第5話 人間
遠い国には「季節」というものがあると、いつの日かエゲンが教えてくれた。雨季と乾季しか知らないリオにとっては、どの季節の説明もピンと来ないものばかりだったが、覚えていることが一つだけある。
そういう場所では空気がつめたいことを「サムイ」と言うらしい。
「サムイ!」
——きっと、こんな感じに。
銀色の扉を開けた瞬間、リオは首をすくめた。吐く息が白い。
両側に金属の壁がそり立つ空間には、なたで胴体を分断された家畜の肉や、トウモロコシのぎっしり詰まった木箱、直方体に切り出された氷などが雑に積み上げられている。
首を切り取られた鶏の皮と、自分の腕の皮膚の様子が恐ろしく似ているのを見て、リオはここに長居すべきでないと感じた。
幸い、目当ての物はすぐに見つかった。そら豆入りの瓶が並んだ棚の横に、丸々と肥えた豚の足がずらりと吊るされている。その中の二本を素早くつかみ、リオは外に出た。
「すごい、十秒もかかってない!」
待っていたロットが歓声を上げる。
十秒も耐える方が無理、とリオは冗談抜きで答えた。
「どうでした? 人生初の冷凍庫は」
「すごいけど……何でこんなに冷たいの?」
「両隣のケージに竜が住んでるんです。全身からとびきりの冷気を放つ『氷竜』がね」
ロットは左右の扉を指した。大きさこそリオが出てきた扉と同じだが、取っ手から垂れる巨大なつららと、地面との隙間からゆらゆらと立ち昇る煙が、物言わぬ食材とは別の何かが奥にいることを示している。
「それ、重いでしょ? 一本持ちますよ」
両手に棍棒を握りしめた山賊のようなリオの姿を見て、ロットが言った。
その後、二人は中庭に向かう。
「リオさん。父の仕事について、そろそろちゃんと教えますね」
「……りゅうとんや」
「……」
「違うの?」
「いや、合ってるんですけど……ご存知なのが少し意外で」
「小さい頃、エゲンに聞かされたおとぎ話に出てきたの。ストーリーは覚えてないけど、確か悪役だったと思う」
ロットは年寄りくさく咳払いをした。
その首筋には、昨日、彼女に突き立てられた爪の跡がしっかりと残っている。
「えっと……竜問屋、その通りです。『日曜日』対策として、個人、公共施設、会社などに竜の販売やリースを行う。捕獲や飼育、調教も行っていて、最近の売り上げは……」
父が取引先に自社を紹介する際に用いる文句が、いちいちリオの逆鱗に触れかねない単語ばかりで構成されていることに、ロットは気付いた。
「ま、まあ、働いていればそのうち分かりますよね」
中庭に到着すると、既に数名の作業員が仕事をしていた。はしごに乗って檻を磨く者、熊手でケージ内の干し草を集める者、竜が健康である証をこんもりと台車に盛り、運んでいく者。
リオとロットが一本ずつ持っている豚の足を両肩に軽々と担ぎ、左端の檻の中へと入っていく男に目がいく。そのとき、町の方から鐘の音が聴こえた。
「食事の時間です」
ロットに促され、リオはひとつ隣のケージに近づく。お世辞にも広いとは言えない檻の向こうに身を横たえているのは、青い体毛で全身を覆い、白い菱形の模様を胸元でぼんやりと明滅させている奇妙な竜だ。三日月のように反り返った一本角の先端は、安全を考慮してか真横に切り取られている。
リオが暗がりに足を踏み入れると、その目はすぐに開いた。縦に割れた瞳孔が、逆光に浮かぶ人間のシルエットを捉え、禍々しく広がった二つの鼻孔が、その手に握られた朝食の気配にひくひくと動く。
竜は迷いなく口を開けた。リオは混乱を隠せない。
「でも、この肉、まだ凍って……」
「いいから!」
振り返ると、ロットが急かすように手を動かしていた。竜の方も、こんなに長い時間待たされるのは初めてだ、と言わんばかりに床を掻いているが、爪と金属との摩擦が不快な音を生んでいないのは、とっくに「準備完了」している舌からこぼれた唾液のおかげだ。
