ナチュラル? ハイブリッド? マイキューを手に入れよう! 2
「渡会さん!」
「おー、タマちゃん!」
渡会プロの練習テーブルに近付くと、気付いたプロが手を振って迎えてくれます。
「あの、私……キューをお返しに参りました!」
「あ、そうか……ありがと、タマちゃん」
頭を下げる私に、満面の笑顔で答える渡会プロ。
「このキュー、凄く手に馴染んで、使いやすかったです」
「そう言われると、貸した甲斐があったよー、うん……どこも傷ついてない……大事に使ってくれたんだね、ありがとう」
キューを差し出すと、受け取った渡会プロはキューの状態を確認し、にっこりと笑いました。
「あの、このキューは、何て言うキューなんですか?」
「ああ、コレ? これはね、アダムのMUSASHIだよ、初期型だけど」
「アダムの、MUSASHI……!」
それは、部の備品として配備されたキューと同じ名前でした。
「あの、渡会さん! 私、マイキューを持とうと思うんですが、どういうキューを選んだらよいのでしょうか?」
「なるほど、遂にそこまで来たか、いよいよタマちゃんはこっち側だねー」
「教えてください、お願いします!」
「よろしい、教えてあげるよ、正しいキュー選びを!」
渡会プロはそう言って、胸をドンと叩きました。
「まずは、キューの構造から理解しよっか」
「キューの構造?」
「はいな、キューは基本、2つに別れます、球を撞く先端部分がシャフト、手に持つ部分がバットってね?」
「シャフトに、バット……」
「さらにバットは3分割されて、フォアアーム、グリップ、スリーブに分けられ、それぞれがネジで繋がれています」
「バットとシャフトが分割しているのは分かりますが、バットが3分割されているのは知りませんでした」
「キューに使われる銘木は高価で希少だから、技術的問題はともかく、1本まるまる無垢の木で作ろうとしたら、値段が跳ね上がっちゃうのよ」
「そうなんですか……」
「それに一本の木で作ると柔らかすぎて、キューの瞬発力が出なくなるデメリットもあるわね」
「なるほど……」
「手球にアクションを起こすキューのしなりは、素早く、鋭くが鉄則だから、硬めで粘りのあるキューが使いやすいの、硬さと粘りを出そうと思ったら、特徴の違う銘木を継ぎ合わせて作るのが1番なのよ?」
「ちなみに、私が使っていたMUSASHIは、基本構造は普通のキューと同じだけど、フォアアームの部分が角芯を持った組木構造を持っているの」
「そうすると、どうなるんですか?」
「その前に、キューにはノーマルキューとハイテクキューの2種類があるって知っている?」
「ノーマルと、ハイテク……」
「ノーマルは銘木を繋ぎ合わせて作る、普通のキュー。対してハイテクキューは、さっき言ったMUSASHIのように、複雑な構造で作られているキューの事よ、実はシャフトにもノーマルとハイテクがあるけど、それは後で話すわね」
「なんか頭がこんがらがって来ました……」
「まーまー、で、ノーマルとハイテク、どっちを選ぶかって言うと、やっぱり断然ハイテクキューを選ぶべきね」
「その心は?」
「ズバリ、性能が良いからよ! MUSASHIやエクシード、プレデターP3、色々あるけど、私はMUSASHIが一番好きかな、今も使っているし」
「じゃあ、私もそれで!」
「まあまあ、私の話を最後まで聞いてよ、なぜハイテクキューの方が性能が高いのか?」
「はい」
「木には柾目と板目があってね? しなりが微妙に違うのよ。ノーマルキューは切り出した銘木をそのまま削って作るから、必然的に柾目の面と板目の面が生まれる、その為持ち手によってキューの性能が微妙にばらついてしまい、安定した性能を引き出すのに相当な慣れが必要になって来るの」
「……」
「対してハイテクキューは中心に芯を持ち、4分割された銘木を柾目が来るように組み合わせてあるから、どの角度で握っても性能が変わることがない、さらに芯も持つことによってバットに絶妙の粘りがでて、球の芯を捉えやすくなっているのよ」
「そんなに凄いんですか……それじゃあ世間のプレーヤーさんは、皆ハイテクキューを使っているんですね?」
「いやあ、そんな事は無いよ? あくまで好みの問題だからね、ハイテクキューよりノーマルのカスタムキューの方が良い、って人はたくさんいる、事実、高名なカスタムキュー職人さんの作品には、ハイテクキューを凌ぐ性能を持つキューが何本もあるしね」
「奥が深いんですね……」
「ま、ハイテクキューには、1本100万を下らない一流職人さんの作品に迫る性能のキューを安価で手に入れられるって言うメリットがあるって事だね、キューに求める事は人それぞれ千差万別だから、最終的には自分が一番気に入って、使い続けることが悦びになるキューが、その人にとって最高のキューって事になるんじゃないかな」
渡会プロの一言によって、私は決心がつきました。
図々しいかも知れない、ですが、私の選択肢は他にありませんでした。
「私、やっぱりMUSASHIが良いです……それも、渡会さんに貸していただいた、あのキューが……お願いです渡会さん、私にあのキューを譲って下さい!」
「およ? そう来たかー……」
渡会プロの狼狽がうかがえました、恩人に対して図々しすぎるお願いをしている私自身に、私は腹を立てているのかも知れません、それでも、私がこの先握り続けるキューは一本しか考えられなかったのです。
「……ダメな事は分かっています、でも、ダメを承知でも、私にはあのキュー以外に考えられないんです……お願いできませんか?」
私は必死に頭を下げます。
その光景を見下ろしながら、渡会プロは短い溜息をつきました。
「まぁ? こうなることは予測できていたけど……うーん、どーすっかなー……」
「お願いします!」
「今は使っていないとは言え、さすがに愛キューを人に譲るのに只って訳には行かないよ?」
「それは分かっています、出来る限り、出来る限りのおカネをお支払いしますから!」
「チッチッチ、分かってないなー、おカネじゃないんだよ、タマちゃん」
「はい?」
「タマちゃんが私の期待通りに育ってくれること……それがこのキューを譲る条件かな」
「そんな事で良いんですか?」
「そんな事? そんな筈はないでしょう、タマちゃん!」
「は?」
「タマちゃんはこれから、ビリヤードをして行く上で様々な人と触れ合うことになると思う、時には自分の道を迷わせたり、絶望させたりする人とも……タマちゃんには、例え何があっても最後は私と葉山先輩の下に帰って来るって、約束して欲しいんだ」
「渡会さん……分かりました、私誓います、たとえどんな誘惑や感情に流されそうになっても、絶対に踏み止まります、私は渡会さんと、葉山先生の……生徒だから!」
「ん、合格!」
「へ、それじゃあ……」
「ジュース一杯、奢って貰えるかな? そしたらお礼に、このキュー、譲ってあげる!」
「本当ですか!?」
「プロに二言はない! それにキューだって、ケースの中で燻ぶっているより、プールで派手に球を撞いた方が悦ぶだろうしね、私の青春、しっかり活かしてよね!」
「はい、有り難うございます!」
私は感激のあまり渡会プロに抱きつきつきました。
渡会プロに頬ずりしようとする私の頭を抑えながら、渡会プロが言います。
「ちょい待ち、ちょい待ちタマちゃん、さすがにこのまま渡す訳にはいかないよ!」
「え、どうしてです?」
「このキュー、表面がデコボコでしょ? 新しいご主人様に仕えるんだから、それを綺麗にしてあげないと……」
「じゃあ……」
「うん、行くよ、アダム本社!」
「ええー!?」
こうして、私の社会科見学、アダム本社訪問が決まったのでした……。




