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ニートじゃ勇者になれません。

作者: 秋澤 えで

宝くじが当たったら、仕事を辞めてやる。それが俺の口癖だった。


勤め人ならば一度は思うだろう。「宝くじが当たったので会社辞めます。」何の憂いも不安もなく辞表を提出する。それはファンタジー以外の何でもなく、誰もが「まあそんなことはないだろうけど」と諦めて働きアリのようにまたせこせこ働くのだ。


当然だ。よほど脳みそがお花畑でもない限り宝くじなどという胴元だけがひたすら儲けるギャンブルなぞに全力を掛けたりしない。しがないサラリーマン俺は「辞めてやる」などと口走りながらも、会社帰りに宝くじを1枚2枚買っていくだけのせせこましい努力しかしなかった。数百円当たれば上々。千円当たればラッキー。一万当たれば狂喜する。その程度であり、良くも悪くも平々凡々だ。


しかしながらこの世の運というものはまったくもって数奇なもので。

宝くじ数百枚買っても元が取れない程度の人もいれば、数枚買っただけで大勝ちするような人もいる。

つまり端的に言えば当てた。


5億。

500,000,000円だ。


数百回と当選番号を確かめ、夢ではないかと4畳半の部屋をぐるぐると歩き回り、意味もなく友人たちに電話をかけまくった。

誰が思うだろうか。しがないサラリーマン。会社帰りに少しばかりの夢を買ってビールとチーたらで疲れを癒すような矮小且つ平凡な人間が数億という単位の金を手に入れるなんて誰が思うだろうか。当人である俺ですら一欠けらたりとも予期しなかった。


動転しながらも高額な当選をした場合の行動についてネットで検索し、そこからは夢見心地のように記憶が定かではない。ただ気が付けば俺の手元には大金が転がり込んでいた。

さて、俺が普通に働いて得られる金を優に超す大金が手に入ったとあらばもう働くことなんてバカバカしくなる。こうなれば長年の夢であったあれを言おうではないか。



「宝くじが当たったので会社辞めます。」



と。

しかしまあ性根が鶏肉な俺にそんなことは言えず。



「母が要介護状態になり、介護をするために退職します。」



未だ元気な母には悪いが介護離職を理由にしておいた。不憫そうに俺を見て恙なく退職届を受理してくれた上司にも心の中で謝っておく。すまん。



「お前が会社を辞める時は宝くじを当てた時だって思ってたのによ。」



そう言ったのは同期入社の奴だった。気のいいやつで、宝くじが当たったら辞めるなんて言う俺をごみを見るような目で見てきた後輩などとは違い、それは良いと笑い飛ばしてくれるような奴だ。



「宝くじなんてあたるわけないだろ。宝くじが当たる確率よりも親の介護が必要になる確率の方が普通に考えて高いしな。」

「世知辛ぇなあ。まあ会社辞めても元気にやれよ。たまには呑みに行こうぜ。」



すまん。本当は宝くじが当たったことを言いたいが小心者の俺は誰にもこのことを言えない。飲みに行くことがあれば俺がおごろう。「宝くじが当たったんだ」なんて言って。

そうして俺は会社を辞めた。

そこからは夢の豪遊生活だ。



ということなく、当選して大金を手に入れてから4年。俺は細々と山の中で暮らしていた。

所詮俺は小心者で平々凡々な鶏肉だ。金があるからって遊びまわるような度胸など持ち合わせているはずがなかった。


今は働くことなく山の中で悠々自適に生活している。当てた5億で山を一つ買い、その中に一軒の日本家屋を建てた。ライフラインはぎりぎりつながる場所のため何とか文明的な生活水準を維持できている。周りに人も店もないが、スクーターで山を下りればそれなりに街がある。


井戸や竈のある純日本家屋、家の裏の家庭菜園。まさに俺の楽園だった。


現在就労はしていない。5億を切り崩して暮らしているが、いまだその貯金の底は見えそうにない。収入と言えばもっぱら趣味でやっている猟くらいだ。猟友会に所属し、山に出る猪や鹿、熊などを捕りささやかながら報奨金を得ている。まさに趣味と実益を兼ねた、というやつだ。


