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空白の居場所  作者: Blank
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entrance

「長かった冬は終わりをつげ、今、ようやく春が来た」

「突然どうしたお前。」


 桜の花は頭上を咲き誇り、花弁は優雅に舞い降りる。まるで、堕ちて人々に踏みつけられる、色を失った花びらを気にかけぬように

 目線を上げると、桃色の景色がスカイブルーに切り替わる。


「この日を祝う青空は、アクセントにいくらかの雲を浮かべている」

「本格的にどうしたお前。キャラ変えて高校デビューか?」


 深淵のような青を湛える青空は、いずれ雲をなくすのだろう。そして単調に、個性を失っていく。

 見上げると首が痛くなっていく。首を回しながら後ろを見る。


「いっつも学校に気をとられてて、見るのは久しぶりだなぁ、この住宅街」

「寒気がするからやめろ。あとそのキャラは絶対に受けない。」


 外観を意識して作られた空錠高校の前に、単なる背景以上の何物でもなくなった街。押し付けられた調和に気付かれることなく、ただ与えられた役割を続ける街。


「てか前見ろ前。現実逃避したいのはわかったからさ」

「リアルはクソゲーって昔偉い人が言ってた!」

「それ世の中では廃人って言うんだ。」

「それはホラ、人種とか宗教とかによって違うんですよ。」

「違わねえよこの無宗教ジャパニーズ。そんな苦手?女子。」

「いや好きだよ。肉の脂身ぐらい好き。」

「お前肉苦手じゃなかった?」

「うん。食べられないよ、肉の脂身なんて。あれは人間の食べ物じゃない。」

「それ嫌いって言うだろ…」

「好き嫌いはよくありません。小学校で教わらなかった?」


 今日は入学式。名門の中高一貫校で男子校として知られていた空錠は、今年から近所の名門女子校と併合し、共学校になる。

 人がそれぞれの理由で緊張している中、涼川伊織は小刻みに震えていた。


「聞いてないよ共学化なんて!男子校は女子いないって聞いたからこの学校入ったのに!詐欺!」

「一昨年から先生に伝えられてたし、去年とか工事結構あったじゃん。」

「認めないよ!たとえ神が許しても、この僕が許さない!」

「そこだけ切り取るとかっこいいんだけど…」

「かっこいいでしょ!だから帰して!」

「やっぱダメ人間だわ、こいつ」


 隣であきれている英樹は、なぜ平気なのだろうか。

 女子とは、世界で一、二を争う恐ろしい生き物である。“社会的弱者”と自称し、“か弱い”ということを武器に、世の男子を笑う存在。「痴漢された」と自称すれば、無罪の男子は社会的に堕ち、反抗し暴力に訴えかければ「いじめられた」と被害者面する。よく通る甲高い声で、少しでもピンチになると仲間を呼ぶ。

 これを強者と呼ばずして何と呼ぼうか。

 騙されて金を貢がされた人間を、伊織は何人も知っている。


「はよ行こうぜ。校門でうろついて何のメリットがあるんだよ、早くあきらめろ。」

「OK。今行く。」


 今ならムーンウォークができるかもしれない。舌を軽く噛んで恐怖を誤魔化し、前へ歩くふりをしながら後退を試みる。


 …おかしい。校門が近づいて来る。天変地異か。それともこれは夢だったのか。そうだ、そうに違いない。これは夢だ。その証拠に頬をつねると痛みを感じ…る。途中でログアウトできるほど現実は甘くないらしい。


 校門をくぐると聞こえる黄色い声。メガネの調子が悪いのか顔を判別できない。


「なんか女子みんな同じに見える…。あれか、モブキャラで背景だから顔が描写されてないのか。」

「いやみんな違うだろ。お前の女を見る目が存在しないだけだ。」

「失礼な!自分の命の保全のためにも、敵から目をつぶるなんてありえないよ。」

「この前小学校時代の友人と電車で一緒になって、名前が出てこなかったんだろ?」

「それはあれですよ、健忘症ってやつ。」

「お前いつか騙されるぞ。」

「大丈夫だ、問題ない」

「フラグ建築お疲れ様~」


 騙されないためにも、女子とは関わりを持たない。それが僕の生き方。君子危うきに近寄らずって、昔中国の偉い人も言ってた。


 会話が途切れると、お互い空気を読んで別れる。グループの付き合いのため、一人と長時間話すのは避けた方がいい。

 無意識に女子が排除された視界に、何人か去年のクラスメイトを見つけた。


「よぅっすぅ。」


 普段いたグループに飛び込む。背中に覆いかぶさり、無意識に作られた笑顔で話しかける。既存の集団に飛び込むなら、底抜けな明るさを見せた方が楽だ。

 このキャラクター(配役)を知っているからか、みんな違和感なく受け入れる。


「あのさ、涼川ってどんな女子が好みだっけ?いた?好みの女子。」


 …まずい入る集団を間違えた。考えれば八方美人まではいかないまでも五方美人くらいではあるのだから、男子校の感覚に麻痺したここに入るべきではなかった。

 …でも、入った以上参加するのがマナーだ。


「僕に嫌悪感をもたない女子。つまりいない」


「あー。お前女子見る目ないもんな…」

「ラノベでヤンデレとツンデレを素で混同するのはお前くらいだしな…」


 どっちも何か言うと暴力沙汰になりますし。何もしていないのに殴られたり蹴られたり包丁で刺される日常系主人公、マジかわいそう。


「てか女子に興味ないって…。お前まさか…」

「ちょい待ち。」

 彼の推論が伝播したのか、周囲も少し足を引く。

「や、そっちの趣味じゃないですから。性欲が乏しいってだけ。」


 その種の誤解は致命的なので、不自然なく否定する。慌てる、どもるは最悪の選択肢。なんで無理やり恋愛に変えますかね…。もっと女子もいるんだからさー。


「君らは好みの女子いた?」

「え、俺金髪ドリルだからなぁ。まだ見てない。」

「金髪って校則でだめじゃね?」

「帰国子女という手がある。」

「なるほど。なら俺もそれで」

「えー、金髪ドリルってお嬢様じゃん?Sじゃん?ダメじゃん?それともお前らMなの?」


 彼らは何を言っているのだろう。英語偏差値40を忘れているのだろうか。

 興味をそらし、付き合い程度の話を続ける。正直女子の前でこの話は続けたくない。出しゃばらず、とはいえ空気にもならず。絶妙なさじ加減で、違和感ないように口数を減らす。


「じゃ、また。」

「おー、後でー。」


 静かになっているのに気付いたのだろう、不自然なく別れられた。

 いくつかのグループで駄弁り、自分のキャラクター(評価)の変動を探る。ガラケー愛用者(自称)でありLineに入っていない以上、自分はクラスのコミュニティーをすべて見れていない。それを補うため、陰口、悪口など見えない変数を予測する。春休みの間に、クラス内序列(スクールカースト)はどう変動したのか。自分の演じるべき姿とは何か。グループの会話だけでなく視線や位置取りから、いつものように自分のあるべき偶像《アイドル》とありたい姿《ヒーロー》を組み立てる。



 仲良くしている友人との会話を済ませ、最後に回ったグループで入学式を待つ。キャラクターは定まった。あとは忠実にいるだけだ。

評価、感想お待ちしております。

感想には誠心誠意をもって返答しますので、気兼ねなく出してください!


更新ペースは…週一…が限界かな?

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