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~騙し職人~

作者: 風晴樹

『見る』とはとてつもなく曖昧な行動である。


なぜか?


例えばだ、いま君が動物園にいてキリンを見ていたとしよう。

それも10分という長い時間をかけてじっくりとだ。

そして、別の場所に移動し、次にスケッチブックとペンと消しゴムを与える。

そうしてこう言うのだ「じゃあ、いま見たキリンの絵を書いてみてください」

とね。

だけどキリンの絵をこと細かく描けるやつなんてほとんど皆無に近い。たしかにキリンの大体の特徴くらいは描けるだろうよ。

首が長くて、斑点があって、まつ毛がブリンとしているなどだ。

しかし、耳の形や、顔の骨格、あしの先、蹄の数、尻尾の先端、首と背中の結合部分、身体の丸み、首のそりかた、生殖器の形や位置、後ろ足の筋肉のつきかた、毛、口、目、あご、その他諸々、一つも間違えることなく描けるか?

僕は描けない。きっとあなたも言われてみた後なら描けるかもしれないが、きっと言われる前では確実といって良いほど描けないだろうよ。

そこで俺は考えた。

これを商売にはできないものかとね。

俺の名前は山田、21歳で就職活動中、大学はあるそこそこのところを出ている。そして、夢は騙し職人になることだ。

いま、巷ではとんだ騙しブームが起きている。そのほとんどは騙し職人が第一線で活躍中だ。

騙し職人とは、人の『見る』という曖昧な行動を逆手に取っていろいろなことをしてお金をとる、そんで生計をたてていく人たちである。しかもその職人たちはある特殊なテクニックを持っている。それは想像したものを目の前でのみ具現化出来るというテクニックだ。

例えば、動物園の檻の近くに騙し職人が立ち、騙し職人が持っている騙しのテクニックを使い、檻にキリンを具現化させ、観客にはその檻にあたかもキリンがいるように見せてみたり。

他にも、授業をやるのがめんどうくさいという先生からお金をもらい、騙し職人が教室の近くに隠れ、テクニックを使って先生を具現化させ、生徒たちにはあたかも先生が授業をやっているように思わせたり。

まあ、ほとんどはそんな感じで人間の『見る』という曖昧な行動を逆手にとったものだ。





そして、いまは俺が騙し職人になるための面接を受けている。


「では次に山田くん、君はなんで騙し職人になりたいと思ったのかな? それと、この会社にはなぜ入りたいと思ったのかな?」


全く、あきれるほど簡単な質問だな。


目の前の頭がハゲている面接官に俺は笑顔を絶やさず答える。


「はい、いま巷では騙しのブームが起こっております。私はそのブームを絶やさないように騙し職人になると決めました。それと啓会社を受けた理由は、啓会社はこの騙しブームの先駆けとなった会社ですので、私はずっと前から憧れていました。それが理由です」


はげ面接官はうんうんと首を縦に振り、日の出と日没を遠回しで形容してるんじゃないか? と思うくらいに俺へ頭部を見せつける。


よし、ここまで面接は順調だ。面接官のハゲ頭にさえ気持ちが持っていかれなければこのまま完璧な形で面接が終われる。俺の夢だった騙し職人になれるぞ。








そしてそのまま順調に面接は進み。面接も終盤に差し掛かった頃。


――ハゲ面接官はとてつもないことを言い出した。


「そっかそっか、なるほどねぇ。じゃあ、最後に君は騙し職人を目指してるんだったら、いまこの場で君のテクニックを、見せてはくれないかね?」


なに? テクニックだと? や、やばい……。


「テ、テクニックを……ですか。あ、あっはい、わ、かりました」


――どうしよ、これまじでやばいパターンだ!


ここではっきり言わせてもらおう。俺らまだ騙しのテクニックを完全に習得していなかった。さすがに面接の時、それを求められるとは……予想していなかった。大学の講座で習っただけで実践はほんの数回した程度だ……。失敗したら、俺、落ちるよなあ、これ! でも、くそ! しょうがない、ここまで来たらやるしかないか!



俺はこのとき思わなかった、いや、思いもしなかったし、出来なかった。ま、まさかこの後、あんなことになるなんて……。




5分後。



「ほい、君、早くやりなさい。あー、もしかして集中しているのかい? まぁ、無理もないさ、そういうものだからねぇ、このテクニックは」


うるせえなハゲ、あんたの髪の毛が一本一本大声で叫んだ方がまだ静かかもしれないぞ! 俺はいま集中してるんだから。

俺は集中していた。とてつもなくだ。まさに、日本からスナイパーライフルで中国にいるハエを狙撃するくらいの集中力だ。だって、このテクニックはそれくらい集中力を必要とする。


えーと、まずなんだっけ? たしか講座の教授の話によると、まず一定時間集中が出来てきたら、具現化させたいものを頭に浮かべるんだったな。たしかこの行為を《想像》とかなんとか言ってたな。よし、やるか。動物園の檻にいるキリンを周りに見せたい場合はキリンを《想像》する。そんなように、具現化させたいものをまずは《想像》するんだ。


《想像》、《想像》、《想像》…………。


…………。


《想像》、《想像》、《想像》…………。


…………。


《想像》、《想像》、《想像》…………。


…………。


――ダメだ! 面接官のハゲ頭しか《想像》できねぇ……。


なんでだ!