働いていた時と違い、満員電車に揺られることはない。取引先の禿に媚び諂うこともない。面倒な付き合いもない。全くもって素晴らしい。個人的に若干戦いたことと言えば、会社を辞めたせいで年金の支払いが折半から全額になったこと、雇用保険から国民健康保険に変わったことくらいだ。この辺の社会保障の切り替えにビビるあたり俺の器を如実に表している。マジョリティからマイノリティに変わるという得も言われぬ不安というものは平々凡々な俺にはいささか大きすぎた。4年もたてばまあ慣れるものだが。


まあ4年もたてば大抵のことになれる。

あらしの夜に玄関に狸の親子が避難してきても。雪の日に泊めてほしいと白い着物を着た女が現れても。目の前の木の根でウサギが躓いて死んでも。クマに襲われる子供を見ても。


まあ慣れる慣れる。


たとえ玄関に茶釜が置いてあっても、結婚したいという女が来ても、皮をはがされ泣くうさぎが来ても、クマと相撲を取る子供いても。

慣れるしかあるまい。マイノリティとはマイノリティを呼び寄せるのだと思い知った4年間だ。



そして今俺は4年目にして初めて現れる「何か」を前に立ち尽くしていた。

家の裏をしばらく歩くと湖がある。人っ子一人訪れないそこは原生というにふさわしくどこか厳かである。そんな厳かな湖のほとりになぜか安っぽいピンク色の光が漏れているのだ。

幾重にも描かれた円の中には文字とも記号とも知れぬものが水面の波紋に波打つことなく煌々と輝いている。

これは、あれだろうか。



「……魔法陣。」



10年以上前に死んだはずの中二心がうずく。心なしく左手も疼いてくる気がするから俺はまだまだ現役だったということだろうか。馬鹿馬鹿しいと一生に付したくなる光景であるが、この世には奇々怪々な事象は溢れかえりもはやその世界の一端に片足どころか両足突っ込んで足湯のような状態になっている俺からすれば、これは白昼夢や幻覚などとは考えられない。

封印の解かれた中二心から察するにこれは異世界から何かが召喚されるパターンか、俺が異世界へ召喚されるパターンだ。



「ふむ……。」



前者であれば異世界からの来訪者が来る場面を見ていたい。ファーストコンタクトを逃せば関係作りは難しくなる。逆に後者であればいったん家に帰って装備を整えたい。今の俺の装備は上半身を開けたつなぎにタンクトップ、白いタオル。武器になりそうなものと言えばすっかり手になじんだ鍬くらいだ。家に帰れば猟銃がある。鍬よりもずっと殺傷能力も見た目も良い申し分ない装備だ。


いかんせん。そう思ったとき魔法陣(仮)が激しく光り輝いた。



「あっ、」



まともなリアクションも取れず、身体が宙に浮き魔法陣の中へ吸い込まれていく。

どうやら後者であったらしい。猟銃を取ってくるべきだった、と思いながら俺はそのまま光の渦の中へと飲み込まれていった。




*********




「ふむ、次はこやつか。」

「ええ、場所は日本。魔力濃度の高い座標からの召喚になります。」



眩しさのあまりに閉じていた目を開けると数十人の人間が集まってこちらを見ていた。どの人間は現代社会ではいわゆるコスプレと言われざるを得ないようなファンタジーな服を着ている。なお顔つきや髪色などもすでにファンタジーだ。

そして人波の中央に立つ杖を持った少女と傍らに立つ本を持った青年が俺を召喚した奴らだと察する。

銀髪に銀目、修道女のような服を着て、魔法少女的な杖を持っているロリと、魔導書的なものを持った青髪青目の慇懃系青年が召喚者じゃないはずがない。



「そなたが此度の勇者かえ?」



気位高そうな魔法少女(仮)が座り込んだままの俺を見下ろし、じろじろと眺めまわす。さすがに座り込んだままというのも、と思い立ち上がる。もっとも農作業終了直後の俺の格好は泥まみれで見れたものではない。唐突に動いた俺に対し兵士(仮)が色めきたつ。



「……勇者、とは。身に覚えがない。」

「まあ良い。召喚されし者は皆そう答えるのじゃ。」



のじゃロリ系魔法少女とは少々設定を盛りすぎているのではないか。いや、昨今の異世界召喚ものと言えばこんなものかもしれないが、20も後半の俺にはやや胃もたれ案件だ。



「ここは、どこだ。召喚とはどういうことだ。」

「アキレウス。この者のステータスを。」

「はっ、”ステータスオープン”」



 バシュ、と音がして宙に画面のようなものが現れる。

 しかし俺はそんなことを気にする余裕がない。



 「……っ!」



 笑いをこらえるのに必死である。

  こってこての異世界召喚ものだ。のじゃロリ傲慢魔法少女(仮)に慇懃系冷静魔術青年(仮)。きつい。これはきつい。何がきついって美形の青年が大真面目な顔して「ステータスオープン」とか言っているのだ。べただべた過ぎる。そして何よりシュールだ。痛々しいを通り越して俺の腹が痛い。

