その参―亀裂―
龍二の衝撃的な告白に唖然となる一同。
「兄上……お元気そうで良かった……」
「…………」
そんな周りの様子を気にすることなく、彼女は龍二の手を取り言った。
しかし龍二はそんな妹に目もくれず、返事もしない。
「兄上が家を出ていかれてから、お会いできるのをどれだけ願ったことか……」
「…………」
「兄上! 今までどこに行かれていたのですか?」
「お前には関係のないことだ……」
更には目に涙まで浮かべる妹に対して、龍二は冷たく突き放した。
龍二のその態度に、ただならぬ雰囲気を感じ取る仲間達。
特に龍二のそんな面を見たことがなかった臣には衝撃だった。
(違う……こんなの、違う……)
「兄上……どうか……一度、実家にも顔を出しては貰えませんか? 父上も"龍一"兄上もきっと気を揉んでおられると思います……」
実家の名が出た瞬間、龍二の顔が更に険しくなった。
「ふん、あの家に俺が居ても居なくても同じだろ」
龍二は投げ遣りに言うと、その手を乱暴に振り払った。
「そんなことはございません!」
それでも言葉を強め、龍二を説得しようとする彼女。
ここまで邪険に扱われようとも、挫けない所を見ると、意外にも芯は強いのかも知れない。
「衣笠家の跡継ぎなら、龍一が居るはずだろ。次男の俺には関係のないことだ。俺はもう、あの家を捨てたんだ――」
これ以上は何も話すことはない。
そう告げる様に、龍二は背を向け店を出ようとした――
「兄上!! お待ちください!!」
彼女は引き止めようと、咄嗟に龍二の袖を掴んだ。
その瞬間、龍二は彼女を鬼のような目で睨みつけ言い放った。
「俺に家族は居ない!!」
その怒涛にショックを受けた彼女は掴んでいた手を離し、顔を覆うと力なくその場に崩れ落ちてしまった。
「おっ、おい! 大丈夫か?」
慌てて綾人達が彼女の元へ駆け寄った。
それでも龍二は目もくれずに、その場を立ち去ろうとする――
(こんなの……俺の、俺の――)
「俺の知ってる龍二じゃねぇ!」
遂に気持ちが抑えられず、臣が叫んだ。
その言葉に龍二は、一瞬立ち止まると臣を一瞥する。
しかし直ぐにまた思い直したように、龍二は店を出ていった。
「おい! 龍二!! ったく、あいつは……」
綾人が呼び止めるも、その声は龍二には届かない。
「俺が行く……」
臣はそう言って、店を出ていく。
言動こそ静かだが、その声と横顔にははっきりと怒りの色が浮かんでいたのだった。
「えっ? 臣、お前まで、ちょっ……待てって――」
「あー、行っちまったよ……」
「あいつら、あんな本気な顔になって……大丈夫かな……」
残された仲間達はただ顔を見合わせるしかなかった
***
ちらちらと舞い散っていた粉雪は、今や一層強く降り続けていた。
極寒の中、白い息を吐きながら、龍二は脇目も振らずに突き進んでいく。
その背中を臣は必死に追いかけていた。
「おい! ちょっと待てよ……!」
臣の呼び掛けにも応じず、歩みを止めない龍二。
雪に足を取られ何度も転びそうになりながらも、臣は息を切らして速度を上げた。
そしてようやく龍二に追いつくと、その肩を掴み乱暴に振り向かせる。
「なんだよ!」
振り向いた龍二が吠えた。
「あの言い方はないんじゃねぇの?」
対する臣は冷静だったが、その目には怒りの色が浮かんでいる。
お互い荒ぐ息を抑えながら――
お互いの目には闘争心が浮かんでいた。
まるで初めて出会った、あの二年前の様に――
「なにが?」
「あの娘の前で、"家族は居ねえ"とか言ってんじゃねぇよ!」
遂に臣が言葉を荒らげる。
二人が出会ってから二年間。
ここまで真剣な喧嘩になるのは、あの決闘以来、初めてのことだったのだ。
「うるせぇ!! お前には関係ねぇだろ!」
唾を飛ばし怒鳴りながら、龍二は臣の肩を突き飛ばした。
その衝撃で僅かによろめくも、踏み止まる臣。そして舌打ちすると、刺すような鋭い眼光で龍二を睨みつけた。
「お前に何が分かんだよ! "家族も居ねぇ"お前に!!」
龍二から放たれた言葉。
その瞬間――臣の意識が消えた。
気がつけば目の前には地面に蹲って左頬を抑える龍二の姿――
そして臣の右拳は鈍く痛んでいた。
純白の雪の上に落ちる、赤い斑点――
臣は倒れている龍二の胸ぐらを掴んで乱暴に起こすと、溢れんばかりの声を張り上げて言った。
「ああ! 俺には関係ねぇよ!! 俺にはお前の家の問題なんか知らねぇし興味もねぇよ!! だがな! 家族の存在だけは否定すんな!! 少なくともお前の家族は……まだ、"生きてる"だろ…………」
言葉を並べる度にその勢いは次第に弱まり、最後には言葉を詰まらせる臣。そこに浮かぶ表情は哀しげであった。
その顔を見た龍二は、心の奥底が締め付けられるのを感じた。それは殴られた時よりもずっと痛いものだった。
普段は冷静で感情をあまり表に出さない臣が、ここまで感情をあらわにするのには理由がある――
臣は昔、故郷である「桜丘」での反乱により、家族を亡くしていたのだ。
その過去を知る龍二にとっても、臣の言いたいこともその気持ちも、痛いほど分かっている筈だった。
それでも龍二は、臣の掴んでいる手を振りほどく。
「うるせぇ……ほっといてくれ……」
切れた唇の端を拭い背を向けると、再び立ち去って行った。
しかし数歩進んだ所で、その足を止める。そしてもう一度、振り返ると険しい眼差しで臣を見た。
「それから一つ。お前あの時、"俺の知ってる龍二じゃねぇ"って言ったよな?」
「ああ……」
次に龍二が放った言葉は、この寒さを忘れてしまう程、冷たいものだった。
「お前が、俺の何を知ってると言うんだ?」
今まで見せたことも無い、敵意のこもった眼差し。
そのとき臣は不意にそうわかってしまった――
この雪と共に、龍二の心が冷たく閉ざされていくのを。
そしてこの先、あんな笑顔を見せることは無いのだろう。
(そうだ。俺は龍二のことを何も知らない。その生い立ちも、兄妹が居た事でさえも。何も知らなかったのだ)
それ以上何も言えなくなった臣に、今度こそ龍二は背を向けて立ち去っていった。
ずっと変わらずに続いていくと思っていた日常にも、突然終わりは訪れる――
徐々に雪と同化していく、龍二の銀髪。
臣は真っ白な世界に溶け込んでいく、龍二の背中をただ見送ることしかできなかった――




