第6話 解決策を壊していく解体作業
俺が生まれてから19年が経つ。
尤も、この世界に生まれ落ちたわけではないが。
精神的には人生の半分を終える年らしい。
確か……新鮮な体験が減っていくことによって、一年を短く感じてしまうからだっけ。
だが俺は結構長い人生だったと思う。
その理由は簡単。
16歳で人生をやり直したからだ。しかも異世界で。
そんな俺が新鮮な体験をすることなど、望まなくても自然と起きることである。
――これもその一つであろう。
一日行動を共にした少女の口調が変わった。
口調だけではない。目つきや、雰囲気まで。
しかもだ、ついさっきまでフィオと名乗っていたこの少女は今、確かに自分はフィーナだと名乗った。
「あ、お先にお風呂いただきました」
「ああ……うん、この宿屋に風呂あったのか」
って、そうじゃない。
ツッコミどころが多すぎるのに、その隙を与えたくれない。現世で(心の中での)ツッコミ役だった俺にとっては、少々もどかしいものがある。
「はいっ! なかなか広い露天風呂で、お星様が綺麗に光ってましたよ」
俺がこの状況に驚きを隠せないことを察しているだろうに、全く関係のない話を貫き続ける――典型的なロリの行動だ。
やはりフィオとは別人だと確信できたが、このギャルゲーのキャラを彷彿とさせるマイペース、なんとも尊い。
「しかも混浴で――」
「混浴だと!」
そのキーワードに対して、口が自然と反応してしまった。こんなことなら薬草なんて建物の陰にでも隠しておいて、早く部屋に戻るべきだったという思いが頭を巡る。
あ、また話のペースをもってかれていた。
なんという策士、まさか男の心を擽る術を持っていようとは……。
しかも話を持ち出した当の本人は、
「あ、はい……」
なんて若干引き気味の返事をしている。
この状況を打破すべく、然るべき論点に戻そう。
まずフィーナとは誰なのか。なぜフィオの見た目そのままなのか、そしてフィーナが発した、勇者様という単語についてだ。
「えっと……端的に言ってしまうと、私がフィオちゃんと同一人物の占い師だからですよ。勇者様」
フィオと名乗っていた頃の、刺すような目付きは落ち着きを手に入れて、穏やかにライトの光を反射しながら彼女、フィーナは口を開く。
「……え?」
まだなにも聞いていないぞ?
というか、その説明だけでは理解しきれないことがまだ多い。例えば……そう、同一人物とはどういったことか。
「いわゆる別人格です。私とフィオちゃんは、表裏一体、常に背中合わせの存在同士なんですよ」
「いやまて、さっきからなにさらっと人の思考を読んでいるんだ? というか、どうやって」
「私のジョブ、占い師なんですよ。冒険者時代に関わってこなかったんですか? 勇者になるほどの人なんですから、占い師の一人や二人、同じパーティーにいたでしょう? だからこんな経験くらい――」
返す言葉に詰まる。
コミュ障が祟って、パーティーやギルドに所属したことなど一度もなかったのだ。占い師をパーティーに誘うどころか、道端で手相を見ている占い師に声をかけることすらできなかった。
「あ……ごめんなさい」
「いいよ、謝らなくて」
フィーナも察してくれたようだが、謝られるとこっちのメンタルがもたない。
ボッチの称号を叩きつけられてしまったようで、頭がうなだれてしまった。
「占い師は目を見た相手の過去と未来を見通す能力をもってるんですよ。私はまだまだ未熟なので、それぞれ三日以内までしか覗けませんが……」
「うん……まて、ということは」
「はいっ! レンさんが魔王を討伐したことも、情けなく神様に願い事を断られたことも、全部知っています!」
おおおっ、女神が降臨しなさった。後に付属したロリババアとの過去は不要だが、占い師なら俺の偉業を証明できるということか。
つまり、バビロニアの元にこのフィーナを連れていけば――
「それは無理だと思いますよ」
「あの……占い師って心を読む能力も持ち合わせているのか?」
これで頭の中を見透かされるのは何回目だろうか。むず痒いったらありゃしない。
下手なことを考えたりしてみろ、俺のキャラは一瞬で崩れてしまう。常に気を保っていないとならないのだ。