召喚されるなんて意味不明の状況なのだが如何せん昨今の異世界召喚ものの特徴という特徴をすべてちゃんぽんしたような酷い出来。〇番煎じともわからぬ使い古された茶番でも目の前で大真面目に行われると笑うほかない。  



  「団雄太郎。日本人。27歳。HP12000、MP0。スキル、射撃、必殺必中、熊殺し、破壊工作、作物栽培。」

 「ほう、スキルの方は上々じゃな。」



個人情報の流出が甚だしいが口をつぐむ。スキルが微妙に身に覚えがあるところが笑える。そして最後の作物栽培って、家庭菜園までスキルになるのか。



 「して、職業は。スキルからして猟師か。いやその格好は農夫かの?」

 「いえ、それが……、」

 「なんじゃはっきり言え。」



職業について言いよどむ魔術青年アキレウス(仮)。しかし言いよどまれる身に覚えがありすぎる。



  「その、無職です。」

  「チェンジ!!」



クワッと目を見開いて食い気味に告げられるチェンジ。俺はデリヘル嬢か何かか。



  「チェンジチェンジチェンジじゃー!!何じゃ!なんなんじゃ!なぜわしの召喚には無職しか応じんのじゃ!」

  「姫様、それは姫様が召喚を真昼間にしか行わないからでございます。真昼間、償還の条件である”誰の目にもつかないところで一人でいる”者なぞ非就労者以外におりません。」



  当事者である俺をそっちのけで揉める召喚者陣営。

  チェンジと告げられたからにはきっと俺は勇者にならずに元の世界に返されるのだろう。中々面白い体験だった。いや現在進行形で目の前で行われる茶番も完全なる他人事と思えば悪くない。



  「そもそも姫様が夜に召喚を行えば良いのです!夜であれば大抵の人間が一人で部屋にいます。そこを召喚すれば幅はかなり広がります!」

  「だって眠いんじゃもん!夜更かしは美容の大敵じゃ!」

  「このクソガキっ……!」



  かなりしょうもない理由だった。魔術青年アキレウスくん(仮)は化けの皮が早くも脱げかけていて本音がもろりしている。



  「……土日に召喚すればいいだろう。ホワイトで働いてる奴なら土日の昼間一人でいてもおかしくない。」

  「わしも完全週休2日制じゃ。土日はプライベート。そんなときに仕事などせん。」

  「姫様は融通というものをお覚えになってください!平日に休みをずらせばいいではないですか!」

 「わかっとらんなアキレウス。”先ず隗より始めよ”国民がホワイトに働くためにはまず我らロイヤルがそれを堂々と見せつけねばならんのだ。融通や特例というのは原則の根幹を揺るがしかねん愚策の極み。侵されぬが故の盤石。休みなく働くなど、愚か者のすることよ。」

