その参―桜丘の魔物―
鞍馬武臣は、今は誰も住まわぬ地、桜丘で一人誰とも会うことなく、ひっそりと暮らしていた。
その剣の腕は最強の侍、衣笠龍二と並ぶほどの腕前であった。
しかし鞍馬は衣笠と同様、一匹狼であり、しかも全く人を信用してはいなかった。
信じられるのは己のみ――
噂では桜丘に近づいた者は鞍馬に消されるという。
それゆえ、鞍馬武臣は"桜丘の魔物"と呼ばれ恐れられていた。
衣笠が「最強の侍」ならば、鞍馬は「最恐の侍」――
これが人々の見解であった。
その鞍馬武臣こそが選ばれし七人目の侍であった。
「本当に大丈夫なんですかね……噂じゃ鞍馬さんに近づいた者は生きては帰れないって……」
恭徳の言葉に綾人が答える。
「だ、大丈夫だろっ、いくらなんでも、いきなり襲っては来ねぇって! た、多分……」
「綾人……お前、びびってねぇか?」
綾人の様子に直樹が言った。
「び、びびってねぇし!」
強がる綾人。
そんな会話をしながらも一行は桜丘にたどり着いた。
「よ、よしっ、行くぞっ!!」
綾人達は恐る恐る足を踏み入れた――
が、その瞬間、目にした光景に思わず言葉を失った。
そこには何千、何万本もの桜の樹が美しく堂々と咲き誇っている桜の森だった。
「すげぇ……」
綾人達は目を奪われた。
この桜丘は特殊な気候で、一年中散ることなく桜が咲き続けているのだった。
桜丘は噂にそぐわず美しい地であった。
誰もがその美しさに心奪われる。
しかし行きはよいよい。帰りは怖い――
一同は桜の樹々に圧倒されながらも奥へ奥へと足を踏み入れた。
「誰だ?」
獣の如く低く唸るような声。
その一言で辺りを硬直させるほどの威圧感があった。
パキ、パキ、と小枝を踏み鳴らしながら、並木の陰からその姿を現した。
黄金色の髪。射るような鋭い目付き。そして衣笠にも引けを取らない美形の男だった。
しかしその雰囲気は一切、人を寄せ付けまいとしているかのようだった。
綾人が恐る恐る男に話しかける。
「鞍馬……? お前が鞍馬、か?」
鞍馬武臣が目を向ける――一瞥しただけでその迫力をひしひしと感じた。
「だったらどうした。ここへは立ち入ってはならない。と知らないわけではないだろう。何しにきた? 此処を奪いに来たのか? ならば消すまでだ」
鞍馬が柄に手を掛けゆっくりと刀を抜く。
「い、いやっ! ちょ、ちょっと待て!! 俺達は丈さんの銘を受けてここに来たんだ!! 知ってるだろ? 丈さん」
綾人が慌てて言うと鞍馬が一瞬、緊張した表情を和らげ刀を降ろした。
「ああ、知っている。あの人には昔、色々と世話になった。感謝してもしきれない程の恩義がある」
そういう鞍馬の顔はどこか懐かしそうな表情をしていた。
「そ、そうか!! じゃ、じゃあよ、頼みがあるんだ!! 俺達と共に戦――」
「――だが、それとこれとは別だ!! 丈さんは信用出来るが……お前達は信用出来ない!!」
鞍馬が再び刀を構え刃先を綾人の方に向ける。
綾人は両手を上げ、怖じけずきながらも必死に説得する。
「ま、待ってくれよ――!! 俺達はお前に力を貸して貰いたいんだ!! 今がどういう状況にあるのか、お前も分かっているだろ? だから俺達と共に戦――」
「俺に仲間など必要ない! 失せろ!!」
「待て、待てって!! このままじゃ此処も奪われるかも知れないんだぞ? お前一人じゃ限界がある――」
「黙れ!! お前達の助けなどいらぬ!! 俺一人で十分だ! 此処は死んでも渡すものか! さっさと失せろ!!」
「鞍馬、話を、聞け、って……」
すると鞍馬がふっと目を閉じた。
「咲いて散る……桜の消え逝く宿命の如く……」
瞬間、鞍馬はカッと目を見開くと――
――シュッ!
「うわぁぁぁ!!」
突然、誰構わず斬りかかってきた――
綾人達は慌てて逃げる。
鞍馬が容赦なく斬りかかってくる――
「うわぁっ!! 鞍馬っ!! やめろって!!」
綾人が必死に止めるも一切聞く耳をもたず刀を振り回す。
目は獲物を狙う獣そのものだった。
六人相手でも全く怯むことなく刀を振り回す鞍馬に、刀を出す隙すらもなく、綾人達は避けるのが精一杯だった。
そのとき恭徳が足をもつらせ転倒してしまった。
――瞬時に鞍馬の目が恭徳を捕らえる。
恭徳は慌てて逃げようとするが、足を挫いたのか立ち上がれない。
鞍馬が迫ってくる――
「うわーぁぁ〜!!」
恭徳が叫ぶ。
――もう駄目だっ――!!
恭徳は観念してぎゅっと目を閉じる。
鞍馬が刀を振りかぶる――
「恭徳ぃー!!」