その漆―黒影―
――此処は、とある山の山頂。
ここからは、武士櫻及びその周りに至るまでの様子がよく見渡せた。
その情景を見下ろしている、一つの人影。
風に吹かれ、一つに結んだ馬の尾のような長髪が揺れている。
先程まで闇夜を照らし続けていた上弦の月は、厚い雲にその姿を隠している。
それ故、その者の容姿、性別に至るまでは確認する事ができない。
辺りは静けさで、聞こえるのは吹き抜ける夜風の音のみである。
その沈黙を破るように、ガサガサと草陰から音がした。
その矢先、もう一つの人影が現れ、片時も動かない先に来ていた者の隣に立つ。
短くまとめた髪に、背丈は三寸(※九センチ)程高めである。
「どうかしたのか?」
後から来た者が言った。
高低が安定していない、声変わり途中の男児のような声だ。
「どうやら、少し風向きが変わったようですね……」
もう一人は、低くはないが落ち着いた静かな物言いをする。
その声音からして、背丈は劣るものの、後者よりも年上の印象を受ける。
「行きますよ…………」
「あ、待って!」
そう告げて、踵を返し歩き出す前者を、後者が慌ててその後を追った。
二つの人影が再び闇の中へと姿を消した。
何やら不穏な二つの影……
一体、何者なのか?




