第3話 勇者の称号は剥奪されました
俺が犯した罪は、
1、住居不法侵入及び窃盗、器物損壊罪
2、動物愛護法違反
3、国家転覆罪
らしい。うん、思いのほか多い。
初めに1。住居不法侵入及び窃盗、器物損壊罪について。
正直に言ってしまおう、これは最早生業だった。
でも考えてみてくれ。RPGゲームの主人公、まだ何も成し遂げていないのに勇者を名乗る不届き者は人の家に侵入して壺も樽も破壊するし、宝箱もタンスも中身が気になって覗いているじゃないか。
だから鍵がかかってない建物には問答無用で…………すみません。
次に2、動物愛護法違反についてなのだが、これにも言い訳が。旅の途中でこんな話を耳にしたことがあるのだ。
メタルゼリーは法律で保護されてるから、冒険者のあなたでも狩っちゃだめよ、って。
知らない人にいきなり話しかける人は不審者だから、ただただ情報を盗み聞きしていただけなのだが。コミニュケーション能力が足りないからそうするしかないとか、そんな訳じゃない。
でも誰だって手っ取り早く強くなりたい本心が有るのは本当なんだ。出来れば努力なんてしたくないはずなんだ。
つまり固い敵の経験値が高いのはRPGのお約束だから、取り敢えず倒したくなる。
まあ見た目と名前に反して固くなかったから、経験値も大したことなかったんだけどね。
…………すみません。
最後に3、国家転覆罪。これにはどうしても納得がいかない。
これって超ド級のテロリストや、魔王軍のスパイやらに疑いがかけられる審問だろ?
何故そんな罪に問われているのか俺を捕らえた近衛兵に聞いてみたところ、こんな返答が。
「手に入れた勇者の力で王国を支配しようと、度々魔族を仕えて集会をしていただろう」
いちいち確認するなと、面倒くさそうな態度。
具体的にはゴブリンやデーモンなんかの亜人を配下に置いていたという。
なぜ俺がそんなに汚らわしいモンスターと手を組まなければいけないのか。せめてフェアリーかサキュバスだろ。あどけなさが残っているとなおよし!
……論点がズレた。
なにはともあれ、国家転覆罪は冤罪である。それも魔王を倒したこのタイミングで、最悪だ。なんとかして誤解を解かねば。
とまあ簡単にいけばいいのだが、そうにもいかない。
なにせここは地下牢なのだ。城内の地下深くにあって、俺も一度だけ興味本位で覗いてみたことのある場所である。
その時は囚人たちが、ここから出せと言わんばかりに鉄格子に掴みかかったり大声を出したりしていたな……。
何故あんなにも必死になっていたのか、その理由もここに入ってみてやっと分かった。
牢屋の床が、網格子になっているのだ。その下には海が見える。水の都バビロニアと呼ばれるだけあって、海辺に都市があるのだから、城の真下にも海が通っているのだ。
そしてこの海、段々と海面が上昇してきている。もうすぐ満潮なのだろう。
つまりこの水が牢屋を満たしたら溺れ死ぬのだ。この牢屋は死刑囚専用のものと言える。
「とか呑気に解説してる場合じゃねええ!」
たしか勇者のスキルに水耐性もあった。でもあくまで水に関する攻撃のダメージを減らせるだけで、溺れてしまうことには関係がない。
いくら勇者であろうと、万能ではないみたいだ。
この水の上昇速度からして、あと五分ほどで満潮ってところか……。
武器も取り上げられたし、近衛兵も死刑の時間が近づいているから逃げちゃったし。どうやって脱獄するか。
網格子は簡単に外れそうだが、飛び込んだら結局は同じことだ。王城の下を泳ぎきるなど、到底できたことじゃない。
疑念が晴れるまでは捕まっておいてやるか、といった余裕をかまさなければよかったな。
……あれ?
俺のジョブ、勇者だよな。攻撃力もカンストしているはずだし、この鉄格子素手で突破できるんじゃね?
思い立ったが吉日。鉄格子に両手を添えて、思いっきり腕を開く。
鈍い音がして、天井から瓦礫や塵が少量崩れてきた。鉄の塊はまるでダンボールのように、情けなくひん曲がっている。
流石は勇者、鉄格子すら発泡スチロールかと思えてしまう。
早いとここんなところは退散だ、退散。周りの囚人には申し訳ないが、助け出してしまったら晴れるであろう俺の罪が、さらに重くなってしまう。
己の罪を悔やんでくれ。
これから水が満ちるであろうこの部屋のランプは、あらかじめ消されている。暗闇でほとんど目が働かない。
おまけに周囲で囚人たちが、鉄格子の破壊された音に反応して、大声をあげているのだ。さらに地下の構造によって音が増幅される。
これじゃあいつ見張りの近衛兵が様子を見に来てもおかしくないな。
と考えれば、そのそばから。
音に音を重ねて反響する狭い部屋の中であるが、固いものを床に打ち付けるような、重い音がたしかに聞こえ始めた。それも、一定の感覚だ。
兵士の一人や二人今の俺なら応戦してもどうということはないが、騒ぎを起こしてみろ、それこそまた罪がのしかかる。
チヤホヤされる俺の人生計画が狂ったら最悪だ。もう狂い始めているが。
第一こんなところで兵士を気絶させてしまえば、彼らが海に飲み込まれてしまう。戦う時間もあまりないだろう。
つまり今選択すべきコマンドは、『隠れる』だ。すかさす放ってあった酒樽の裏で息を殺した。
手提げランプの光と、足音が近づいてくる。
暗くてよく見えないが、なんだあの無駄に装飾されたシルエットは。
いや……あれは……バビロニア!?
