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第8話 獣人にネコヒゲは必要か

 何故フィオに鎧を渡さなかったのか。

 もちろんその理由の大部分は、囮である俺の身をきちんと守るためだ。

 しかし全てのゴブリンが俺を狙うとは限らない。奴らの狙いが俺たち二人であるなら、フィオが出てくるのを待ち構える敵がいたっておかしくないのだ。

 しかしその心配は無用である。何故か。


 何度も言ってるだろう? これが、人としてどうかと思う作戦だからだ。


 矢の猛攻が一瞬休まって、第五陣だか、六陣だか。その準備をしているゴブリンたちの隙を見計らって、堂々と右手を前に出す。

 掴んでいるのは、気絶しているゴブリンの首根っこ。


「おお……なんだか人質を脅す銀行強盗になった気分だ」


 項垂(うなだ)れる同士の姿を目の当たりにした途端、みるみるうちに奴らの顔色が豹変していく。血色の悪い薄緑色から、ほんのり赤みがかった紅葉直前のモミジである。

 いや、それにしては少し形が不揃いか……? まあどうでもいい。


 仲間意識が人間よりも高いと言われるゴブリンは、裏切るなんて動詞を知らない。

 いくら敵を倒せるチャンスだからといって、その仲間までもを巻き添えにしそうな飛び道具を使うわけがないのだ。

 しかし俺に対する恨みは熱を増していく一方。

 ならばどうするか。


「「「・・・! ・・・・・! ・・!」」」


 やっぱり聞き取れないゴブリン語。

 口を揃えて同じ言葉を唱えている。意味を理解できなくても怖い。

 しかしその行動は読んだとおりである。

 次々と弓矢を(ほう)っていき、残った攻撃手段は自らの腕と一部のゴブリンが携える剣だけ、近接戦一択になった。


 そうなれば集団の秩序は乱れる一方である。仲間を救出すべく、敵を討つべく、はたまた単純に闘争心を刺激されてか、一心不乱に我先と突っ込んでくる大軍。

 しかし、もはやそこに集団戦という考えはなくなっていた。


 緑フードの統率者が、収拾のつかなくなった作戦に焦りを覚えているようだ。

 右へ左へと体を回しては、何をすることも出来ずにいる。

 そこでトドメのもうひと押し。くるりと後ろをふりむいて、できるだけ低い声を装いながら、叫ぶ。


「ふはははは! このゴブリンの命は預った! 返してほしくば、せいぜいその鶏のような脚で追いついてみることだ!」


 ザ、悪役。

 ありふれたセリフでありながらも世界の名誉ある賞を総舐めにしそうである。

 さすがは俺、演技の才能まであったのか。まあゴブリンに言葉は通じてないと思うから、実質観客が二人しかいない。

 実に嘆かわしい!


