壊
今月の、十日十時過ぎ。
後輩が死んだ。トラック事故でだ。
同僚が、初めてこの現象の被害者になった。
みんなみんな、真っ青だった。
「お前と最後話した時……そん時言ってたな? 『これは転生トラックじゃないか』って……」
彼は間違いなく若者で
同時にここで働いていたのに
――やはり、笑顔で死んでいた。
「俺は下らないって言い捨てた。あん時お前妙な顔してたよな。もっと話してれば、結末は違ったのか?」
彼は『転生トラック』を不気味に思いながらも、理解共感できるとも言っていた。
――なら、彼には願望があったのかもしれない。トラックに偶然轢かれて、異世界で主人公になる……傍から見れは子供じみてて、くだらないって吐き捨てらるような、幼稚で甘ったれた、そんな幻想。
――違う。そうやって切り捨てるから、彼らはますますソレを望むのだ。
誰にも理解されないから。
現代に生きていても、希望なんて持てないから。
親が、友が、同僚が、教師が、
否……本当は誰でもいいのだ。現実に、この世界に留まりたいと、この世界で生きてもいいと、そう思える関係の誰かがいるのなら、こんな幻想に彼らは憑りつかれたりしないのだ。
この現象を引き起こしてるのは、彼らの願望が歪んだカタチを得たから……後輩を失った彼は、そう理解していた。
だから、あの時。
自分が彼にとって『頼れる先輩』で在れたならば、きっと死なずに済んだのだ。
「……転勤させてください! もうコリゴリだ! 次は僕の番かもしれないじゃないか!!」
「どうして……っ! 今まで誰も、勤めてる方は死ななかったでしょう!?」
混乱、恐怖、絶望、焦燥
今までと同じで、なのに例外な身近な人の死に怯える大人たち。
先輩は独り、最後に亡骸の手を握って、小さく誓う。
――異世界転生を望む人間がいる限り、きっとこの現象は止まらない。
だから自分は、その亡骸を看取り続けよう。死んだ後の、遅すぎる鎮魂を続けよう。
それだけが、このクソッタレな現実に留まる、薄い関係しか築けなかった自分でもできる、たった一つの事なのだろう。
それに意味があるかはわからない。
願わくば――向こう側で幸福を掴めることを。
最後にもう何も答えない後輩へ祈り、先輩はただ一人、扉の向こうへ消えていった。