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願いの行方 side神子

 本当にアデルは私のことが好きなのだろうか?この異世界にやって来てから誰よりも近くに居て守ってくれる人。長い付き合いで彼が誠実な人だと理解しているけれど、それでも不安になるのはどうしようもない。だって手を繋ぐのもキスをするのも、いつも私からなのだ。あれだけイケメンだから慣れてると思ってたけど実は奥手だったとか?それとも真面目な性格だから不謹慎だと思ってるのかな?


「ねえ、どう思います?オルトさん」

「そんなの俺じゃなくて本人に聞いてくれよ」

「え~良いじゃないですか。アデルとは親友なんでしょ?」

「まぁそうだが」

「それに恋愛観の違いとかあるかもしれないし。こっちの世界での恋人同士ってどんな感じなのか教えて欲しいんですよ。オルトさんには遠恋中の彼女がいるって前にフィーネから聞いたことあるんです」

「あいつ……」


 オルトさんが腰を浮かしかけるが勿論逃がしはしない。


「取り敢えず、手ぇ繋いだり口付けくらいは恋人なら普通にするんじゃないか?」

「オルトさんも彼女さんとはしました?」

「……まあな。恋人っていうか婚約者だけど」

「婚約者!?え、オルトさんって実は結構良い所の人だったりとか……」

「一応侯爵家に連なるな。って何今更驚いてるんだよ?アデルは侯爵だし、ハロルド様に至っては第二王子様だぞ」


 そう言えば、自己紹介の時に聞いたような。本来ならこうして普通に話すことも出来ない人達なんだと実感する。


「じゃあ、アデルにも婚約者とかいるのかな?」


 侯爵というと貴族の中でもそれなりに上位のはずだ。ましてあの人と為りでモテないはずが無い。


「今はいないな。でも……」


 言いかけて口を噤むオルトファスに、続きは気になるがそれ以上は聞きたくないと心が叫ぶ。それでも好奇心には勝てず、固くなりながら問う。


「恋人がいた?」

「……いや、今はいない」


 今は、ということは嘗ては居たのだろう。いつ帰れるとも分からない旅を前にして別れたのかもしれない。だとすれば原因の一端は私にあるのだろうか。顔にこそ出さないが本当は憎んでいるのかもしれない。だとすれば、告白を受け入れたのは何故だろうか。復讐とか?違う。アデルはそんな人じゃない。私を守ると言ってくれたあの言葉は嘘ではなく、態度で行動で示してくれていたじゃないか。そんな彼を信じなくてどうする!


「ごめんなさい、オルトさん。私ちょっと焦ってたみたい」

「は?あ、いや気にするな。それよりも1度ちゃんとアデルと話してみるべき……」

「もう大丈夫です。私はアデルを信じてるから。きっとアデルなりに私を大事にしてくれてるんですよね」


 きっと深い理由があるんだ。私はもう一度礼を言って部屋を出た。だから残されたオルトさんがどんな表情をしていたのかも知らなかった。





 これは罰なんかじゃないだろうかと思いながら、ぼんやりとその光景を見る。私を庇って大怪我を負ったアデルを助けようとフィーネが代わりにその傷を引き受けた。傷を治すには大きな力がいるからと、治療した時にはいつも蒼白な顔で人を遠ざけていた彼女。まさか治療の方法が自分に傷を取り込む事だとは思いもしなかった。私と同じように呆然としているハロルドも知らなかったのだろう、彼女の治療を一番受けていたのが彼だったから。


「フィーネ!しっかりするんだ。生きて帰ると約束しただろう!」


 悲痛な叫びだった。いつも穏やかなアデルらしくない取り乱しように、どうしようもなく胸がざわつく。こんな時なのに、私は何か大きな間違いをしていたんじゃないかと思ってしまうのだ。


「行きましょう、マヤさん。殿下も」

「しかし!」

「でもフィーネが」

「ここに居ても我々が彼女に出来ることは何もありません。ならばこれまで通り、見ないようにしてやるのが配慮というもの」


 ロドさんは当然知っていたのだろう。何も教えられていなかったのは、私達だけだった。それまでフィーネに何かをしていたオルトさんもやって来て、半ば追い出されるようにして外へ出る。清涼な風に乗って悲鳴が途切れ途切れに伝わってくる。誰も喋る気になれず、ただ黙々と野営の準備をしていく。アデルはフィーネが苦痛に負けないようにする為に残ったのだと教えられた。1人フィーネの側に残ったアデルの食事は全てオルトさんが運んだ。何度か代わろうとしたけど、フィーネは絶対に私には見られたくないだろうからと断られた。眠れない夜が3度やってきて、昼頃に漸くアデルがフィーネを連れてきた。青白い頬には涙の後がこべりつき、手足にはきつく縛られたのか擦れたような痕と青紫に変色した肌が覗いている。