 「誰かがホワイトになるということが誰かがブラックになることです!」



あ、この人進んでサビ残するタイプの人だ。



  「大体その三年寝太郎!」

 「団雄太郎。」

  「団でも三でも何でも良いわ!27などいい歳こいて無職とは何事じゃ!親のすねかじって生きているのは恥ずかしくないのか!」

  「親のすねはかじってない。大金を手に入れた。働く必要がなくなった。それだけだ。」



  人と離れた生活をしていると口もコミュニケーション能力も退化していく。



 「大金、射撃、必殺必中……お、お主もしやアウトロー……ヤの付く自由業という奴か……!?」

 「姫様、そうであればステータスで”八百屋さん”と出ます。」

 「それはヤの付く自営業じゃアキレウス!八百屋のどこがアウトローじゃ!」



 夫婦漫才なのか何なのか。茶番は続く。



 「ヤの付く自由業でもヤの付く自営業でもどっちでもない。ギャンブルで大金を当てた。今は隠居しつつ野菜の栽培や害獣駆除をしながら暮らしてる。どれも合法だ。」

 「元遊び人で今は悠々自適な賞金狩りとは……。姫様、実はこの者はそう悪くない人材では?」

 「ふむ……確かに物語の中ではちゃらんぽらんに見えたアル中が実は引退した腕のいい傭兵で活躍したりするものじゃからの……。能ある鷹は、という奴か。」

 「いえ、それもありますが隠遁生活ということはこの男が消えたところであちらの世界では影響が小さく、また死んだところで誰も困らないのでは。」

 「なるほど。……しかしのう、無職かあ……、」



 命の危機のある職業に再就職させられそうになっているうえに蚊帳の外。おまけに完全に消耗品としかみられていないのであれば逃げる他あるまい。しかしながらこんなファンタジーの世界で俺の逃げる当てがあるわけもなく。ファンタジーが服を着て歩いている世界で土臭い男が一人放り込まれたら地の果てまで逃げてもすぐに所在が発覚するだろう。



  「団雄太郎、お主就職する気はあるかの?」

  「ない。」

  「……ほらあ!これだからニートは!NEET!勉強しない!就職しない!訓練もしない!ないない三拍子揃った無職に勇者が務まると思うてか!?勇者となればこの国についてや歴史、文化について学び!王のもとに雇用され!戦闘訓練を受けるのじゃぞ!?このように一切合財の意欲を持たぬクズに勇者が務まるものか!!」

  「ひどい言われようだが、今までの無職たちは勇者にならなかったのか?」

  「いや、嬉々として勇者の任を務めようとした者共もいた。異世界はーれむだの、てんぷれ勇者などとよくわからぬ言葉を口走っておった。じゃがそ奴らはことごとく死んでいった。すぐ、すぐじゃ。街のはずれの洞窟に住む魔物に速攻で殺されたのじゃ!あの洞窟に住むものは不死でありながらあまり強くもなく、さして害もない、いわば修練場のような場所じゃのに!すぐ死んだ!やはり無職などという気概のない奴はいかんのじゃ!」



  ふんすふんすと鼻息荒く怒り狂うのじゃロリ魔法少女(仮)を魔術青年が(仮)がどうどうと雑になだめる。聞けば聞くほど勇者になりたくないのだが。社会保険の保険料にさえ戦く小心者の俺に務まるわけがない。ともあれば無職らしさをアピールし、早々にあちらに帰らせてもらいたい。



  「聞く限り、俺には無理だ。勇者なんてそんな大層な役にはつけない。せかせか働くのも好きじゃない。」

  「そうじゃろうそうじゃろう!奴らの相手をするには骨のある奴じゃなければならん。そうじゃろうアキレウス!」

  「まったくもって姫様のおっしゃる通りにございます。」



分厚い本で口元を隠しながらアキレウスと呼ばれる魔術青年(仮)があくびをする。彼はすでにこの展開に飽きているらしい。こいつらは一体何度無職を召喚してきたのだろうか。



  「今更だが、奴らってのは一体何なんだ。勇者ってのは一体何と戦うんだ?」

 「本当に今更でしたね。この国の求めている勇者が倒すべきものは――、」



アキレウスの言葉に考え込む。

なるほど、なるほど国からすればそれは大問題である。しかしながら俺にとってあまりデメリットがない。



 「姫様、そろそろ彼を返しましょう。次の機会、たまたま平日の昼間が休みになった就労者を呼び出せることを願いましょう。」

 「ううむ、せっかくの休日を奪ってしまうのは本意ではないが……仕方あるまい。大量の無職の中に紛れるレアを探すとしよう。」

  「勇者ガチャとは……低倍率。高回転させなくてはなりませんね。」

  「お主は何を言っておるんじゃ?」

 「おい、」

 「なんじゃ団雄太郎。」



  話がまとまりかけていたところを呼び止める。胡乱げに俺を見る二人をそのままに尋ねる。



 「勇者とやらの勤務形態は?」

  「き、勤務形態は基本自由です。ただ現実的な戦闘の条件として日中のみとなっており、最低でも週3日勤務。場合によってはあちらの世界に夜間帰り、日中こちらで働くという形態も例にあります。なお交通費は召喚陣による現物支給です。」

  「給与は?」

 「こちらの貨幣はそちらでは使えないということで勇者本人の希望に合わせ支給します。ただ目安としてそちらの貨幣単位で一時間2000円程度になります。給金自体は2000円程度ですがあなたがこちらで手に入れたものについては生き物以外規制はかけていません。合法であれば持ち帰ってもらって構いません。」

