C級ビギナー戦、そびえ立つチートチャイナ! 5
愕然として立ち尽くす私を意にも介さず、戦は勝敗表をひったくると、さっさと運営席に向かい姿を消しました。
手球だけが残ったテーブルを見つめたまま、立ち尽くす私。
涙が一つ、頬を伝います。
悔しい! 今まで生きてきた中で1番悔しい!
歯を食いしばり、必死で涙を止めようとしますが、塩辛い水が止めどなく流れてきます。
「あちゃー、やっぱダメだったか~」
背後から、女の人の声が聞こえました。
振り返ると、先ほど私を助けてくれたゴスロリ姿の女性が、ニッコリと微笑んでいます。
私は涙を手でこすると、精一杯明るい表情を作ろうとしますが、そのそばから涙がこぼれ落ち、くしゃくしゃになった表情で、彼女に答えようとしました。
「はい、やっぱり負けちゃいました」
頭をポリポリ掻きながら、ようやくぎこちない笑みが浮かびます。
「ま、初めてのトーナメントで、あの中国人相手によくやったよ、タマちゃん」
「え!? あの、私名乗りましたっけ?」
「トーナメント表、名前書いてあるでしょ?」
「あ、そうか……」
間抜けなやりとりを交わしながら、私の涙はいつの間にか止まっていました。
「それに、紗絵ちゃんから聞いていたしね、やたら頑張る、筋の良いビギナーがいるって」
「紗絵ちゃん? 伊庭紗絵美さん?」
「そ、自己紹介がまだだったね、私は打田小町、17歳。黒薔薇会のメンバーです」
「黒薔薇会って、伊庭さんの?」
「そう、コグノセンティの黒薔薇会って言えば、少しは有名な女性サークルなんだけどな」
「コグノセンティ……」
「キューの名前だよ、黒薔薇会は全員コグノ使いよ?」
「伊庭さんのキューと言えば、お高いんでしょうねー……」
「まー、私のキューはそれほどでもないけど、紗絵ちゃんのキューは150万位するんじゃないかな?」
「ひゃ、150万!?」
「ま、私も高いキュー使ってC級だから、外野にやいやい言われるけどね、ほら、これが私のキュー」
打田さんがそう言って、キューを見せてくれます。
それは、漆黒のバットに象牙とターコイズのインレイ、グリップに黒の革を巻いたカスタムキューでした。
「すご、お高そう……ですね」
「何言ってるの、タマちゃんだって高いキュー使ってるじゃん……ちょっと見せて?」
打田さんはそう言って私のプロトムサシを手に取ると、鑑定団のように隅々まで見渡します。
「さすが粕谷さん、いい仕事してるなー……高かったでしょ?」
「いえ、それが、その……ジュース一本」
「なぬ!? いや、分かった、ていうか分からないけど、何かややこしい話になりそうだからもう聞かない」
「はい、その方が助かります」
私と打田さんはあっという間に仲良くなりました。
「打田さんは試合、勝ったんですか?」
「勝ったよー、ま、相手ビギナーだったし、負けたらC級の面目が立たないっしょ」
「やっぱりビギナーではC級に敵わないんでしょうか?」
「そんなことないよ! だってその理屈で行くと、ビギナーは永遠にビギナーのままじゃん?」
「それもそうか……」
私は妙に納得します。
「ビギナーは一生懸命練習してC級を負かせるようになって、C級ビギナートーナメントで優勝してCに上がる。そうやってC級はB級に、B級はA級に上がっていく。それがスポーツビリヤードの世界よ」
こういう話が好きなのか、打田さんは目を輝かせて私に教えてくれます。
思えば紗絵美さんも、面倒見の良い人です。
黒薔薇会の方々全員がそうだとしたら、きっと素晴らしいサークルなのでしょう。
「でも、もしそうなら、何で戦みたいな明らかにビギナーでない人が、クラス詐称して試合に出るんですか?」
「あ~、それはね……カネよ」
「お金?」
「この試合、賞金が出るでしょ? 奴らの狙いはそれ」
「お金を取るために試合に出てるんですか?」
「そういう外国人は結構多くてね……小遣いにもならないようなカネでも奪いにやってくるのよ」
「なるほど……」
「そういう外国人はいるだけで場を荒らすから、運営に文句言って試合に出させないようにしてくれって言っているんだけど、運営のビリヤード場にとっても中国人のお客さんは多いから、むげに扱う訳には行かないらしくてね……結果奴らのやりたい放題になってるの」
「そんな試合じゃ、いやになって辞めちゃうビギナーがいるかもですね……」
「それを防ぐためにも、黒薔薇会……私たちがいるのよ。私たちは中国人選手を負かすためにエントリーした、インターセプターよ!」
なんか話がカッコ良くなって来ました。
「私たちが試合にエントリーし、クラス詐称の中国人を負かす事で、トーナメントの清浄化を果たす! すべては会長の指示のもと、私たちは都内の試合のほぼすべてにエントリーしているの!」
分かりました、この方たちはヒーロー的な何かです。
それにしては、服装が……。
「黒薔薇会の方々の取り組みはわかりました。でも、その服装は……?」
「これ? ゴスロリメイド……これは黒薔薇会の勝負服! 女子に負ける……それもゴスロリメイドに負けたとあれば、相手の自尊心を大きく傷つけられるという、会長のお考えよ!」
「と、いう事は伊庭さんも……」
「着るわよ、試合になれば」
伊庭さんのゴスロリメイド……それは破滅的にかわいいに決まっています。
そんな女の子にスコ負け食らった日には、いかに図々しい中国人のプライドでも、大きな傷跡を残すことになるでしょう。
「すっかり話し込んじゃったね……私は次の試合があるから、ここらで退散するわ」
「はい、ありがとうございました。私は帰りますが、残りの試合、頑張ってください」
私は深々と敬礼すると、キューをたたみ始めます。
「帰る? 何言っているの、まだ敗者ゾーンがあるでしょう」
「敗者ゾーン?」
「そ、敗者ゾーン、この試合はダブルイリミネーションだからね、負け組は準決勝の駒をかけてもう一度試合することが出来るの、だからまだ終わりじゃない、うまく勝ち進めば、もう一度戦と戦えるかもよ?」
そうなんだ、もう一度チャンスがあるんだ。
私の心に風が吹きます。
復讐の風、熱い風。燃えて、燃えて、燃えあがり……あ、いやいや。
「敗者ゾーンは午後からだから、今のうちにランチしてきなよ、腹が減っては何とやらってね?」
打田さんの笑顔が私の追い風となり、試合に向けての決意を固めさせます。
行くぞ敗者ゾーン、負けないぞ私、そして今度こそ……戦に勝つんだ!




