prologue
私はここに記しておくことにする。
人生の記録を、私が志したものを、この世界の真実を。
これを、世界に仇なす者に託す。
白い。
視界も頭の中も全てが白に侵食される感覚。
やっとこの時が来た。
肌を刺すような冷たい風が吹き抜け、無機質な音が響き渡る。時折鼓膜を揺らす、炸裂音すらも心地良く感じる。遠くなる意識の狭間で、かつてこの場所で出会った男の顔が浮かんだ。手を伸ばしても、その手に、身体に、触れることは許されない。あと少し、あと少しなのだ。
何も感じない、雲の中にでもいるかのよう。あぁなんて心地いいんだろう。その空間は音も匂いもない。温度すら感じない。これが黄泉というやつだろうか。うまく頭が回らない。
そんな時、何かが鼓膜を揺らした。音だ。いくつかの音はだんだん大きくなっていく。これは人の声だろうか。何を言っているのかなんて聞き取れないけれど。
「___っ!!」
突然襲われた鈍痛に、思わず息を呑んだ。朦朧としていた頭が痛みによって覚醒していく。痛みは暴れまわり、細胞が悲鳴を上げる。
白に覆われた視界に微かな色が映る。これは、赤色。
「朱鳥っ!!」
高く綺麗な声。しかし、頻りに押し寄せる痛みのせいで思考が追いつかない。この声は誰の声だっただろうか。
はらりと何かが顔に掛かる。そうだ、この白い髪は。
「ゆ、・・・きっ」
よかった。声は出るようだ。でも、ひとつの音を出すのも一苦労だ。重い瞼を無理矢理開いてやっと、白の顔が見える。ぽつりと暖かい何かが頬にあたっては流れた。泣いているの。そうか、私は死ぬのか。私は、その事実をすんなり受け入れた。死に直面した日々を長い間、本当に長い間送り続けてきた私には、その事実に驚くことはできなかった。
「朱鳥、いまっ助けるからっ!!」
私は力を振り絞って首を横に振る。白は大粒の涙を流し、口では嫌だと、嗚咽混じりに叫んだ。
その音は、鼓膜を大きく揺らし脳内で弾ける。それだけで、ひどい頭痛に見舞われた。もう、時間がない。
でも、彼女は私の意志を理解している。
今にも手放しそうな大切な何かを、必死に繋ぎ留める。まだ、行くわけにはいかないと。
「しゅ、ぅ・・・やっ」
「柊哉?」
あと少し、もう少しだけ。
まるで誰かと綱引きをしてるようだった。今思えば、その誰かが死神だったのかもしれない。
「あ、のこっを・・・お、ねがっいね」
うまく回らない舌を必死に動かして、言葉を紡ぐ。
白が何かを言っている、気がする。
それすらも、もう分からない。・・・さようなら、あとはお願いね。
そこのない穴に落ちていくようだった。