その陸―使命―
――反乱から幾日も経ったある日。
生きる気力すら失っていた鞍馬に、一筋の救いの光が差し込んでくる。
一人の男が、鞍馬の元を訪ねてきたのだ――
「あんた誰だ……?」
鞍馬は突然の訪問者に警戒の眼差しを向けた。
「俺は此処から東に七〇里(※二八〇キロメートル)ほど先にある"市原虎の尾"の総長、鴛鴦だ」
その男は――朱雀の総指揮官、鴛鴦だった。
鞍馬は警戒の色を緩めず、鴛鴦を睨み続ける。
「"虎の尾"の総長が俺に何の用だ……俺は誰とだって戦うぞ!」
「そんな身体でか? 無理だ。今のお前じゃ誰にも勝てない」
「黙れ!! お前にっ……何がっ……分かる!!」
鞍馬はよろけながらも腰の鞘から刀を引き抜いて、鴛鴦に斬りかかった――
が、鴛鴦はさっと身をかわし素手で鞍馬の腕を捻り、刀を払い落とした。
「うっ!?」
「ただ闇雲に刀を振るな! それでは誰も守れない! もっと自分を大事にしろ!! 生きろ! 鞍馬!!」
(………………!?)
鴛鴦の言葉に、鞍馬は言葉を失った――
「俺はお前を救いに来たのだ……」
***
その後、鴛鴦は鞍馬と共に過ごし、傷ついた鞍馬に手を差し伸べて根気強く心の傷を癒していった。
その甲斐あって、鞍馬は次第に鴛鴦に心を開くようになった。
鴛鴦は何度か鞍馬に市原虎の尾へ来るよう提案したが、鞍馬が首を縦に降ることはなかった――
鞍馬が鴛鴦と過ごし始めて幾日も経ったある日。二人の元に、再びある訪問者が訪れる。
「丈さーん!」
遠くの方から両手を大きく振って、やってくる一人の男――
「おぉ、鷹寛か……」
その男は朱雀の一人、滝野鷹寛であった。
滝野は鴛鴦の隣にいた鞍馬に気付くと、好奇の目を向け駆け寄ると、満面の笑みを浮かべて友好的に話し始めた。
「やあ! 君が鞍馬君かぁ~、話は聞いてるよー! 俺、鷹寛! よろしく!」
「ふんっ……!」
滝野が手を差しのべるも、鞍馬は顔を背け、その場を離れる。
他の人には相変わらず固く心を閉ざしたままだった。
「ちぇっ……つれないなぁ~」
「まあまあ、心の傷というのは、そう簡単に癒えるものではないのだろう」
河豚のように頬を膨らませ不貞腐れる滝野を、鴛鴦が困ったように微笑みながら宥める。
「そういえば、丈さん。例の"武士櫻"の件、非常にまずい事態になってきました……もはや我々の力だけでは手に負えないかと……」
滝野が先程とは、打って変わったように、真剣な面持ちで鴛鴦に報告した。
「分かった。すぐに戻ろう。鞍馬……すまないが俺は市原虎の尾へ戻ることになった。なぁ、鞍馬。俺達と共に来る気は無いか? 此処ことなら、お前が離れても我々が守るぞ」
鴛鴦の問いに鞍馬は、真っ直ぐな目で鴛鴦を見据えると首を横に振る。
「鞍馬……本当にいいのか?」
「お気持ちはありがたいですが、俺は此処を離れることは出来ません。"この場所を守り続ける"こと。それが俺の使命なんです。例え命を落としたとしても」
鞍馬の意志はどんな岩よりも硬いようだった。
「分かった。お前がそこまで言うなら仕方がないな。だが、決して無理はするなよ! なにかあったら俺たちを頼って来てくれ」
「お気持ちだけ、頂きます」
鞍馬はそう言い残すと、鴛鴦に一礼し、そのまま森の奥へと姿を消した――
***
綾人から聞かされた、衝撃の事実に皆、言葉を失っていた。
「現在、皮肉にも人の居なくなったこの地は残酷なほど美しい。人の手がないとこんなにも美しいのか――あいつがどんな心境で毎日この桜を見ていたのか、それはあいつにしか分からないが。きっと此処はあいつにとって唯一残された形見なのだろう。だからあいつは今日まで命をかけて故郷を守り続けてきたんだ」
綾人が一度そこで言葉を止め、瞳を閉じると、その右手の拳を強く握り締めた。
「だが再びこの世が悪に染められようとしている。此処も確実に狙われるだろう……あいつはきっと死ぬまで一人で戦い続けるつもりだ――」
そしてカッと目を見開くと、仲間達の方を見て、心の底から溢れ出る感情に任せて叫んだ。
「仲間が苦境に立たされようとしてる時、助け合うのが仲間だろ!! 俺達は誰一人欠けちゃ駄目なんだ俺達七人は仲間なんだ!! 仲間の心ひとつ救えないで、何が世界を守るだ!!」
綾人の迫力に皆、返す言葉を失い
重い沈黙が流れた――