一体なぜだ!



たしか教授はこんなことも言っていた気がする。

『この《想像》という行為は周りの環境やその時の条件によって左右されてしまうので気をつけてください』

的なこと。


なるほど、つまり目の前に太陽光を反射しているほどに脂ぎった中年男性面接官のハゲ頭があるから俺はそれしか《想像》することができないのか! くそ!


でも、どうする? もう、これ以上長引かせるのもあれだ。こうなったらこのまま行くしか……。時間もないしここは賭けだ。あとあとなんか違うものが想像出来るかもしれない。いまは5分も面接官を待たせてしまった。先を急ぐことを優先しよう。


「山田くん、どうしたんだい? そんなに汗かいて、なんか私まで汗かいてきちゃったよ。暑いかい?」


くそが! しゃべるな! 風船にローションを塗った時くらい、てかてか光っている頭の持ち主面接官!


「あ、あの! 面接官! いま……集中してるんで」


「あ、あぁ、すまなかったね……」


頭をポリポリかく面接官。

なんだよ! ポリポリとか、そんなことされたら、いっそう頭から離れられねぇじゃねぇか。反則だろ!


まあいい時間もないし早くしないと、時間をかけさせては評価に影響があるかもしれない。せっかくここまで完璧にやったんだ。絶対に成功してやる。


そして? 次はどうすんだっけ? たしか教授が言うには『想像がとりあえず一通り終わったら、次はその《想像》を一点に合わせる。《溜め》という行為に移ります』みたいなこと言っていたような。


《溜め》か。

このときは、周りの空気を一気に限界まで吸い込むようなイメージだったはずだ。



《溜め》、《溜め》、《溜め》…………。



よし、意外と簡単だ。うまくいった。

そんで、次はこれを一気に《開放》へと持ち込む。

だよな教授! さあ、溜めた空気を一気に吐き出すように!




《溜め》、《溜め》、《溜め》からの…………………………、



――《開放》!



その時だ、事件は起こった。



俺は面接官のハゲ頭を想像していたのだ。


《溜め》と《開放》がうまくいって油断したのか、そもそも根底にある部分を見逃していた。


《開放》と同時に俺は、目の前にいる面接官のハゲ頭を具現化させてしまった!


――しまった!


と、思ったときには……もう、遅かった。



面接官の顔がみるみるうちに真っ赤になって、目を血の色が分かるくらい真っ赤にして、こめかみには血管を浮き彫りにし、いまにも殴りかかってきそうな顔つきになる。


「き、君ねぇ……」


「あっ、いや、そのこれにはえっと……訳がありまして……」


なにかうまい言い訳を考える俺の額に冷や汗が垂れる。


やばいな、キレてるやん! ここまで完璧に進めてきたのに……このままじゃ落とされる。


「いやほんと! 悪気はないんです! なんでもないんです!」


すると面接官は俺のそんな言葉には触れず、何故か拍手をし始めた。


えっ? えっ? いやいやいやいやいや。なにやってんのこの人?


「きみ! 凄い! 凄い再現力じゃないか!」


はいいい? 本当になに言ってんのこの人? 自分の頭を目の前で再現されてなに言ってんの!?


「いやいや、きみ! 合格だよ! 明日から雇いたいよ! もう合格! よくもまあ、人の頭なんて、ユニークな発想だよ、本当に最高だ」


「は、はぁ……。ありがとうございます」


どうやら面接官の顔が怒っているように見えたのは俺の気のせいだったらしい。

目が赤いのはどうやら俺のテクニックに感動していたからだと思う。


その後、俺は無事合格した。




§ § §




人間はいつも見ていることすらも見えていない、また、自分のこともだ。

この面接官のようにいつも鏡などを使い見ているはずの自分のことすらも実は見えていなかったりもする。

『見る』という行為はとても曖昧で興味深い。

以上、一読ありがとう。


他の作品も見てくれると嬉しいです。

『風晴樹』を今後ともよろしくお願いします。

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[良い点] 日の出と日没のくだり草 そう言う小ネタが随所にあるともっといい
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