ナチュラル? ハイブリッド? マイキューを手に入れよう! 3
翌週の金曜の夕方4時、西武池袋駅で待ち合わせした私と渡会プロは、狭山に向けて出発しました。
電車に揺られる事40分、入間市駅からさらにタクシーに乗って15分。
のどかな田園風景に、こんもりとした杜が見えてきました。
木々が鬱蒼と茂る門構えの奥にそびえる白亜の建物、それが株式会社アダムジャパンの本社です。
「夜分遅く申し訳ありません、渡会です、涌井専務との約束で参りました」
渡会プロがインターフォン越しに挨拶すると、オートロックの錠が外れる音がし、私たちは社屋の奥に入って行きます。
「タマちゃん、こっちこっち」
勝手知ったる他人の我が家、渡会プロはズカズカと社内を闊歩すると、とある広間に通ります。
私は余りの緊張のあまり、ギクシャク・キョロキョロとロボットの様な動きで後を付いて行きました。
「渡会さん、お久しぶりです」
「こちらこそ、涌井専務」
その大広間には、広大な空間の中心にビリヤードテーブルがドンと置かれており、壁には無数のキューやキュー・ケースが並べられていました。
「彼女がタマちゃん? 初めまして、専務の涌井です」
そう言って、人懐つこい笑顔で右手を差し出す長身の紳士。
「お、小川 球輝です、よろしくお願いします……」
おずおずとそう言って、私は涌井さんと握手を交わします。
「で、リペアして頂きたいのはこのキューなんですけど」
「おお、これは! また懐かしいものが出てきましたねー」
件のキューを手に取り、涌井専務の顔がパッと明るくなります。
「木にまではダメージ届いていないと思うので、クリアの吹き直しとリネンの交換をお願いしたいんですが……」
「良いんですか? アマチュア時代の思い出が詰まったキューでしょうに……」
「確かに、でも良いんです。このキューで新たな道を切り開く若者と出会ったのでね」
「それが小川のタマちゃんなんですね?」
「ハイ! よろしくお願いいたします!」
私はシャキーンと硬直してから、60度の角度で何度も敬礼しました。
「はっはっは、いや、可愛い可愛い、分かりましたよ……リペア、引き受けます」
「ホントですか! 有り難うございます!」
私のお辞儀は、もはや立位体前屈の域に達します。
「そういえば、渡会さんがこのキューを手に入れたのも、タマちゃんくらいの頃でしたよね」
「は……?」
「葉山さんに連れられてきた試打室でこのキューに一目惚れして、試作品だからダメだって言ったのに、どーしても欲しいと駄々をこねて、結局持って帰っちゃったんですよねー?」
「そ、そんな事がありましたっけ?」
「あったあった、プロトMUSASHI強奪事件として、社員全員の語り草になってますよ」
「お、お恥ずかしい……」
大笑いする涌井専務を前に、背を丸くして恥じらう渡会プロ。
「一ヶ月ください、出来る限り綺麗に仕上げますよ、サプライズ付きでね」
「……ところで、粕谷さんは?」
「まだ工房に籠ってますよ、MUSASHIの生産が追い付かなくてね……」
「そうですか、お身体を大事になさるようお伝えください……」
「MUSASHIって、それほど人気なんですね、それを作る粕谷さん……お会いしてみたいです」
「いずれ会えるよ、必然的にね?」
渡会プロの言葉の真意が分かるには、2年の歳月を経ることになるのですが……今の私は、その言葉をポカンとして聞いていました。
「それじゃあ渡会プロ、いい加減そろそろトーナメント勝って下さいね? じゃないとスポンサード打ち切りますよ?」
「後進の育成に心血を注ぐ姿勢も評価して欲しいなー」
「それよりなにより、プロは勝ってナンボ! ですよ?」
「分かりました! がんがりますよ、だからもうdeathらないで!」
「はっはっは、それではキューは責任を持って預からせていただきますね?」
「お願いします……」
そして私たちは、アダム本社を後にしました。
「はあ、緊張したー……」
電車に揺られながら、私は心底深いため息をつきます。
「でも、面白かったでしょう?」
「はい……何と言うか、業界の風を受けたような気になりました」
「一ヶ月……楽しみにしてな? きっと素敵な事が起こるから」
「はい……楽しみです」
一ヶ月後、私の手に再び届くあのキューは、どんな転生を遂げているのでしょうか?
それを思うと、毎日が待ち遠しくてたまらない……。
私は新たな楽しみを得て、期待に胸を膨らませるのでした。