なぜ王がこんな所に……。処刑実行寸前の地下牢だぞ。だがまあ、好都合であることには違いない。
俺の主であるバビロニアならば、俺の偉業を証明してくれるだろう。またステータスバーをチラつかせればいいだけの話だ。それだけで俺の罪は審議のし直し。
そうと決まればこんなにコソコソと隠れている必要もない。
湿った酒樽の裏から飛び出し、バビロニアに姿を現す。
「バビロニア国王! 危害は加えません。どうか少しの時間拝謁を」
と、唱えるようなお堅い日本語を話しながら。
何故かその表情に驚嘆の色は伺えないが、バビロニアも危害を加えるなんて考えていな――
「・・、・・・、・・・・・」
「……は?」
思わずこちらが呆けてしまった。
王が放った言葉は、聞いたことのない言語であったのだ。
とても人間の発音とは思えないほどに複雑なそれは、どこかゴブリン語を彷彿とさせる。
てかあ、れ……? やば、立てな……。
生まれたての小鹿のように、膝が震え出す。力がうまく入らない、なんだこれ。
身体が重たい。まるで自分のものじゃないみたいだ。重力を何倍にも感じる。
意識が遠のく。早く逃げなきゃいけないのに、バビロニアと話をつけなきゃいけないのに。
目が、開かな……。
―――
――
―
***
「……またここか。」
やっと意識が戻ると、そこは鉄格子の中。
既に水かさは膝まであるが、まだ間に合う。再び壊して走ればいいだけの話だ。
例の通り、鉄格子に飛びついた。
しかしさっきのようにうまく壊れない。むしろ勢いよく飛びついたせいで肩を痛めた。
え、なにこれ? とおもうやいなや、脱臼でもしたくらいの痛みだ。
どうやら王が俺にかけた呪文はデバフ系のものらしい。
だが腑に落ちない。勇者のステータスを制限するだなんて、99パーセント減らしても足りないぞ?
最早本当に魔法なのかも怪しい。
魔法の詠唱は聞き取れるぞ? 日本語だし。
それに突然攻撃してくるだなんて。
……まあそれは仕方がないか。
脱獄している囚人が目の前に出てきたのだ。いくら顔を見知っているとはいえ、抵抗しない方がおかしい。
力技による脱獄は諦めて、他の方法を考え始める。が、思いつかない。まずい、多く見積もってもこの牢屋が浸水しきるまであと二分とない。
頭をフル回転させろ。
「そうだ針金。針金さえあれば……」
つい呻いてしまった。
諦めた囚人たちの声はもう聞こえず、虚しい声だけが、牢に響く。
勇者のジョブとは関係なしに、盗賊スキルも上げていた。だから針金があればピッキングをしてすぐにでもこんな所おさらばできるのだが。
そんなに都合のいいもの、あるわけがない。
「地の精よ、我が名フィオの名の元に代償を支払う。生成せよ」
なんだこの声、詠唱か? 隣の牢から聞こえてくる。俺と同じように実力行使でここを突破する気だろうか?