石炭を炉に投げ入れる作業員のように、リオは腰を低くして竜の口にハムを放り込んだ。到着が待ちきれなかったのか、一度フライング気味に閉じた牙が凍った肉質に突き刺さったが、竜はそれをうまく舌で引き込み、ごくりと喉を鳴らす。薄切りにすれば百人前は下らなさそうな豚の足が、蠕動によって朝の胃袋まで運ばれていく。彼(あるいは彼女)が口を開けた瞬間の熱気から察するに、表面を覆っていた氷の大半は既に溶けているかもしれない——そんなことを考えていた矢先、リオは顔面に、ぐぇぇっぷと盛大な「お返し」を吐きかけられた。
臭いから察するに、この竜は前回の食事でも同じ物を食べていたらしい。
「じゃあ、次は……」
二人は隣の檻に向かう。
そこにあったのは、普段通り、尻尾を口の前に置いて眠るエゲンの姿だった。間に鉄格子がはめ込まれているという違いを除けば、その光景は昨日までと変わらない。
リオはもう一本の豚の足をロットから受け取り、正方形の鉄の洞窟に足を踏み入れた。
「エゲン、起きてる?」
返答はない。そよ風と聞き紛うほど穏やかな鼻息が、実はとっくに起きている上で自分を安心させるための演技ではないことを祈りつつ、リオは彼女の顔に近づいた。負傷した左目と首が入口から見えなかったのは、さすがに偶然だろうが、昨日撃たれた直後にわざとらしい倒れ方をしたエゲンのことだけに、リオの「不信感」は強い。
「エゲン」
リオが少し声を大きくすると、右目が開いた。
視力が半分になっても、その瞳がリオの顔を捉える速さに変わりはない。
「……いい朝だね」
「本気で言ってるのかい?」
そう言って再び目を閉じるエゲン。その溜め息にわずかながら胡椒の香りが混じっていることに気付き、リオははっとした。
「……夢を二つ見たよ。最初に見た方の内容は忘れちまったが、今しがたのは結構ひどい夢でね。真っ暗闇の中で延々と吐き気に襲われる夢さ。で、結局、この人喰いは寝ている間に『彼』を吐き出したのかい?」
昨日、エドモントに撃たれる前に呑んだ男のことが気になっているらしい。
リオは黙って視線を落とし、首を横に振った。
「そうか……可哀想なことをしたもんだ」
「エゲンは悪くない。先に手を出したのは向こうなんだし、後はそれどころじゃなかったでしょ。一歩間違えば、死んでたのはエゲンの方だったんだから」
それを聞いたエゲンの口から、フフン、と自嘲の込もった笑いが漏れる。
「私を撃った男は素人だね。ちゃんと急所に当ててれば、その場で気兼ねなく私の腹を裂くことができただろうに」
「そんなこと、冗談でも言わないで!」
その剣幕に誰よりも驚いたのは、背後にいるロットだった。
エゲンがそのまま不注意な二の句を継ごうものなら、いよいよ彼女の手に握られている豚の足が武器として活躍しかねない、そんな雰囲気だ。
「私、しばらくここで働くから」
短い沈黙を経て、リオはそう言った。
「ここならエゲンの薬の心配はいらないみたいだし。言い方は変だけど、ここにいる限り、もう傷付けられる危険もないから」
「それで?」
「えっ」
「本音をお言い。もっともらしい言葉を並べてるが、私の体のために嫌いな連中に仕えてくれるほど、あんたは『優しく』ないだろう」
濃淡の異なるグリーンの瞳が交差する。
先に折れたのは、視線の数で勝るはずのリオだった。
「お見通しだね……そう、本当は自分のため。エゲンをこんな目に遭わせたあの男をぎゃふんと言わせたい。それが本心だよ。殴ったり、股を蹴ったりする以外の方法でね」
ぜひ、首を締めるという選択肢も排除してほしい——彼の息子は、背後でそんなことを考えているに違いない。
「そのために、今はいろんなことを勉強したい。まずは字が読めるようになることかな」
「……ああ、もう一つの夢を思い出したよ。刃物を握り締めたあんたが、太い木の幹にそれを繰り返し突き立てている夢さ。まさにそういう機会が欲しいって訳かい?」
「まあね。でも私が言いたいのは、『ナイフの傷なんていつか治っちゃう』ってことだよ」
