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願いと葛藤 side護衛騎士

 この身体に傷が奔る度、どうしようもなく苛立ちが募る。真白な柔肌に触れるのも跡をつけるも、全て夫であるアデルレイドだけの特権だ。それなのに、最近の戦闘では誰かしらが傷を作り彼女が治療する回数が増え、その度に心身へ大きく負担を掛けている。程良く引き締まった体は骨が浮き出るくらいに痩せて、顔色も悪い。ここまでフィーネを酷使させる仲間に苛立ち、何も出来ないどころか、自分に頼らない彼女に八つ当たりする自分に嫌悪するのだ。いっそ王命も世界の命運も投げ捨ててしまいたい、そんな思いに駆られた事も一度や二度では無かった。


 家族や世界から引き離されたマヤは確かに被害者だろう。有無も言わさず異界より喚ばれて命運を押し付けられ、当初は拒絶していても今では自らの使命とする姿には、この世界に生きる者として感謝に絶えない。彼女の献身に報いる為に最大限望むものを叶える、それが義務だと言われれば納得する。だがそれは、本当の心を押し殺してまで叶えるべきなのだろうか。


 神子の護衛という立場は常に神子の心身共に添う者として付き従う為に、旅を経て将来的に結ばれる事が圧倒的に多い。その為、歴代の護衛として選ばれるのは独身男性が多く、実は同行者もその基準で選ばれている。そもそも、今回の召喚は一部の神官による独断で行われた。神子の召喚は最終手段であり、本来であればまずは手持ちの戦力で魔王撃破を目指す。運が良ければ数年持ち堪える事が出来るし、実際に魔王を倒した例もある。その間万一に備えて召喚の手筈を整えておくのが常套手段であり、安易に異界人を頼らない仕組みになっていた。


 ところが今回に限っては魔王の出現した場所が悪かった。神殿を抱える聖王国の膝元だったのが、恐怖心から一部の神官を暴走させることになった要因だ。その上、当代随一と言われるフィーネが休職中だったのも災いしたのだろう。マヤには決して言えないが、各国が保有している今代の戦闘力は歴代でもずば抜けており、神子の召喚は必要なかったというのが各国の見解である。聖王も同意しており、大規模な遠征では無いのもそれが理由だ。聖王の同意ではないとはいえ、勝手に召喚を行う形になった責任を果たす為でもある。王は国でも屈指の騎士であり、遠征部隊の指揮官として選出していたアデルレイドを護衛にした。直ぐにでも確保出来た適当な人材がいなかったのが理由だ。本来の護衛候補達はまだ成長の途中であり、その他の同行者候補達も同様である。各国の助けを得られない状況では仕方のない事だった。


 慌ただしく旅立って3年が過ぎ、行程は終盤に差し掛かっている。個体数こそ少ないが魔物達の強度は過去に比べて格段に上がっていた。第二王子という荷物も大きい。これまた責任の体裁を整える為に選ばれた人物だが、彼だけが唯一純粋な同行者だろう。即ち、神子の伴侶候補であり、王家に迎える事で不手際とはいえ喚ばれた神子を手厚く保護するという態度を各国に見せつける狙いがある。


 当人達だけは気付いていなかったが、隠された王の思惑に気付いた他の者達はあの手この手を使ってなるべく2人をくっつけようと、旅の最初から画策していたのだ。ところが奮闘虚しくマヤはアデルレイドに恋心を向け、第二王子といえば近頃の様子を見るにフィーネに惚れている節がある。誰にとっても最悪の事態だった。


 恋心を打ち明けられた時点で断りたかったが、付き合えと願われれば断れない。神子の願いを叶えなければならない、それがアデルレイドを苦しめる。なるべく他人行儀に接していた筈がどこで間違えてしまったのだろうか。旅を終えて求婚されたら、アデルレイドからは拒否出来ないのだ。神殿も王も、アデルレイドの想いを知りながら離婚を受理し婚姻届を認めるだろう。そうなればフィーネは子供達はアデルレイドの前から居なくなる。恐らく国が彼女等を蔑ろにする事は無いだろう。だが二度と会うことは叶わない。それだけは耐えられなかった。


