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S.A.K.U.R.A.~蒼の魂~  作者: 猫人間
【第参章】結
53/70

その壱―雪化粧―

「武士櫻の闘い」より二年の月日が流れる――

物語はここから始まるのであった。

 ――時は神代曙(じんだいあけぼの)歴二三二四年。


 此処に一本の桜樹が存在する。

 それは一目見ただけで、純粋にも醜くもその者の心を魅了してしまう程の美しさ。その桜樹の名は――「武士櫻」


 それは世界に五つ存在するとされる伝説の樹の一つ。

 この樹から創り出される、特殊な気候ゆえ、桜の花は年中枯れることなく咲き誇っている。


 そしてこの樹が創り出すもう一つの力――「大和魂」

 人類の潜在能力を最大限に引き出すとされる、強大な力。真の大和魂を持つものにしか、与えられない力だ。何百人もの学者らが研究を重ねているが、未だにその謎は解明されていないのである。


 そんな時、悪道へ堕ちた者達が、この力を我が物にしようと目論んだ。

 五つの伝説の樹は、そのどれか一つでも失えば、たちまち世界は闇に飲み込まれてしまうと言い伝えられてきた。

 十万もの悪しき者達から、武士桜を守る為、世界の命運を分けた闘いが繰り広げられた。

 それが今から二年前――「武士櫻の闘い」と呼ばれる、まだ記憶に新しいその闘いは、生々しく歴史にその名を刻まれた。


 この闘いに終止符を打ったのが、たった七人の侍だったという。


 血を血で洗い流し、幾つもの犠牲の上に立った。最後には武士櫻自らがその力を七人に託し、武士櫻を守り抜いたのだ。

 こうして幾日にも渡って続いた闘いは終わりを迎えた――


 そして何万もの血が流れたこの地で、武士櫻は今も尚、堂々たる姿でこの地に立っている。


 突如吹いた風に武士櫻の枝木が揺れる。桜の花びらが散り、空へ舞い上がっていった。


 無数の花びらは上へ下へ、踊るように舞い進んでいく。

 風に乗った花びらは武士櫻の元を離れ、その先に見える一面桃色の山を悠々と越えていった。


 それでも花びらは、一度も地につくことなく風の赴くままに漂う。

 緑の草原を越え、青く輝く大海原を渡り、人々が行き交う街を抜け、何里にも渡って花びらの旅は続いていく――


 その時、再び風に煽られた花びらは、弧を描きながら舞い上がっていった。

 舞い上がっていく上へ上へ――


 そして花びらは真っ白な上空へ吸い込まれるように、その姿を消した。


 一粒の雫が落ちる。


 真っ白な空から落ちたそれは、一つ二つと広がっていき、瞬く間に大地を濡らした。


 潤いを求めていた草木は喜び、その頭上を行き交う人々は、慌てて室内へと避難する。

 水溜まりで遊ぼうとする子供の手を引く母親。高級な傘を差す婦人。その横を雨晒しでさっさと通り抜ける若者。

 元々活発だった街が、この雨で更に忙しなくなったように見える。

 それでも雨は止むことを知らずに、勢いは増すばかりで降り続ける。


 それはいつしか、空と同じ白い結晶へと変わり、大地を真っ白な世界に染めた――


 季節は冬の真っ只中。

 真っ白な空にはちらほらと雪がちらつき始めている。


「――はっくしょん!!」


 閑静な白銀の世界の中で、盛大に響き渡る、くしゃみの音。


「――はくしょん!!」

「もう、健二郎さん。汚いです」


 唾と洟を盛大に飛ばしながら身震いするその男、茂庭健二郎(もにわけんじろう)

 黒髪を上げ、その広い額を惜しげもなく見せている。中でも二重まぶたが特徴的である。

 一方その隣で、雪のように冷たい視線を向けている男。

 小柄な上に金髪の前髪を下ろして、更に幼さが増した容姿とは裏腹に、毒舌なこの男は望月恭徳(もちづきゆきのり)だ。

 見た目は子犬でも、中身は猛犬なのである。


「あ〜、寒ぶっ!! あかん! 凍え死んでまうわ……」


 健二郎は身体を擦りながら、独特の抑揚でまくし立てた。


「もう、健二郎。大袈裟だぞ」


 そんな健二郎の言葉を苦笑いで返すのは、六尺は優に超える長身に、健二郎と同じく広い額が見える黒短髪。そして見るものを一瞬で怯ませるような強面を持つ、金剛直樹(こんごうなおき)だ。

 だがその見た目とは真逆で、彼はとても温厚な性格なのだった。


「大袈裟やあらへんで!! なぁ龍二?」


 直樹の言葉に健二郎はむくれると、目の前を歩いている男に共感を求めた。


「うーん? 俺は臣がそばに居てくれるから暖かいよ〜ぉ」


 そう言って隣で歩いていた男に腕を絡ませ、ぎゅーっと抱きつく、衣笠龍二(きぬがさりゅうじ)