——その程度で済ませるもんか。
口には出さなかったものの、その顔は確かにそう物語っていた。
「あ、そうだ。これ、今日の朝ごはん」
リオは豚の足をエゲンに差し出した。表面の氷はすでに溶け、先端からは水滴がしたたっている。
「悪いが、少し察しておくれ。今は食欲なんて……」
エゲンがそう口走った途端、地鳴りのような腹の虫がケージ内を揺らす。
彼女はばつが悪そうに頭を床に伏せた。
「……ひとつだけ」
「一人一個までだよ、心配しなくても」
皺が刻まれた舌の上に肉を載せ、リオは檻の外に出る。エゲンとは基本的にいつも一緒にいるが、何が用事があって離れるときは必ず、どちらかの口から他愛もない皮肉や冗談が放たれるもので、「いってきます」や「また後で」という月並みな台詞が交わされることはまずない。
今回もそうだ。エゲンとの会話を切り上げた後の爽快感は、周囲の野暮な雑音によって損なわれるほど脆くない。たとえその音が、自分たちの様子を見ていた「誰か」の手で閉じられた鉄格子の音であっても。
昼過ぎ。
十字に区切られた窓から太陽が射しこむ部屋で、リオは椅子に座っていた。かつてこのクレイグ家にナイフを握りしめた強盗が侵入した時、盾として使われたことがあるという偉大な背もたれには、過去の傷跡を塞ぐように質感の異なる革が縫い付けられている。ただし、その話が事実だったとしても、いまや新しい革にも穴が空くほどの月日が経っている以上、称賛されるべきは背もたれより、軋みひとつあげない脚の方だ、とリオは思った。
「——嚥下力や消化力が弱いほど、呑み込まれる人間への危険は少ない。そういうわけで、老いた竜は若い竜より高値で取引されるのです」
目の前に座っているロットの背中越しに、家庭教師のドヌーグはそっと黒板に手をつく。
「リオ様、手が止まっています。話が気になるなら、部屋を変えますか?」
「ううん」
慣れない手つきでペンを握り直し、まだ半分程しか埋まっていない羊皮紙に向かう。初めて目に見える形に変換された自分の名前が、左上から右下を目指しつらつらと繰り返されている。みみずが這ったような字も、ドヌーグが黒板に書いた見本をみて練習すれば少しは上達するものと思いきや、これまで味わったことがない部分の筋肉痛に、書けば書くほどその形は崩れていった。
裏面はというと、既に別の文章で埋め尽くされている。より達筆な誰かが、より高価な筆で記したと思われる美しい文字の羅列は、どちらが本当の「裏紙」か、改めてリオに知らしめているようだった。
しばらくして三時を告げる鐘が鳴り、ドヌーグはぱんと手を打った。
「では二十分、休憩。ロット様はこの後も引き続きお勉強ですが、リオ様には中庭で作業をさせるようにと、エドモント様から言付かっております」
リオが頷くと、ドヌーグはスポンジで素早く黒板を消し、部屋を出ていった。
およそ二時間ぶりにロットと目が合う。
「どうでした? 初めて自分の名前を書いてみて」
「楽しかったよ。おかげで将来の夢ができた」
「なんですか?」
「改名」
「うーん、十分短いと思いますけど……」
ロットは苦笑いをして答える。
リオは机の上で腕を組み、顎を乗せた。
「ロットって、いつもこういう勉強してるんだね」
「父が跡を継がせたがってるんです。もちろん、言葉や計算も学んでますけど、やっぱり仕事に関わることが多いかな」
「ふーん、継ぐんだ」
不敵なグリーンの視線が青い目を捉える。
「本当にそうなるか、分かりませんけどね! ただリオさんと違って、自分には将来の夢もないので……」
「ちょっと、改名の話は冗談だから。夢なんて私も持ってないよ?」
「まさか。僕の父をぎゃふんと言わせるんだって、さっきエゲンさんにも話してたじゃないですか」
「それは夢じゃない。未来の現実だよ」
彼女の口調が切り替わる早さに、ロットは舌を巻く。
しばらく経ってドヌーグが戻ってくると、リオは入れ替わるように席を立ち、中庭に向かった。