「いえ、これも未来を見る能力の一部です。未来で勇者様が私に質問したんですよ。その未来は変化して、消えてしまいましたが」
賢さこそ一桁であるが、さすがは俺。二次元至上主義、ファンタジー脳の持ち主にとって、これしきのこと理解は容易い。
まとめてしまえば、フィオはフィーナという別の人格を持っていた。そしてそのフィーナのジョブは占い師であり、俺が勇者であることを知っている、といったところだろう。
二重人格のキャラなんて、現世でなければ許容できてしまうのだ。
「さっきから話をぶった斬るような真似して悪かったな、フィーナ。え……と、少し巻き戻そうか。なんでバビロニアのところにお前を連れていっても意味がないんだ?」
村から漏れる光は既に全て消えてしまい、部屋の中に一つだけ灯る小さな炎のみが全ての濃淡を決めている。
その言葉を境にフィーナの顔に映る影はより一層深くなり、表情が読めなくなった。だが雰囲気が重くなったことは明白である。フィーナの返答は、少し時間を置いたものとなっていたのだ。
「それは、その……私の占い師としての実力が足りないので、王国に簡単に信頼してもらえるとは……」
言い残しがあるような、ふくみを持った声だった。
きっと言い残した理由があるのだろう。まあ言いたくないのならば、無駄に詮索する必要もない。
「そうか……」
「で、でもっ! 私よりももっと偉大な占い師様なら、きっと!」
そんなこと言われてもな……。
犯罪者に協力してくれる人など、いくら胡散臭い職業である占い師であれ、そうそう見つかることは無いだろう。しかも『偉大な』という称号が必要ならば、さらに話は難しいものとなってしまう。
となると俺がこの逃亡生活を終わらせる選択肢の一つ、『自らを勇者と証明する方法を見つける』の望みは薄くなってしまったわけだ。
まあ、まだ無理だと決まったわけではない。気長に色々な方法を考えてみようか。折角勇者になれたのに、なにもすることができずに現世に帰るなんて嫌だもんな。
「あの……今更なんですが、驚いたり気味悪がったりしないんですか? 二重人格のこと」
上目遣いでありながら、思い切ったように声を出すフィーナ。眉は中央に寄って、眉間にシワがでしている。
「え、なんで? 二重人格なんてむしろステータスだろ?」
その返答に、フィーナは水を差されたように目をそらした。
肩に座っている髪の毛を上から下にかけて撫でたり、胸の中央を掻いたりしていて落ち着かな姿を見ていると、どことなくフィオの自己紹介を思い出させる。
「でも、そんな……」
「ジョブを二つも所持できたり、二人いれば目先の問題も解決しやすいじゃないか。だからフィオはフィオ、フィーナはフィーナ、それでいいんじゃないか? なによりロリが二倍って素晴らしい!」
あ、まずい、最後のは失言。
苦し紛れに笑いつつ、凍りついた空気を感じてそっとフィーナの目を覗き見ると、陰の中を駆け抜ける、一筋の光が映った。
と、それをきっかけに建て前の上を流星群が静かに降り注ぐ。
止まることを知らない水滴たちは、容赦なくフィーナの目から、鼻から、沸騰して溢れ出た。
それを懸命に拭い取りながらも尚、フィーナの視線は確実に俺を捉えている。
「あっ……これは、ごめんなさい、違うんです。認めてくれたことが、嬉しくて……たまらない」
しゃくりながら辛うじて声を出し続けるフィーナの過去に、なにがあったかなんて俺には到底知る由もない。だが、そこにはフィーナと、そしてフィオの弱さが垣間見えた気がした。
真っ赤にした顔を上げていられなくなったフィーナは、うずくまり俺の腹で囚人服を濡らし続けている。
励ますわけでも、慰めるわけでもなく、まるで親のように背中をたたき続けている俺の行動は、はたして正しいことだと言えるのだろうか。
***
『テレテレテッテッテー』
聞き覚えのある音楽が鳴り響いた直後、俺の傷と疲れは完全に癒えていた。
その音楽が鳴っていた間しか寝ていなかったような気がするのも、例の"仕様"というものである。
目は覚めたが、外はまだ暗い。
夜明け前のようだ。なにせ音楽が鳴っていた時間は三秒ほど。当然といえばそうである。