  「規制ガバガバだな。」

  「だ、団雄太郎!まさかやる気を見せておるのか!やめておけやめておけニートなんぞすぐに返り討ちじゃ!」



  わたわたとし始める魔法少女(仮)だが俺の心はもう決まっていた。



  「……一旦銃を取りに戻って良いか?」



  やはり、異世界召喚ものには装備を整えてから行くべきだった。




**********




「行けえ!そのまま押し切るのじゃあっ!!」



  岩場からのそのそと現れる爬虫類に弾丸の雨が降り注ぎ、後方から飛んできた大砲に岩場が吹き飛ぶ。濛々と立ち上がる砂煙を魔術師が吹き飛ばし、再び弾丸の雨が降る。

その様子を俺は魔法少女(仮)、もといこの国の姫メルディアの隣で眺めていた。



 「これ!働かんか団雄太郎!」

  「……あんだけ銃弾浴びれば死ぬだろ。革が。」

  「お主は素材にしか興味がないのか!就業時間いっぱいまでキリキリ働かんか!」

 「勇者殿!ことと場合によっては規制強化も視野に入れますよ!生き物の素材にも規制を掛けますよ。」



  存外戦場の第一線に出てくるようなタイプの指揮官であるアキレウスにため息をつき仕方なく銃を向けた。使い慣れていた猟銃は現在魔改造されダイヤモンドですら砕くとんでもない代物と化している。悪くはないのだが、魔物の皮などよりこちらの規制の方が優先されるべきだということにこの二面性のある魔術青年は気が付いていない。



 「りょーかい。アキレウス、視界晴れさせろ。最低限で仕留める。」



  そう言った瞬間、砂煙の向こうから巨大な影が現れる。地震のように地面を震わせながら緩慢な動きで、しかし明確な意思を持ってこちらへと近づいていた。魔術によりかき消された砂煙が晴れ、全長10メートル、高さ2メートルほどの鰐に似た魔物が姿を現した。王国陣営にどよめきが広がる。



  「皆の者怯むなァッ!周りの雑魚から片付けるのじゃ!所詮は4足歩行の蜥蜴!恐るるに足らんわ!」

 「メルディア、砲撃をやめさせろ。」

 「はああ!?何寝ぼけたことを言うておる!」

 「じゃああのデカいのには当てるな。あれは俺がやる。」

  「まっ、待たんか団雄太郎っ……!」



  地団太を踏んでいそうなメルディアを後目に巨大な鰐へと走った。魔改造された愛銃が向くのは黄色く濁った巨大な目。

  弱点に容赦なく確実に鉛弾をぶち込みながら、この鰐から果たしてどれだけの革がとれるか、俺の意識はそれにばかり向いていた。




*********




  桃色の魔法陣から湖に吐き出され、俺だけの城に帰る。玄関に入る前に家庭菜園の様子を見ると植えた覚えのない瓜がなっていた。魔術青年に魔力濃度の高い場所だと称された土地柄して、中から瓜子姫が出て来かねないためそっとしておく。

  ここ数か月で掛けなれた番号を打ち込むといつも通り元同僚が出た。



  「……団、お前密猟とかやってねえよな?」

 「してない。許可はもらってるし猟をするのが今の仕事だ。」

  「いやいくら何でも頻度が多すぎんだろ!この前は象の革!前々回は大蛇の革!で今度は!」

  「鰐。たぶん。」

 「それなんだよ!お前が持ち込んでくる革なんかおかしいんだよ!何十年も働いてる先輩すら見たことない種類の革なんだよ!本当に鰐か!?」

 「……鰐に似た何かかもしれない、が質感は鰐だ。つまりお前に送るのは鰐の皮で間違いない。そして俺が殺したのも鰐ということだ。」

 「無茶苦茶だ!」



  メルディアとアキレウスが”勇者”などと仰々しく言うからそれこそ魔王などという奴も当然いるだろうと思っていたが蓋を開ければ全く違い、魔力過多な場所から魔獣が次々と生み出され、それらの掃討に駆り出されるというものだった。確かに国からすれば一大事だろう。街に来なくとも街の外には村があり、農地も多くある。そして生態系を根本からぶち壊すような悪食の魔獣たちに頭を悩ませていたそうな。


  そこからはまあ知っての通り、喚ばれる無職の勇者(仮)達。そして”勇者”と冠された者たちが選んだ武器は一様に剣だったそうな。さらに言えば王族の宝物庫には”エクスカリバー”と呼ばれる聖剣もあるらしい。それは選ぶわ。

