ナチュラル? ハイブリッド? マイキューを手に入れよう! 1
「そうですか、タマちゃん勝ちましたか……」
「アナタの入れ知恵が功を奏したわね」
夕暮れ時の居酒屋、4人掛けのテーブルに対面で座る二人の大人の女性は、葉山先生と渡会プロでした。
「入れ知恵ってひどいなー、アドバイスって言って下さいよ、先輩」
葉山先生に皮肉を言われ、渡会プロがプッと頬を膨らませます。
「始めて一ヶ月の素人にセーフティ戦を薦めるなんて、入れ知恵以外の何物でもないわよ、明日香」
「いやー、出来る確信がなかったら教えませんよ、さすがの私でも」
渡会プロは照れくさげに笑いました。
「彼女のキューを見た時から、アナタが後ろ盾になっているのは知っていたけど、相当入れ込んでるみたいね、彼女に」
「そーなんですよ、彼女天性の素質がある上に素直で吸収が早いんですよ、だから教えるのが楽しくって」
「相変わらず自分の試合そっちのけで、アマチュアのレッスンに熱を上げてるみたいね、そろそろトーナメントに勝たないと、プロとして居心地悪くなるわよ?」
「昔の先輩みたいに……ですか?」
「昔の話はしたくないわ」
葉山先生は、そう言って目を伏せました。
「でも先輩の活動のお陰で学生を中心に「飲まない・吸わない・賭けない」のビリヤード3ナイ運動が広まって、全国高等学校撞球協会:JHBAが発足したんじゃないですか……立派ですって、先輩は」
「そのおかげで、古い体質の業界から総スカンを喰らって、ビリヤード・ハウスは出禁の連続……ホームすら定まらず、スポンサーも付かず、試合にも出られない……経済的に行き詰った私は、プロを辞めるしかなかった……」
「でもビリヤードへの情熱は消えてはいなかった、だからビリヤード甲子園:全国高等学校ビリヤード選手権の強化講師として高校に赴任したんですよね?」
「そこでもやはり、私の想いは生徒たちに伝わらなかった……」
「でも、タマちゃんたちが来たじゃないですか。彼女達なら先輩の想いを酌んでくれますって」
「そうね、正直言って、ビリヤードにはすっかり失望していたけど、彼女たちを見ていたら、もう一度やり直してみようという気になったわ」
「もう、私の出る幕じゃないって事ですね?」
「違うわよ、明日香。私とアナタとで彼女達を導いてあげるの、新しい時代の正しいビリヤードにね」
二人とも優しい笑顔になって、ビールジョッキを掲げます。
「彼女たちの将来に」
「私たちの未来に」
『乾杯!』
……と、そんな大人の会話があったなどと露知らず。
私たちは新しい部室の装備品に狂喜乱舞していました。
「やっぱりいいな、新品のラシャは!」
「球がすっごく走りますね!」
「クッションも全然ヘタっていない、まさにド新品ね」
「キューもすごい、ソリッドだけど、MUSASHIだよ!」
「でもアレ? 一本しかないんですね」
「ああ、その事なら良いんだよ、アタシら3人はマイキュー持っているから」
「それは実質、タマちゃん専用ね」
「あ、そうか。私のキューは渡会さんからの借り物だった……」
借りっぱなしの1ヶ月間でした。
1ヶ月間みっちり特訓したおかげで、このキューはもはや私の身体の一部ともいえるほど、手に馴染んでいました。
「やっぱり返さなきゃだめだよね……思い出の品だって言っていたし」
呟いて、キューを握る手にキュッと力が入ります。
「でもまー、部の備品も良いけど、やはりマイキューは早いうちに持った方が良いわね」
花音ちゃんが言います。
「でもキューってお高いんですよね? 私のお小遣いで買えるかなー……」
「ま、まともなキューを買おうと思ったら、安くても15万は覚悟する必要があるかな?」
「じゅ、15万……リラ!?」
「円だよ、円。小ネタを挟むな、愉快な奴め」
優雅ちゃんの突っ込みに、耳を真っ赤にする私。
「15万か……お年玉貯金を崩せば、何とかなるかな……」
「ま、良いキューを買えば一生使えるから、高い買い物ではないよ」
「自分のキューで練習すれば、上達も早いしね」
「ま、当面は部の備品を使って、じっくり選ぶのがいいかもね」
「私、このキューが良いんだけどなー……」
「渡会さんに頼んでみる?」
「いえ、散々教えてもらった上に、思い出のキューを寄こせなんて言えませんし、とにかく部の備品がある以上、これは早く返さないと……」
「じゃ、放課後はみんなでロサに行くか!」
「そうね、今回の顛末の報告もあることですしね」
こうして、私たち4人は池袋ロサ会館に向かうのでした。




