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その二か月過ぎ。昨日運ばれた若者の遺族が、変わり果てた子供に泣き縋っている。

 同情する反面、疲れからか慣れなのか、あまり情感が湧いてこない自分に嫌気が差した。

 湿っぽい空気を嗅いでも、気持ちが沈まない。長くここに勤務していれば、そのうち気が触れるか、感情が磨耗したポンコツの出来上がりだ。


「……いつまで続くんだ」


 二か月前に転属願いを出した看護師は、既にここから別の医療機関に移っている。今も別のスタッフが転属願いを提出しているが、代わりに別のスタッフを捩じ込んで人員数を保っている状態だ。それも一時凌ぎの対抗療法でしかない。破綻するまでの時間はあるだろうが、終わりが来るまで、いったい何人の若者がトラック事故で死んで、何人の人間がここに勤める事に根を上げることになるのか。


「あの、すいません」


 話しかけてきたのは、一か月と少し前にここに転属してきた同僚だ。かなり若い男性で、確か二十代前半だったか? 控えめに声をかけてきた彼に、先輩はだるそうに首を向けた。


「何だ新入り」

「これもしかして……『転生トラック』じゃないですか?」

「あん?」


 聞きなれない言葉だったが『トラック』の響きに眉をひそめる。この奇妙な現象の手がかりか?


「なんだ、その……」

「『転生トラック』……なろう小説のテンプレですよ」


 若者言葉は、よくわからない。噛み砕いた説明を求めると、おおよそ次のような感じだった。

 それは、とある小説投稿サイトで流行っている最初の展開らしい。なんでも、神様のミスによってトラック事故に巻き込まれ、現代で主人公が死亡する。その後はお詫びとして、強力な特典をつけてもらい、別のファンタジーな世界で生き返らてもらえる……概要はこんな感じだ。


「なんだそりゃ? それじゃあ轢かれてる連中は、死んだあと神様に助けてもらえるから、どんな惨い死に方してもハッピーってか?」

「それ以外に考えられます?」

「まぁ、即死もあり得る死に方だ。けどよ、即死できなきゃ悲惨だぞ。飛び込み自殺するにゃ、線路の方が確実だろうが。それになんで十日の十時なんだよ?」

「語呂合わせじゃないです? 転生と英語のテンで」


 馬鹿馬鹿しいと一蹴し立ち去ろうとしたが、後輩は諦めずに食い下がってきた。


「それに、自殺じゃありませんよ」

「あ?」

「自殺では意味がないんです。だって、神様のミスじゃないといけないんですから。自分から進んで自殺したら、それは自分の意志で引き起こしたことになってしまう」

「完全な事故じゃねぇとダメ……か。なんだよそれ。棚から牡丹餅の代わりに、その『転生トラック』が突っ込んできて欲しいってか? イカれてるぞ」


 それは、宝くじで億の金を掴むのと同じほどの運勢、あるいは確率事象。

 しかも幸運ではなく、途方もない不運と不幸を求めるようなもの。


「そもそも、だ。死んで異世界行けてラッキー? こっちに残してる人間はどうなる? 親も、兄弟も、友人も……みんな捨てて後悔一つ感じないのか?」

「……そういう物語が、若者の間では流行っています。皮肉られてもいますけど、同時に僕ら世代じゃ理解共感する部分がある。そうじゃなきゃ流行にはなりません」


 本気で口にしている後輩に、背筋が粟立つ思いだった。

 現代の若者は、身近な人間が身近に感じられない? 家族を、友人を、なんとも思っていないのか?

 だから死んでも、その後に幸福が待っているなら……悲惨な死を受け入れられると言うのか? むしろより悲惨な死を、より不幸な死を、己の過失なしに起こる事を望んで、その後の補填を望んでいるとでも言うのか。


「理解、できねぇ」

「だと思いますよ。目の前で起こってても信じられないです。でもつい連想してしまって……」

「仮にだ。仮にそれが本当だとしてもだ。んなしょっちゅうミスするなら、そんなふざけた神様はクビにしろ。補填するならこっちも寄越せっての。後処理してる俺たちは、大変な精神的苦痛だ」

「はは……そう、ですね」


 ばっさりと切り捨てて、勤務に戻る。

 奇妙に歪んだ後輩の笑みが、先輩の見た最後の表情だった。

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