  一方の俺は獣を捕るなら銃一択のため、中距離。当然命の危機もないわけではないが近距離と比べればはるかに低い。そしてあちらの世界で対魔獣カスタマイズされた銃は凄まじい威力を誇る。


  技術力にも優れた王国が”勇者”を召喚する必要があったのは魔力強化効率の問題らしい。こちらの世界には魔法も魔術もない。故にあちらの世界に行ったところで魔術を使うことはできない。しかしその変わり魔力を受け取る受け皿が大きいため肉体強化などの効果効率が爆発的で、魔術師とともに運用すれば圧倒的な攻撃力を持つそうな。


 要するに”勇者”とは魔力伝導の良い武器なのだ。



 「最初は他に呼び名があったのじゃが、”勇者”と呼ぶとそちらの世界の人間は喜ぶのじゃろう?」



  というのがメルディアの言だ。要するに大した意味はない。


  そしてさらに言えば俺が勤めていた会社というのは「夜住革包堂やずみかくほうどう」という鞄をメインとした革製品の会社だったのだ。

  あちらで殺した魔物の皮をはぎ、ある程度処理して個人的に依頼を出したところ奇妙な革が話題となり、今は問屋のような仕事をしている。中々に評判がいいらしく、会社側から”謎革”と呼ばれている魔獣の革はそれなりの価格で買い取られている。奇妙な光沢、奇妙な色合い、そして誰も見たことがないというレアリティ。誰もが首をかしげながらも深くは追及しない。4年前介護離職した社員がなぜか大量かつ異様な革を持ち込んでくる。怪しさは半端ではないがその革で作った商品はよく売れるため口をつぐんだままである。



 「今回は買わないってことでいいか?」

 「買います買います買い取ります!……本当に大丈夫だよな?許可もらってるってそれ向こうさんの法だろ?日本の法に引っかかるもんじゃねえ?」

 「日本の法に引っかかることはない。絶対に。」



輸入品目の中に魔獣たちの名があるわけもないし何より税関ではなく魔法陣を通って出国帰国しているのだ。咎められるはずもない。



「そう言うなら信用するけどよお……まさか介護離職したお前が今じゃ他国政府公認のハンターをしているとはなぁ。」

「日本でも猟友会に入ってたし害獣駆除はしてた。対象と活動場所が変わっただけだ。」

「レベルがおかしいレベルが。ただまさか要介護だったお袋さんが4年の間に病気の特効薬が見つかって急激によくなって今じゃぴんしゃんしてるなんて本当に信じられねえよ。」

「ああ、俺も信じられない。まさかあれだけ元気になるなんて。」



  何から何まで嘘ですまない。ただ良い言い訳が見つからなかったのだ。きっとあいつの中の俺は波乱万丈の人生を送っていることになっているのだろう。いや実際波乱万丈なのだろうが。



  「ま、また飲みに行こうぜ。そん時ゆっくり話しよう。」

  「ああ、いつもありがとうな。」



携帯を放り、あちらで加工してきた大量の革を眺める。紫がかった空色の鰐革はやはり妙な色で、こちらの革では決してあり得ない色。人工着色かと目を疑うのに、見るものが見れば天然ものだと判断できる奇妙な素材。処理はほとんどあちらでしてくる。以前こちらの工具で加工しようとしたがまるで歯が立たずあちらの機材で加工をせざるをえなかったのだ。以降処理もある程度の祭壇もあちらで行ってからこちらへもってきている。



「……ステータスオープン。」



一人の家の中呟くが魔力がほぼゼロの俺が唱えたところで何が起きるでもない。無性に恥ずかしくなって畳に倒れこんだ。もう真新しいイグサの匂いはしない。

きっとアキレウスが”ステータスオープン”と唱えたのであれば俺の職業の欄には”無職”ではなく”狩人”と出ていることだろう。




名前:団雄太郎

種別:人間

年齢:27

職業:狩人

所属:ヤルリード王国対魔獣兵団

HP:25000

MP:0

スキル:射撃、必殺必中、熊殺し、破壊工作、作物栽培、魔獣殺し、魔弾の主、剥ぎ師

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― 新着の感想 ―
[良い点] >要するに”勇者”とは魔力伝導の良い武器なのだ。 夢も希望もないけれど、逆にリアリティがあって良い ん? でも最近は武器に転生ってジャンルもあるし、人によっては夢もあるのか? 後、主人…
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