王妃の死(番外編2)
王妃の死、番外編1を先にご一読いただけますと嬉しいです。
私の母は国内でも有数の名家の一つである、公爵家出身の令嬢だったが、王妃となった。
息子の私から見ても、母は血筋こそ高貴であるが、国内で最も尊き女人である王の妃の位にあるには、その容姿は到底美女とは言いがたく、紫水晶のように澄んだ瞳が美しい女人だった。
私にとっては、この世においてただ一人の私を産んでくれた母であり、溢れんばかりの愛情を注ぎ、育ててくれたひとなのだから、容姿など気にならない。だが、私の父である国王は、至高の地位にある王であり富と権力を誇りまた父は、容姿も優れ秀でていた。
王の愛妾となれば、王の権勢をかさに並みの貴族の夫人では味わえぬ栄華を誇れる。
王の与えてくれる富と栄華だけでも、愛妾となる価値は十分にあるのに、父王の凛とした麗しき美貌は女人の心を奪い恋慕させた。
美貌と権力伴う財力を備えた父王の愛妾とならんと、女人らは様々な手練手管で王の目にとまり後宮の住人にならんとしたらしいが、父王は己にまとわりつくそれらを一切切り捨てた。
後宮に納められていた側妾らにも暇を出し、持参金をつけ国内外の貴族らに下賜した。後宮の側妾らのなかで、最も美しかった伯爵家の令嬢は、隣国の王に望まれ愛妾となっている。
才知に溢れた美女を、父王さえその気になれば幾らでも囲うことが出来たのに父王はそれを拒んだ。
父王の、寵愛を独占し一身に受けたのは、政略にて結ばれた美女とは言いがたき我が母妃だけだった。
父王は母にしか子を産ませず、他の女人を寄せ付けなかった。
嫡長子である私を頭に母は弟と妹、さらに後年経って年齢のはなれた妹を産んだ。
王妃の第一の役目は、王の子を産むこと、それも王統を受け継ぐ王子を誕生させることだ。子の数は多ければ多いほどよいが、まずは正妃の腹より庶子ではなく嫡子をいち早く誕生させれば、王妃としての地位は揺るぎないものとなる。
高貴な出自の女人は、子を産めず、孕めぬこともあるが、母は父王の妃となって直ぐに私を身ごもり、第一子にして王子を産み続いて年子の第二子も王子を産んだ。
私と、私に何かあった場合でも代わりとなる弟を王妃となって数年足らずで産んだ母の地位は磐石たるものになった。
・・・・母の役目は、王妃の役目はその時点で済んだはずだ。二人ではまだ心許ないが兎も角は嫡子の王子が二人いれば、王は他に、望まぬ婚姻で結ばれた、愛などない血筋を継いでいかせるだけの王妃ではなく、己の目で見初め、己で選びそばにおける妾を囲ったところで何の問題があろう。いや、たとえ王妃に子が生まれずとも、妾を寵愛したとて何も憚る必要などないではないか。
周囲の人間も、恐らくは私と弟を産み終えた母も思ったはずだ。母は覚悟をしたはずだ。
数多の人間の思惑は、大いに外れた。
父王は、王妃の部屋にしか足を向けずそれどころか、後宮の側妾らを順に下賜させる、と公言し実行し、後宮の部屋という部屋を空室にし今ではその棟が傷まぬよう、後宮を管理する人間が定期的にはいるだけの、無人の宮にしてしまったのだ。
国中の貴族らも、平民も皆首を傾げたという。
瞳ばかりが美しい、ただそれだけの王妃に王が何故、と。
誰の口からか、王の真意を汲み取った答が示された。
夭折した先の王妃、母の実姉を王があまりに深く愛したためだと。
父王には、母より先に王妃がいた。公爵家の娘であり、母とは父母等しくする姉、没して尚絶世の美女とうたわれ、瑕疵一つなき王妃と称賛された王妃が。
私にとっては、伯母にあたる女人は父王と夫婦だった期間は半年ばかりだったらしいが、成婚当初より仲睦まじく、伯母が病に倒れたおりには政務を行いながらも、憔悴し伯母がなくなったさいには、深く嘆き悲しんだという。
最愛の妻を喪った父王は、王妃を偲ぶための身代わりを望んだ。
それが、伯母の実妹である母だった。
父王は、母を愛しているのではない。短い蜜月を過ごし絶世の美女であり人品優れたかの王妃を偲び、今も尚深く愛しているのだと。
本当に、そうだろうか。息子の私の目から見ても父王と母妃は仲がよい。琴瑟相和す夫婦だ。
周囲の人間らは、何を根拠にか母が父を深く慕っていると思っているようだが、父のほうが母を、母が時に戸惑うほど熱愛しているといるのだ。
母と、亡き伯母は実の姉妹だが、容姿に似たところなど何一つないという。声や仕草、佇まいや雰囲気はにとおっているようだが、髪の色も瞳の色さえも異なり、父母等しくする姉妹だとは、到底思えなかったと。
伯母を、亡き王妃を偲び、身代わりを望むのであれば、容姿が似ていなくてはならぬのではないか。母と伯母は、あまりに違いすぎる。
それに伯母に生き写しだという、母の妹、私には叔母にあたる女人は絶世の美女であるが、父王はそばへ置かず、叔母は望まれて隣国との国境近く、広大な領地をもつ格下の侯爵家へと嫁ぎ、私は数えるほどしか対面したことがない。
叔母は美女には違いなかったが、私は何故か慕う気にはなれず、叔母も叔母で、私たち甥や姪を可愛がる、という感情はないようだった。
また叔母は、生来子を孕めぬようで、夫との間に子がない。嫁して随分経つのだが兆しすらないという。
ここ数年で絶世の容色に衰えがみえ、叔母の夫は側室を新たに迎えることを検討しているときく。
母は三人目の妹を出産後、長らく子を授からなかったが三年前に、第四子である妹を出産した。私とは一回り年齢のはなれた妹で、その誕生に私たち兄弟はよろこんだが、中でも父王は大層な喜びようだった。
遅くに生まれた末娘ということもあるだろうが、私たち上三人がどちらかといえば父王似であるので対し、末妹は母似だった。母と同じ薄い金の髪と、紫水晶のごとき澄んだ瞳の妹は顔立ちまで母によく似ていた。
私たちも、父王に可愛がられたのは可愛がられたが、妹に対しては溺愛してはばからなかった。
言葉を話すようになってきた妹が、珍しい果物を大好きだ、と口にしただけで大量にその果物をとりよせてみたり、妹用の衣装を同じく大量に作らせたりとあの父王とは思えぬふるまいを度々起こし、母妃がその都度やめさせている。
近頃では、なんとなく幼い妹も父王の己に対する溺愛ぶりを察してきたようで、父王の前ではあまりものの好みなどを口にせぬようになってきた程だ。
まだ幼い妹が哀れになるが、私たちや母妃の前では無邪気に好き嫌いを言うので問題はないだろう。
かくいう私も年のはなれた妹が可愛くて仕方がない。兄上、と慕われると何でもしてやりたくなるが、父王の二の舞だけはなるまいと自制している。
父王や私たちが溺愛するせいで、妹はあまりに無邪気に育ちつつあるが、まだ幼いので構わないだろう。
たとえ周囲がなんと言おうと、私たち家族は王家の一族とは思えぬほど円満だ。
父王が母妃を愛している限り続くだろうし、父王は死のその瞬間まで、母妃を愛するだろうから。