「もうフィーネは大丈夫なの?」

「ああ。最後までよく耐えてくれたよ」


 フィーネの張り付いた前髪を払ってやるアデルの眼差しはとても優しくて、私は唇を噛み締めた。アデルのこんな顔を、私は見たことがない。


「ロダリオン殿。申し訳ないが、」

「焦る帰路ではありません。あと1日くらい遅れても問題ありませんよ。エルフィナ嬢も疲れているでしょうし、ゆっくりお休みなさい」

「すみません」


 余程疲れたのだろう。フィーネをハンモックに寝かせたアデルは、足元の木に腰を下ろすなり座ったまま寝息をたて始める。


 何時もならフィーネが寝ている所には私がいる筈で、思わずそこは私の場所だと叫んでしまいたかった。アデルが意図した訳では無いと分かっているが、心穏やかではいられない。私はフィーネに嫉妬しているのだ。




 アデルの態度は以前と変わらない。優しくて紳士的で、それだけだ。怖くて聞けない問いが私の中で燻っていて、それを口に出来ない自分は醜いと思う。本当はとっくに答えが出ているくせに。


 だからその時が期せずしてやって来た時、私は漸く自分の罪を知ったのだ。


「父上!」

「お父様!」

「とー様!」


 色彩こそ異なるものの思わず溜息を漏らしてしまうくらい愛くるしい子供達が、呼び方こそ違うもののただ1人を目指して駆けてくる。一番早く辿り着いたのは当然年長の子供で、全身でぶつかられたアデルはふらつきながらも受け止めた。


「何故お前達が……?」

「父上とは二度と会えないって母上が仰ったんです。本当ですか、父上?」

「嫌です。いかないでください!」

「いやです」


 兄妹なのだろうか。遅れて抱きついた年少の2人がわんわんと泣きはじめる。アデルは子供達を見下ろし、困惑していた。


「この子達はアデルの子供?」


 漸く私の存在に気付いたのだろう。


 困惑が逡巡へ変わり、戸惑いになる。アデルが頷かないことで子供達は両目に涙を溢れさせ、絶望を浮かべていた。


 悟ってしまった。この子達を、アデルを苦しめているのは私なのだと。


「マヤ……私は、」

「今までごめんね」

「っ、待ってくれ!」


 アデルの心が自分にないことは薄々分かっていた。いつか終わる茶番、それが少し早まっただけだ。


 馬鹿みたい。少し優しくされたからって好きになって。あんな素敵な人が私なんかを選ぶはずがないのに。無我夢中で走っていたせいで足元が疎かになっていた。踏み出した一歩が何も踏まずに宙を蹴る。


「っぶねー……大丈夫かお嬢さん」


 傾いだ身体が後ろから引き戻されて尻餅をつく。安心させるように頭を叩かれて、今し方体験した恐怖にかじわりと涙が溢れてくる。


「オルトさん……私、私は」


 一度箍が外れてしまえば止まらない。恥もなく大声で泣きじゃくった。




 涙を出し切ってしまえば、多少気持ちも晴れてくる。真実が知りたい、そう言う私に頷いたオルトさんは戻る道すがら色々と教えてくれた。


「真実っていうのも曖昧な話だが、お嬢さんは何が知りたいんだ?一つ伝えておくが、俺達はお嬢さんに嘘をついた事は無い」


 そうだろうか?だったらどうしてアデルに奥さんと子供がいる事を教えてくれなかったんだろう。


「そりゃお嬢さんが聞かなかったからだ。けど忠告はしただろう?前にあいつの気持ちが分からないって言ってた時、それをあいつに直接聞いてみろって」

「訊いたら本心を教えてくれたとでも?」

「ああ。それがお嬢さんの望みなら」

「何よそれ。アデルは一々訊かなきゃ何も教えてくれない人なの?」

「あんたはいずれアデルと結婚するつもりだとフィーネから聞いてる。それがお嬢さんの望みなら、障害となるものは極力排除するべきだ」


 結婚したいとフィーネに言っただろうか?


『まずはお付き合いから……』


 まずは。

 ……まさか、それで?


「え?そりゃあ想像はしたけど、付き合ってみて合わなかったら結婚なんてしないし、障害を排除ってなんでそこまでして」

「それはお嬢さんが召喚された異世界人だからだ。俺達はあんたから色んなものを奪って大変な役目を押し付けた。そんなあんたに、俺達は出来る限り報いる義務がある。だからあんたが望めば俺達は全力でそれを叶えるんだよ」


 そんな事私は望んでないと叫びたかった。この世界に喚ばれた理不尽を恨んだ。私には関係ないと詰った。彼らが全力で私の望みを叶える、当然の代償だ。だって彼らは私の人生を滅茶苦茶にしたんだから。でもそのせいで、他の人の人生を狂わせたいとは思っていない。何故なら彼らを知ってしまったから。身近な人間を不幸にしてまで手に入れた幸せは本当の幸せじゃない。


「……アデルの奥さんってフィーネ?」

「ああ」

「私がアデルと結婚したらフィーネはどうなるの?」

「子供達と国を出るか、一生を神殿で暮らすだろうな。兎に角、二度とアデルとは会わない」


 フィーネはどんな気持ちでそれを受け入れたのだろう。私を憎んでいるだろうか?横恋慕したのは私だった。


「何よ。そんな未来、私が望むわけないでしょ!みんな馬っ鹿みたい、これじゃあまるで私がとんだ悪党じゃないの」


 悲劇のヒロインぶる気は無いけど、一発くらい殴っても良い筈だ。私に恥をかかせてくれたんだから当然だ。



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