 激昂するゴブリンたちの背中に、元きた森へと駆け込むフィオの姿が見えた。俺の名演技など目にしちゃいない。

 ということで、二度目。


「実に嘆かわしい!」


 ふざけているようにも見えるが、目線は既に逃げるべき方向へと向けている。大声も奴らを惹き付けるためだ。

 身軽なゴブリンたちと、鎧を纏ってお荷物を抱えた遊び人。すぐに捕えられてしまうことは目に見えているが、だからといってみすみす降参するわけにもいかない。

 今はただ、フィオから遠ざかることを考えなければ。


 視線の先は、フィオと同じく深そうな森だ。森の中に突然現れたのがこの村なのだから、村は森林に囲まれている。

だから進むべき道が決まっているというのは、当然といえばそうかもしれない。


 一歩でも足を踏み入れてしまえば、そこは別世界である。

 やっと登り始めた陽の光を空を覆った蔦や枝が遮り、やっとのことで地上に届いたものも、ほんの僅かだ。

 まるで深夜帯にタイムリープしてしまったようだ。ゴブリンの姿すらシルエットでしか認識できない。

 現れる大木を右へ左へと避け、腐りきった倒木を飛び越える。枯葉を踏みつける音がかき消されるほどのゴブリンの奇声が、波のように覆いかぶさってきた。

 兜の中に水蒸気が溜まってしょうがない。無酸素運動を強いられている。

 もはや距離を詰められているのかどうかも分からないが、とにかく前へ、前へと順番に足を放る。


 早くも息が絶え絶えである。

 そのせいか、無事に逃げ切るため、もしここで人質のゴブリンを置いていったらどうなるか。ふとそんな考えが過ぎった。

 しかし答えは元より出てしまっている。自分が捕まる未来は変えられない上フィオまでもが追われることになる、である。


 さらに、走るたびに壊れかけの時計のような音を出すこの鎧。これも脱ぎ捨てることはできないだろう。

 あくまでも心配の延長線上にあるような考えだが……弓を捨てていないゴブリンが1匹でもいたら、その時点で撃ち抜かれてしまうのだ。


 つまり状況の改善は不可能。

 ジョブが勇者のままだったら万事解決なんだけどな。いや、そうだったらそもそもこんな事になってないか。


「……?」


 足元に違和感を感じる。そういえばさっきから木々を避けたり生い茂る野草に足を取られることなく走っているな……。


 兜の隙間から覗かせる地面を凝視してみれば、そこには紛れもない『道』があった。

 舗装こそされていないが、森の中なのに人が通るために作られたかのようなそれは、見渡す限りの自然の中で明らかな異彩を放っている。


 ちょうどそこだけ絨毯が捲れたかのように土の地面が顔を見せていて、なんとも不可解だ。

 幾度となく踏み固められて大きくなった密度は、小さな粒子の集まりでありながらも足の裏に強い反作用を与えた。


「ピギッ、・・・! ・・!」


 後方からゴブリンの鳴き声が聞こえる。

 いや、鳴き声は終始聞こえてきているのだが、今のは少し特別だった。なにせ最初のほうが聞き取れたのだ。

 会話や掛け声など、いわゆるゴブリン語を人間がしっかりと認識することはできない。超音波すれすれと言われるものを発しているから、黒板を引っ掻くような、発泡スチロールを擦り合わせるような、不快で掠れた音しか拾えない。

 ――と、旅の途中で出会った賢者様に聞いた気がする。


 ふむ……賢者といえば魔法使いの上位互換職である。


「つまりは40歳まで童……」


 危ない、誰も聞いてないからって何を口走っているんだ、俺は。

 兜の中で反響する自分の声を聞いて、無性に恥ずかしくなった。

 いくらフィオがいないからって、無闇に下ネタを口走るのは紳士と言えないよな。

 なにより他人事じゃないことが怖い。


 ともかく、ゴブリンの声で不快に思えないものは明らかな異常なのだ。人間の無意識に出てしまう声と似ているかもしれない。

 例えばタンスに小指をぶつけた時とか、沸騰したお湯が入ったヤカンに触ってしまったときとか。予測していなかった危険が自分の身に及んだ時といえよう。

 声の主も障害物にぶつかったか、躓いたか。お気の毒さまです。

 しかしそう思えば、


「ピギャッ」


「キー!」


 立て続けに二回、またゴブリンの叫び声。

 おいおい、さすがに鈍臭いだろ。この道にはもうコケるような原因はほとんどないぞ。


「ひっ、うにゃぁああ!」


 また叫び声のコンボか……て、え? なんだ今の声。確実に人間のものである。

 さらに柔らかい高音ときたもんだから、まずロリで間違いない。

 俺のセンサーがそう言っている。

 ……下ネタじゃないぞ。


 この場に俺以外の人間など一人しかいないだろう。そう、あの緑フードである。

 敵の親玉、しかしロリが救済を求めている。これがいくら自分の身を滅ぼすとは頭の中で理解していても、無視して走り続けることが出来るだろうか。

 ……出来るだろ。背に腹は変えられないし。


「助け……て、囚人服の、お、お兄ちゃん」


 いや、そんなに非情なこと、紳士である俺にはできない。彼女の声を聞いてしまえば、誰も抗うことができないだろう。

 『お兄ちゃん』悪魔の呪文である。


 結論は出た。

 危険を顧みず右足を軸に、身体をコンパスのように回転させてダイナミックな回れ右。

 視線の先には土砂崩れのように迫ってくる、決壊したゴブリンダムと、何匹かのゴブリンと一緒に宙に浮いた緑フード。

 ……宙に浮いた?