「あんまりまとわりつくなよ! 歩きづらいだろ!!」


 そんな龍二をうっとおしげに、振り払おうともがいているのが鞍馬武臣(くらまたけおみ)だ。


「え〜、そんな冷たいこと言わないでよ〜ぉ! 冬だけに」

「うるせぇ!!」


 例にもよってまた夫婦漫才を始めた二人を、もう慣れたという風に見守る仲間達。


「聞く相手を間違えたわ」


 健二郎が呆れたように言った。

 そして今度は横にいる小麦色の肌に彫りの深い顔立ち。異国語にして"ドレッドヘヤー"と呼ばれる奇抜な髪型をしている男、熊谷(くまがい)英莉衣(えりい)に声をかける。


「なぁ? 英莉ちゃんは寒いと思うよな〜?」

「はははっ、そうっすね」


 健二郎が英莉衣の肩に手を回すも、英莉衣は適当な笑みを浮かべると、視線を逸らせるのだった。


「なんや、英莉ちゃん適当やな」


 中々、皆に相手にしてもらえず不貞腐れる健二郎。


「仕方ないな……何処か休める茶屋でも探すか」


 そんな皆の様子を見かねて、栗色の髪色をした前髪から、目尻の上がった細目を覗かせながら提案するのは、朝霧綾人(あさぎりあやと)

 背丈は恭徳と同じくらい小柄だが、先程の直樹と共に、この七人の隊長を担っている。


 何を隠そう、この和気藹々としている七人こそが、二年前「武士櫻の闘い」で世界を救った、伝説の侍――「三代目侍」である。


 二年前と比べて皆、多少なりとも垢抜けた印象を持つが、中でも変わったのは龍二と臣だろう。

 龍二の特徴的な口髭とその美顔は二年前と変わらずとも、烏のような黒い長髪は、今や銀色の短髪へと変貌を遂げていた。

 一方の臣は、黄金色の髪から黒髪へと変わり、その両横を刈り上げ後ろで結んでいるのだった。


 そもそも何故、この極寒の中を三代目侍は歩いているのか――

 任務の為、しばし遠征に出ていた彼等は、拠点としている「市原虎(いちはらとら)()」へ帰る道中なのだった。

 しかし任務といっても、とある物品を届けに行くという、"おつかい"程度のものだが。

 当然、仲間達からは不満の声が上がった。それもその筈、ここ最近はまるっきし、侍らしい任務とはご無沙汰なのである。

 だがこれも街が平和な証拠。「武士櫻の闘い」以降、この二年の間は、特に大きな事件もなかった。


 そんなこんなで、今に至る訳だ――


「――え〜! 俺は外に居た方が、臣と近付けるから良いんだけど……」


 綾人の提案に、今度は龍二が頬を膨らませた。


「阿呆!! なんでお前らの馴れ合いを俺らが見守らなあかんねん!!」


 不満そうな龍二に、遂に健二郎が糸が切れたように怒り出した。


「まあまあ、健二郎落ち着けよ」


 そんな健二郎を優しく制止するのが、直樹である。


「てか、俺は店入りてぇ」


 これ以上、くだらないやり取りに付き合ってられるか。という様に、面倒くさげに答える臣。


「え〜、臣まで〜!! んーじゃあ俺も店入る!!」


 まさに鶴の一声。

 直ぐに意見を変える龍二に、ようやく意見が纏まりほっとする綾人。


「お前って、ほんと単純な」


 臣はそんな龍二を見て呆れ顔で言うが、その目はどこか優しい目をしていたのだった。


「よし。それじゃあ、次の村に入ったら休憩すっか。それまで、あともうひと踏ん張りだ!」

『おう!!』


 先程とは打って変わったように、はりきった様子で歩みを進める一同なのであった。


 ***


 休憩する茶屋を探す為あれから一刻(※二時間)程かけ、ようやく次の村を見つける事ができた。

 三代目侍が足を踏み入れた先は、商人の街と言われる程、物も人も出入りが激しい街だ。目的地の市原虎の尾は、ここからおよそ半日程度で辿り着く。


 普段は賑わいを見せているこの街も、流石に真冬の空の下では人も(まば)らであった。


 一刻も早く市原虎の尾に到着したい綾人は、一時休憩を取った後早々に切り上げようと思っていた。

 そこで綾人は、家の軒下で雪を凌いでいた一人の老人に話しかける。


「この辺りでお薦めの茶屋はないですか?」

「……なんだって?」


 耳が遠いらしく聞き返してくる老人に、綾人はもう一度語りかけた。


「この辺りでお薦めの茶屋はないですか!」

「…………なんだって?」


(おいおい。この爺さん大丈夫かよ……)


 誰もがそう思ったが、綾人はそれでも辛抱強く、もう一度聞いてみるのだった。


 三度目にして、ようやく内容を理解したように老人は答える。


「そんならおめぇ……あそこの茶屋がええよ……なんせそこの看板娘がえらいべっぴんさんだ……例えるなら白百合のようだな……」

「本当ですか!?」


 掠れた声の老人の言葉に、綾人は満面の笑みを浮かべると仲間達の方を振り向いた。


「おい! 聞いたか! 白百合のような美女だってよ〜!」

「おぉ!! ええなぁ〜、近頃女っ気もなかったしや〜」

「ヒュ〜! ヒュ〜!」

「流石綾人さん!!」


 可愛い娘と聞くと気持ちが上がらずにはいられない。

 男とは本来そういう生き物である。

 が、その一方で、


「別に興味ねぇ……」

「俺も別に……」


 同じ男である龍二と臣は、さほど興味がなさそうに言った。


「そんな事言わずにさぁ〜、行こうぜ!」


 渋る龍二と臣を、残りの仲間達は半ば強制的に店に連れて行くのであった。

平和な日常を送る三代目侍――

果たしてこの先も、このまま平和に過ごせるのだろうか……

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