「貴女を愛しているんだよ、フィーネ」


 最初は妹としか思っていなかった。軍閥でも屈指の名門である両家は、それぞれ秀でた技が剣に魔術と違う方向性を持っていたが、そり合わない両翼には珍しく長い付き合いがあった。そのせいもあって子供達も気軽に両家を行き来しており、幼馴染であり親友でもあるオルトファスの家へ行けば、彼の妹も交えてよく遊んだ。フィーネは人形遊びよりも木登り、刺繍よりも読書を好む子供だった。その頃には既に許嫁と決まっていたから、漠然と彼女と暮らす未来を描いていたように思う。一緒にいるというよりも子守をする時間が多かったが、人懐こい弟とは違ってやや人見知りなフィーネが自分に懐く様はそれなりに可愛いかった。


 家の力に甘えるのではなく自分の力で進みたくて、見習い騎士を何人も世話しているクレヴァー家の扉を叩いた。クレヴァー家では身分関係なく門戸を開いていたから、様々な人と出会うことが出来た。基礎教養は勿論のこと、年頃の青少年が集まっていれば自然と大人の遊びも覚えていく。もう1人の親友だったレイナルド様と宮中で再会する頃には、見習い時代に培った経験から色恋の駆け引きには慣れていた。娼館の女達に比べれば、貴族の女達と渡り合うのはとても簡単だった。義務で結婚する貴族にとって、婚姻前に遊ぶ事はよくあることだ。同時に何人もと付き合うのは面倒な為付き合う相手は常に1人だったが、一晩の相手はその限りではない。自ら望むことは殆ど無かったが誘われれば拒絶する理由もなく、その当時は来るもの拒まず去るもの追わずの姿勢で女達の間を渡っていた。


 フィーネと久しぶりに顔を合わせたのもそんな時だ。オルトファスから折に触れて聞いてはいたが、成長した彼女は子供の頃の面影を無くして大人の女性になっていた。緩やかに癖のついたストロベリーブロンドの髪は結わえることなく流され、薔薇色の瞳は知性を湛えている。生成り色の神官服は若くして彼女が最高位の神官であることを示しており、未来を期待されている優秀な人材である事が窺える。この時点ではまだ神官たり得る技を知らなかったが、甘やかされた令嬢とは違う強い意志を持ったフィーネに好意を抱いたのは確かで、結婚生活も上手くやっていけるだろうと確信した。


 神官が敬われる一端を知ったのはそれから数日後のことだった。演習中の事故で部下の2人が重傷を負ったのだ。応急処置で治る度合いを超えており、軍医の判断で神殿に連絡を入れた。程なく早馬に乗って連れて来られたのがフィーネともう1人の上級神官、それと馬を駆ってきた2人の聖騎士だった。聖騎士とは神殿に属する騎士の事で、彼らはアデルレイド達とは違って神に仕えている。見せるものではないからと責任者だったアデルレイド以外の人間を追い出した上で、その場で神官の治療が開始され、他者の傷を自らに取り込み癒す術を目の当たりにした。大怪我であるほど苦痛は長引き、痛みに意識を失ったり自傷行為を起こさせない為に聖騎士が身体の自由を奪って意識が飛びそうになれば刺激を与える。その光景はアデルレイドに強い衝撃を与えた。治療を安易に神の御技と信じて、ただ神に祈る神官を軽んじていた自分を殴ってやりたい。


 永遠にも似た時間は実際にはほんの僅かな時が流れただけだったが、この時からフィーネに向ける感情は一変した。傷付く彼女を守りたいがフィーネが神官である限りそれは不可能だ。とはいえ仕事を辞めさせようにもただでさえ神官の数は少なく、余程の理由でなければ任を解かれない。それならば心労を少しでも慰めてやりたかった。この感情に名前をつけるならば恋ではなく愛なのだろう。アデルレイドはフィーネを愛していた。


 彼女と結婚し充足感を得ることが出来た。家庭を持つ喜びを知り、家に帰れば愛しい妻が居て子供達の笑い声が聞こえてくる。歪で享楽的な貴族の生活とは違う、本当の意味での幸せがそこにはあった。寛げる穏やかな場所は心地良く、それを齎してくれた妻や子供達は何にも勝る宝物だ。今更失うなど耐えられない。


 義務と本心で板挟みになりながら、アデルレイドはフィーネをきつく抱き締めた。

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