さて、昨日見え隠れした、この逃亡生活を終わらせる方法についてまとめてみようか。取り敢えず考えついたものを四つ挙げてみよう。
一つ目。
『一年の時を逃亡生活に費やして、神様に現世へ送り返してもらう』
確実で尚且つ簡単だが、この方法は極力使いたくない。問題が多すぎるのだ。
まず現世に戻りたくないことが一つ。フィオとフィーナを置いて、俺だけ逃げ出すことに引け目を感じることが二つ。
そして決定的なこと。ロリ神様の逆鱗に触れてしまったため、そもそも願い事を叶えてくれるかが怪しいのである。
あまりいい抜け道とは言えないだろう。
二つ目。
『俺が勇者だと証明し、罪をチャラにしてもらう』
昨夜の話で、占い師ならば俺の偉業が証明できると分かった。王国の信頼に価し、かつ権力を持ち合わせている占い師を味方につけることができれば、万事解決だろう。
難易度こそ高いが、一つ目と比べればまだ現実的といえる。だがそれでも尚鬼畜コースなのには変わりない。
三つ目。
『俺が遊び人になってしまった原因を解明し、その上で勇者のジョブを取り戻す』
正直これに至っては解決の糸口が見当たらないが、今疑いをかけている人が二人いる。
前にも言ったと思うが、まずはロリ神様だ。神様といえばチート。ならば俺のジョブを変更することなど些細なことだといえるだろう。
もう一人は国王、バビロニアである。俺の主人であることだし、あまり疑うような真似はしたくないのだが……ロリ神様の他にいるといえばこの人物しかいないだろう。
牢獄でバビロニアに魔法……もどきをかけられてから調子がおかしくなったもんな。
最後の一つ。
これはあまり考えたくないのだが……
『魔王が再臨したため、もう一度討伐し直さなければならない』
悲しいほどの賢さと昨日一日での経験を活かした上で思い描いた、これ以上ないほどの最悪なシナリオである。
思えば過去にも勇者は現れていたのだ。魔王が入れ替わり立ち替わりでその玉座を守っていたとしても、なんらおかしなことではない。
ただその場合、過去の勇者も遊び人に転職してしまっていたということになるから……勇者に纏わる伝説は全て嘘っぱちだということになってしまう。なんとなく辻褄が合わないのだ。
さらにそれが現実だというのなら、
「俺の3年間はなんだったんだよ……」
「誰に向かってブツブツ言っているですか」
振り向くと、フィーナの白い目が俺を突き刺していた。
ん……いや、まてよ、この眼差しに口調、
「お前フィオか?」
「そうなのです。皆さんお待ちかねのフィオなのです」
突然アイドル気取りになったことは置いといて、だ。気がかりな点が他にある。
「なんか……入れ替わるの早くないか? フィーナの出番が一瞬すぎるんじゃ――」
「不満ですか」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
「まあ当然なのです。入れ替わるタイミングは一方の人格が寝た時なのですから」
なるほど。
フィオが寝た時、同時にフィーナが起きて風呂に行き、帰ってきたところを俺が鉢合わせた。そしてフィーナが泣きじゃくりながら眠りに落ち、フィオが現れたってことか。ややこしい。
いやまてよ……まだ腑に落ちないことがある。
「お前、洞窟にいた時はどうして」
「あんなに王国の近くにいたのにおちおち寝て、フィーナに任せられるはずもないのです。あの状況で寝られるなんて、レンさんもそうとう肝っ玉が座ってるですか」
またロリ相手に守られていた歴史が顕になった。愛でるべき対象に寧ろ支えられてここまで逃げ延びることができたのだ。不甲斐なさが目に見えるまでに構築されていくようだ。
「まあいいのです。私たちに睡眠という概念は、あってないようなものなのですから」
ため息混じりの声に対して、返せる言葉もなく見送ると、する気のない返答を遮るように廊下から鉄の音が響く。
ガシャ、ガシャ、ガシャ、といった一定間隔で聞こえる音は、機械が紡ぐそのもののようだ。
どこかで耳にした、聞き慣れた音である――なんだろうか。
「レンさん、詰みましたよ」
「へ? なんだ急に諦めモードになって」
「鎧の音ですよ、これ。近衛兵が嗅ぎつけてきたのです」