詠唱が終わり、静けさの戻る部屋の中には、物が沈む音がした。
水に包まれるような、今のように危機的状況でなければ心地よく感じることのできる音である。
「……お探しのものは、これですか?」
詠唱の声の主だ。
改めて聞くと少女らしき声である。それと同時、鉄格子の端のほうから俺が求めていたものが投げ込まれてきて、俺の牢の水に沈む。
また心地の良い、同じ音がした。
正体は針金である。
「これで牢を開けられるですか?」
――なんてありがたいんだ! 感謝してもしきれない。
何故こんなにも都合よく針金を持っているかは知らないが、とにかくここから出られることは間違いなさそうだ。
「私の牢も……開けるですよ」
即座に牢の鍵を開けると、また隣の牢屋から声を受け取る。言われなくてもそのつもりだ。いくら囚人であっても、恩人に報いなければバチがあたる。
周りの囚人が俺の牢も開けろと言わんばかりに、暴れたり、叫んだりしているが、そんなことをしている暇はない。
もう一度だけ言うが、罪を悔やんでくれ。もう水がへそのあたりまで来ているのだ。許してくれ。
「今度は誰にも見つからないように」
そこからは早い。
俺は少女の手を引き、ステルススキルを使いながら水をかき分けて、この監獄を後にしたのだった。
***
鐘の音が鳴り響き、王城の中にだけ昼のような忙しさが訪れる。
きっと俺らが脱獄したことがバレたのであろう。たが既に俺たちは王国の外だ。城下町も容易く突破した。
もう簡単には見つからない距離だろう。
――とりあえず落ち着けるな。
朝まで勇者だったのに、夜にはもう犯罪者扱いだ。
頭の痛くなるような話だが、ここは冷静に。少女の前だし、気持ち悪く慌てるわけにはいかない。いつでも紳士でなければ。
ではこの状況への抜け道を考えてみよう。
バビロニアは宛てにならないようだったな。だれか信頼と権力を持ち合わせている知り合いは……うん、いないな。
コミュ障を早めに克服するべきだった。
他の考え方をしてみよう。
……一年間逃げ切れば、神様に願いを叶えてもらえる。つまり、一年後には現世に帰れるということだ。
勇者としての生活とはおさらばだが、背に腹は変えられない。一生犯罪者として逃げ続けるよりはマシだろう。
取り敢えずはそれしかない。
――逃げ切るしか、ない。
気が休まったところで、ふと少女の顔を覗く。
暗闇の中じゃ気づかなかったが、かなり整った顔立ち。
服こそ囚人用のものを纏っているが、牢獄にぶち込まれるような見た目ではない。具体的には綺麗な黒髪だ。
肩までのびていて、毛先までストレート。つい最近までケアされていたとしか思えない。
背丈こそ低いが、背筋はきちんとのびている。頬はほのかに赤く染まって、血色の良さが窺える。
なにより幼い。尊い。
……というか、よく考えてみると初対面の少女と二人きりってなんか気まずいな。神様のときはなんとかいったが、あ、あれはロリババアだったんだっけ? まあどうだっていい。
こういう時はどうするのが正解なのだろう?
これから始まる逃亡生活を尻目に励ますか、いやまずは針金のお礼だろうか。
「え……と、助けてくれてありがとです。フィオというのです。ジョブは錬金術師で、副業でプリーストをしてるです。」
落ち着かない様子で、手遊びをしている。
なんだか少し恥じらっていて可愛い。
……もう一度だけ言うが、ロリコンではないぞ。だが少しキュンときたのは事実だ。
……大事なことだから二回言うぞ。俺はロリコンじゃないからな。
あ、そうだ。俺も自己紹介しなくちゃな。
「っと、俺はレンっていうんだ。ジョブは……勇者かな。こちらこそ、針金ありがとう」
完全にきまった……!
グッと目を切れ長にして、ほのかな笑みを零す。
コミュ障っぽさを完全にカバーしつつ、爽やかなお兄さんポジションを演出した。こういった気の弱そうな女子には、こんなキャラが適正なんだよ。
まあ全て持論だから、誰にどんな自己紹介をしようと俺は一切の責任を負わないぞ。
「あの……すいません、いつまで手を繋いでいるですか遊び人さん」
「あ、すまん。忘れてた」
咄嗟に手を離して、少し後ずさり。
て……あれ? 今この子『遊び人』って言わなかった? 勇者を遊び人と言い間違えるなんて、とんだドジっ子ちゃんだな。
「俺の職業は遊び人じゃなくて、勇者だよフィオちゃん」
「えっと……言い間違いなのです? 勇者だなんて。遊び人の間違いですか。あとちゃん付けが気持ち悪いので呼び捨てでいいのですよ」
突然の攻撃に言い返すこともできず、俺はただ固まる。
「ツ、ツンデレ属性ってやつか?」
苦し紛れの逃げ道を作るが、それはフィオの真顔で効力を失くした。
まあこの世界では、勇者は最上級職とされていて、魔王を倒した者のみが与えられる職業でもある。
さっきまで豚箱に入れられていた俺を勇者だと信じろっていう方が無理な話か。
ならば、百聞は一見にしかず。
ルックアットマイステータスバー!
フィオの眼前に、自慢のステータスバーを広げる。
ほら、名前の隣! 勇者って…………?
「どうしたですか? 遊び人のレンさん」
フィオの言う通り、名前の横に記してある職業は『遊び人』。要するに無職である。
理解が追いつかず、ただ固まる。
「とりあえず休めるところを探すですか」
ダメな人だと思われたのか、急に仕切り出すフィオ。
いつ俺がダメな人に成り下がってしまったのか。しかし正論には違いないから黙ってついていくことが情けない。
――そこには、年端もいかない少女に頭を垂らして、小鳥のように後を追うだけの勇者の姿があった。
こんなに散々な形で俺の冒険、第二章は始まってしまったのだ。
画像はツギクル様の公式企画より、絵師の武藤此史様から頂きましたフィオの全身絵です!
何故水着なのかは9.5話より明らかになります。