早朝から竜の世話をし、昼過ぎから文字の勉強、夕方には清掃作業と、文字通り息をつく間もない日々を過ごすリオにとって唯一のやり甲斐は、薬によって日に日に容体を回復していくエゲンの存在だった。麦を売って得たお金では到底買えないような巨大な丸薬を飲み、彼女は少しずつ元気を取り戻していく。手狭なケージにいる方が、洞窟にいた頃よりずっと体を動かしやすそうなのは皮肉な話だが。
土曜日の夕方、中庭で竜の檻を磨いていたリオの元に、エドモントがやって来る。
「リオ、調子はどうだね」
「上々です。ご主人さま」
エドモントの広い顔の中心にシワが集まる。
「やめたまえ、君には返しても返しきれない恩がある。気楽に名前で呼んでくれていい」
「では、エドモント様。日が落ちる前に終わらせたいので、お仕事に集中してもよろしいですか?」
「うむむ……まるでドヌーグと話しているようだ。彼の教育が行き届いているのは分かったが、君は自然体の方が素敵だよ」
それを聞いたリオは早速エドモントに背を向け、作業を続ける。自身がお墨付きを与えたばかりの「無愛想」の再演に、彼は満足そうだった。
「それでいい。私は連絡事項を伝えに来ただけだ。君に仕事を教えている係の者に聞いたんだが、君は夜間の施錠も任されているらしいね」
「朝の窓開けもね。それがどうしたの?」
夜露に錆びた鉄格子と格闘しながら、リオは振り向かずに答えた。
「では、明日の朝はくれぐれも鍵を開けないように。門はもちろん、勝手口や小窓も、すべて閉め切ったままで結構だ」
「どうして?」
不意に手が止まり、後ろを振り返る。
高い満月を背に、エドモントは腰に手を置いていた。
「なんたって、明日は『日曜』だからね」
翌日。
休みだと言われたところで、日の出とともに目が覚めてしまう習慣が失われるはずもなく、リオはほとんど無意識にベッドを出た。蛇口をひねるだけで水が出る洗面所にも、傍に置いてあるふかふかとした素材のタオルにもすっかり慣れた手で、棚から蝋燭とマッチ箱を取り出し、まだ青白い西側の廊下に向かう。
(あ、開けなくていいんだっけ)
壁の燭台に火を入れた後、反対側の窓に手をかけたところで、リオは昨日エドモント
が言ったことを思い出す。
なら、もう少し寝ていよう——そう思って踵を返そうとしたとき、屋敷を取り囲んでいる外柵の向こうに、小さな人影が見えた。まだ働き始めて七日目とはいえ、せいぜい名もない鳥が数匹止まっているだけの風景に馴染んでいたリオにとって、キョロキョロと辺りを見回しているその人物の存在は、明らかに違和感の塊だった。ましてやそれが、クラウンの深いカンカン帽を目深に被り、黒と灰色のパッチが目立つキトンを身に巻いた姿となれば尚更。
「変なの」
そう呟き、リオは寝室に戻った。
——
数時間後。リオは同じ窓の前に立っていた。
しかしそこから見える光景は、朝のそれとまるで異なる。
「つまり、そういうことだ」
昨日と同じく、背後から忍び寄るエドモントの声。
「あと十分で倍、十五分で三倍にはなるだろうね」
屋敷を囲む柵、それを取り囲む大勢の人を見下ろし、エドモントは落ち着いた口調で言った。彼の手中にある懐中時計と、貧富を隔てる石橋の先に見える時計台は、ともに十一時十五分を指している。
「あの橋に警官を置くよう、街のトップにも話はしているんだが。いかんせん日曜のこの時間帯ともなると、どこも人手が足りなくなるようでね。ハルマン地区のモットーが『自主・自立・自衛』であることを、上手く逆手に取られたわけだ」
柵の内側にはクレイグ家の私兵が一定間隔で並び、よじ登ろうとする人々を片っ端から棒で突いている。幼い子供を抱いた女性から、柵に強く押しつけられている先頭の老人まで、外にいる彼らがどういう経緯でここまで来たか、リオにも予想はついた。
「賢明な君なら分かってくれると思うが……」
