以降はめったに口を利くこともなかった。
そもそも,僕は無口で大人しいほうだし,園田は,何というか,よく言えばクールビューティー?という感じの無表情系女子で,あまり人の輪に入る方ではない。間違っても班決めで声を掛けられるような間柄ではない。
ただ,園田は隣のクラスで,よく見かけるのは確かだ。
隣のクラスなのに僕の視界によく入ってくる理由,それは園田自身にはない。
園田の友人で,園田といつも一緒にいる佐々木エリカさんのせいである。
だって,佐々木さんの方を見たら,園田まで目に入ってしまうんだもん。
神田はさっき園田のことを美人と言っていたが,まあそれに異論まではないものの,同学年でトップレベルの美人さんと言えば,佐々木さんで間違いない。
実際,1年の時に男子の間でひそかに行われた女子の人気投票でも,佐々木さんが1位だった。とにかく,彼女は目立つタイプの美人で,どこにいても注目を集めてしまう。
身長は160センチちょいくらい?すらっっとしてスタイルもよく,明るい性格でいつも友達と笑っている。
そんな子が何で氷の微笑くらいしか浮かべない園田と仲がいいのか不思議だ。
それを言ったら地味系男子の僕とイケメン男子の神田の組み合わせも不思議だが。
佐々木さんとは一緒のクラスになったことがないし,接点がまるでないのでしゃべったことはない。
でも,友達と話しているときの明るい笑顔と,離れていても聞こえてくる屈託のない笑い声から,明るい子であるのは間違いないと思う。
当然,そんな彼女に恋している男子は大勢いるはずだ。
現に告白したやつも複数いると聞く。しかし,これまでのところ,ことごとく玉砕しているらしい,ざまあ。
ということで,目下のところ,僕の中でも佐々木さんが学内女子ランク第1位である。彼女が視界に入ると目で追ってしまう。
もちろんこっそりとであるが。彼女と視線を合わせる度胸はないので,真正面からは見ないようにしている。
前にうっかり彼女の隣にいた園田と視線が合い,ゴキブリを見つけた時のような目で見られたことがある。
もちろん,ゴキブリのように素早く目を逸らして立ち去った。
まあ,あれやん。恋愛感情というよりは,単なる憧れかな。
接点がなかったおかげで,まだ告白を考えるほど夢中ではない。
もちろん,接点ができることを夢見ることはあるが,それはあくまで夢の話,
例えば来年同じクラスになって席が隣になったとしても,多分話しかけられはしない。
万が一話しかけられたとしても何の進展もあるはずない。
絶対焦っておどおどしてしまうだろう。せいぜい気持ち悪がられるだけ。
現実と幻滅は常に背中合わせである。