 少し後方を見れば、迫ってくる白い壁。ところどころにゴマのような粒がめり込んでいる。まるで凝灰岩である。錬金すればゴールドが湧いてきそうだ。

 だが岩ほど固い見た目とは言えないのだ。溜め込まれた脂肪がそのモンスター(・・・・・)の汚らわしさを演出している。よだれを垂らしながら緑フードの尻尾をつまみ、舐めまわすように詰る行動全てが、目の当てられないものであった。

 一緒に持ち上げられていたゴブリンたちは、とうにデコピンで地面に叩きつけられてしまっている。

 

 どうでもいいが、何故ここに道が出来ているのか、やっと理解した。

 ここはいわゆる、獣道ならぬモンスター道なのだ。きっと近くに巣食っているのだろう。


 これで相手が女騎士であれば、テンプレ的な組み合わせなのだが……ん、オークだぞ。この相手。ちなみにいやらしい事は全く妄想していない。


 しかし緑フードが摘まれているのはあくまで尻尾。

 つまり緑フードは獣人なのだ。

 獣人ロリ、存在そのものが天の創造した最高傑作である。


「ふにゃっ、止めて、食べないで……」


 ついさっきまで無言のままゴブリン部隊を率いていた者とは思えない態度で、体を丸めながらやっと声を出す。


 そんな獣ロリに対する扱いの乱雑さと、ニヤニヤとしたオークの舐めた目付きが、俺を憤慨させた。

 ゴブリンにすら苦戦した自分がワンランク上のオークに勝とうなど、とんだ見当違いなのだ。思い上がりと言ってもいいかもしれない。   

 だが、何もせずに見ていようなどとは思えなかった。


 もはや戦闘意欲を失くし、ただ逃げ出すために走り出すゴブリンを掻き分け、ゴブリン部隊の誰かが落とした王国騎士の剣を手にする。

 重い……が、これで攻撃力の補正は十分だ。


「オークのくせに、なんで中ボスに見えるんだよ!」


 走ったままの勢いで、腫れ上がっているような足の甲に剣先を突き立てて、裂く。

 火事場の馬鹿力というものであった。


 横目には俺が投げ捨てた人質――ゴブリン質が映っていない。

 標的の俺だった俺には目もくれないで、ゴブリンの波がいつのまにかかっさらっていったようだ。


 白い肌を血と滲む脂肪が薄紫色に染めて、オークの鈍い声が森中を轟かせる。

 驚いた野鳥が慌てて飛び立ち、太陽を一瞬遮った。

 だが手を離すような気配はない。

 むしろ一層力が入って、獣ロリが悲痛な声を上げている。

 同時にフードの部分が急に反った頭についていけず、アメリカンショートヘアを思わせるネコミミが顕になった。

 可哀想な状況ではあるが、とても尊い。


「ネコの獣人なんて反則だろ……」


 なんて言葉がつい漏れてしまう程に尊い。


 宙吊りが長く続いていながら、重力に逆らわない腰周りの布はしっかりと手で抑えている。

 なんともガードが固……じゃなかった。このままでは獣ロリが握りつぶされかねない。とにかく手を緩めさせることが優先だ。

 だがオークの腕に切っ先を届けることなど、到底敵わない。剣を持ち上げることだけで精一杯である。


「せめてあと3メートル身長があれば良かったな……」


 オークの右足は、流れる血の滝を止めない。

 とうとう痛みに耐えきれなくなったのか、ついさっきまでの余裕をどこかに置いてきたように錯乱している。

 血走った眼球が捕らえたのは、俺ではなく道の傍らに佇む大木。大きなカブを一人で抜いてしまいそうなほどの腕力で、根っこごと引き抜いた。

 俺の発言に対するツッコミ待ちだったのだが、予想以上に激しいものがきたようだ。


 バットを振るような力強いスイングが風をきって、眼前を掠める。それを追う首が目の当たりにしたもの、それは逃げ遅れたゴブリンたちの末路であった。

 段ボールが潰れるかのように、あっけなく畳まれたゴブリンの肥えた腹は、一撃の重さを物語っている。


 冷や汗が吹き出た。

 たったゴブリンの上位格程度のモンスターに、動機が静まらないほどの恐怖を覚えたのだ。フル装備のゴブリンとは訳が違う、勝利までの糸口が全く見えない感触のない空間に飲み込まれていた。

 少しでも大木の軌道が逸れていたら、顔面に直撃してゴブリンの腹のように砕け散ってるいたと思うと、獣ロリを助けようという足がピクリとも反応しない。


 頭上から赤く染まった大木が、躊躇の影すら見せずに距離を縮めているというのに――



 


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