二話目
「ひでー目に遭った」
「私が付いていながら……申し訳ありません」
「いんや、アレは不幸な事故だべ」
俺とテンコは、マップすら開けない事に気付き、取り敢えず太陽の沈む方向へと歩き出していた。
街に着けるかは運だが、やたらテキパキと獣を狩ったり野草を摘んだりするテンコを見て、まぁ、何時迄も旅をしてても死ぬことはあるめえと思ったのである。
「そういや、俺の職とレベルってどんなもんなんかな」
「えーと……アサシンのLv.9ですね。つい先ほどゴライアスクーガーを倒した影響で、1から大分上がったみたいです」
「おお、そりゃ良かった。いや、んだけどもアサシンか……」
二倍以上離れた近接職を上回る火力が瞬間的に出せる職だ。しかし、かなりのキワモノでもある。
まず火力を出す前提として、武器はリーチの短いダガーに限定される。そして、さらに敵に気づかれていないこと、特定の部位を狙うこと、が必要なのである。
瞬間的な火力を求めたければダガーは一本だが、他の職のように持続的に平均的な火力を求めたければ、二本のダガーを持てばいい。
しかし二本のダガーを持ったところで同レベルの近接職に火力は遠く及ばない。精々隠密性能が上がる程度である。
「まぁ、極めれば一体一じゃ最強とも言われるよね。……Lv.9ってことは、シングルスタイルとダブルスタイルは習得してるのか」
シングルスタイルは一本のダガーのみを装備している時、攻撃力が二倍になるパッシブスキルだ。元々の攻撃力があり得ない程低いので、これがないと最下級のエネミーすら倒せないだろう。
そしてダブルスタイルは二本のダガーを装備している時、攻撃力が三倍になるスキルである。手数がシングルダガーと比べて単純に二倍なので、通常時にはスタイルを使ったシングルダガーより三倍も強いのである。
「はい。あとLv.1でようやくアサシンが形になりますね」
「その点じゃミリタントティーガーなんて奴が出てきて良かったかもしれんな」
Lv.10でようやくアサシンらしく隠密行動に意味が出てくるのだ。
「そういや、テンコはマジシャンでいいのか」
「はい。これなら目の届く所にいるマスターなら守れますから」
「さよけ」
職は、その職のレベルを50まで上げないとチェンジできない仕組みになっている。
実は、テンコはその辺凄いことになってるのだが、本人がマジシャンがいいというのならいいのだろう。
「まぁ、その辺のことはいいとして、なんで俺たちはこんなとこにいるんだろな」
「不思議ですね……マスターがこんな近くにいるなんて、当たり前のように感じてる自分もいるんですが、困惑している自分も確かにいるんです」
「俺は……お前が一つの人格を持っていることに驚いているよ。でも、それが当然とも思ってる。そっちの俺は、なんだかここにいることに疑問を抱いてすらいねーんだ」
「でもですね、マスター……私、マスターと直接触れ合うことが何よりも幸せです。たとえ記憶が曖昧であろうと、これだけは今まであり得なかったことですから」
そう言って微笑むテンコ。
場違いに膨らむティンコ。
こいつ、空気ってもんが読めねえのか。
「俺も、そんな感じだ。……そういや、アイテムボックスに色々あったが、ありゃテンコのアイテムボックスとリンクしてんのかね」
「どうなんでしょうか……ちょっと私の武器を取り出してみてくださいませんか?」
「りょーかい」
そして傍らにできた穴に手を突っ込む。テンコの武器ってーと……これか。
ずるずると取り出したのは一振りのカタナである。
イッコケイセイと銘打たれたこのカタナは、少し前までテンコのメインウェポンであったものだ。
「相変わらずすげーオーラだな。なんだこの黒い雷は」
「あはは……」
装備適性レベルは俺のレベルを遥かに超えている。
赤い刀身に薄紫のオーラが纏わり付いて、更に鍔から剣先の辺りにかけて黒い雷が無音でほとばしっている。
まさに妖刀だとか、そんな類のものだ。
「まぁ、俺とテンコのアイテムボックスがリンクしてるってことは分かったな」
「私とマスターの繋がりが増えましたね」
「確かに」
あっさりと死んでしまう俺が、あんな巨大虎を瞬殺できるテンコと繋がっているというのはとても心強い。
イッコケイセイと粗末なダガーをアイテムボックスに仕舞って、代わりに装備適性レベル15程度のダガーを取り出した。
「いやぁ、使わない武器もとっといてよかったな」
「はい。人生万事塞翁が馬、ってことですね」
嬉しそうにテンコが言う。違うんだ。本当は俺がものぐさだから、明らかに使わないような武器もアイテムボックスに入ってるだけなんだ。
「今日はここらで野営しましょうか」
「んじゃ、テント張るか」
日も暮れて、辺りが薄く茜色に染まったところでテンコが野営の判断を下した。
「あ、それは私がやりますよ」
「や、テンコは飯作っててくれ」
「分かりました。任せてください」
素直な子だ。
性格まで理想の娘である。
俺はアイテムボックスからテントを取り出す。
折り畳みタイプの、三角錐型テントである。広さは、まぁ二人くらいならなんとかなりそうなものだ。
慣れない作業に四苦八苦しながらテントを広げ終えると、テンコがなにやらミーアキャットみたいな動物を解体しているところが見えた。
あまり美味しそうな肉には見えなかった。
予想どおりの味だった。途中で拾った匂いの強い香草のような野草がなければとても食べられたものじゃなかった。
空きっ腹は満たされたのでよしとしておく。
今は焚き火にあたりながら食休み中である。
「そういえば、あんまりエネミーには遭わないな」
「私が『臆病者の足取り(ブラオカッツェ)』を使ってます」
「それってローグのスキルじゃなかったっけ?」
「私にもよく分からないんですが、覚えているスキルなら全て使えるみたいです……あ、アクティブだけですよ」
「ほー……」
臆病者の足取り(ブラオカッツェ)とは、エネミーとのエンカウント率を下げるスキルである。あのようなエネミーばかりだと俺がいつくたばってもおかしくないから、というテンコの配慮だろう。
「明日はそれ切っていいぞ。俺もレベル上げないとな」
「大丈夫ですか……?」
相当心配なようだ。
「信頼してるぞ、テンコ」
「そういうことなら、お任せください」
そう言って、俺の肩に頭を乗せる。
傍目では仲睦まじいカップルに見えるだろうか。
俺は、すぐそばから漂ってくる甘い匂いに頭をくらくらさせながらゆらゆらと揺れる火をぼーっと見つめていた。