「言わなくていいよ。あの人達を助ける気がないことくらい、見ればわかる」
自分と似たような肌の色をした青年が、たどり着いた柵の頂上から兵士二人がかりで突き落とされる様子に、リオは声を低くして答えた。
「気の毒だが、私も慈善家ではないのでね」
「うん……見ればわかる」
その言葉とは裏腹に、リオの目は絶えず群衆の方に注がれていた。窓の外にゆらゆらと陽炎が蠢き始める中、彼女のこめかみにもじわりと汗がにじむ。
「さて、我々もそろそろ避難するとしよう。私とロットだけが胃の中に入ることを許されている『バロンド』という竜がいるのだが、どうするかね。君が望むならもちろん歓迎するが……」
「いい。私、エゲン以外のお腹に入るつもりないから」
その答えを予想していたように、エドモントは短く「そうか」と返した。やがて踵を返した彼の背中が廊下の曲がり角に消えるのを確認してから、リオも中庭に向かった。
——
通用口の扉を開けた瞬間、とてつもない熱気がリオに襲いかかる。降りそそぐ太陽、地面からの照り返し——そんなものに関係なく、周囲に押し寄せている人々の怒声によって、空気が沸々と煮込まれているのを感じる。自分が今、こうして立っている場所が、レンガ造りの屋敷と竜のケージに囲まれた「中庭」であり、人々がへばりつく外柵など周りには見当たらないにも関わらず、リオは、この時、世界中のあらゆる非難の矛先が自分に向けられているような気がした。
「リオ」
喧騒の中でもよく通るエゲンの声を聞き、リオはふらふらと彼女の檻に近づいた。
「この騒ぎはなんだい? まるで眠れやしないよ」
「屋敷の周りに、町の人が大勢詰めかけてるの。みんな助けを求めてる」
「おかしいじゃないか。なら、この場にあんた以外、誰もいないのはどういう訳だい?」
「そうだね。不思議だね」
皮肉っぽいリオの声色から何かを察したらしく、エゲンは尻尾を鉄格子の外に突き出し、彼女を優しく檻の中へ引き込んだ。
「あまり無理をするんじゃないよ。ここを出て行きたいと思ったら、いつでもお言い。こんな鉄棒をひん曲げるくらい朝飯前だからね」
「じゃあ、なんで他の竜はみんなじっとしてるんだろう」
「ああ、それなら、隣の奴に直接聞いた。簡単な話さ」
「待って。エゲン、他の竜と話したりするの?」
「……当たり前だろう。一週間食って寝るだけで満足できるほど、私の『おつむ』は小さくないからね」
エゲンはフンと鼻を鳴らす。
「ここに囚われている竜はね、全員が根っからのお人好しだよ。人間を助けたいと本気で思っていて、あのエドモントとかいう男が、自分達にその役割を与えてくれると心から信じている。竜が各自で人間を匿おうとすると大混乱になるから、竜を必要とする人間の元に自分達が効率よく振り分けられるよう、調整を彼に任せているらしい」
「調整って……みんな、商品にされてるんだよ?」
「かもしれないねえ。ただ、それでもいいと思えるほど穏やかな竜じゃなけりゃ、そもそも売り物にならないと思わないかい?」
「その言い方、あの男にそっくり」
顔をしかめるリオだったが、その足元は徐々に加熱される地面に耐えかねるように、すたすたと小さい足踏みを繰り返している。
「さあ、続きは私の腹の中でだ。文句があるならそこで聞こうかね」
助けを求める足元から舌で「すくい上げ」、エゲンは彼女を湿った口の中へと誘う。
「ねえ、一応聞いていい?」
数秒後、唾液に濡れた巨大な舌の上で、リオが口を開いた。
「……呑み込むよ。質問なら後にしな」
「ううん、今じゃなきゃだめ」
——遠くで子供が泣いている。
「エゲンは、人間を助けたいと思うの?」
リオにとって、その返事は聞くまでもなかった。
質問に答えるより早く、エゲンがぐっと顎を上に向けたからだ。
「んっ……!」
「それを愚問というのさ。私はあんた以外の人間に毛ほどの興味もないよ」
ゴクン。
聞き慣れたその音とともに、リオの視界は暗闇へと落ちていった。