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理不尽な願い side神官

 召喚された神子様はとても可愛らしい方でした。身分制度も戦もない所からやって来たそうで、良くも悪くも天真爛漫な方です。随分と幼く見えますが実は20歳と聞いた時には驚きましたが、衣装合わせの際に見せて頂いた身体は確かに成熟した大人のものでした。無邪気ですが危うい。アデルレイド様が心配なさるのも無理はありません。




 魔王までの道のりは険しく、ある程度慣れている私ですら辛いものでした。何もかもが未知なるマヤ様(神子様の事です)の心労は如何程であったのでしょうか、それでも気丈に振舞われる姿はご立派で、そして休まらない心を案じる日々でした。それもある時を境に憂いが取れ、きっと夫が何かしたのでしょう。親密度を増した二人の関係を頼もしく思いながら旅は中盤に差し掛かろうとしていました。


「あのね、フィーネ。実は私、アデルの事が好きなの!」


 相談があるからと男性陣を追い出したマヤ様は、魔物に立ち向かう凛々しい神子様ではなく恋する乙女の姿でした。同行者の中では唯一の女性、それも年が近いとあって今では勝手ながら親しみのようなものを感じています。そして恐らくマヤ様も同じように思っているからこその発言なのでしょう。


「フィーネはオルトさんと付き合ってるのよね?お願い、協力して」


 私は唖然としました。旅の間中は互いの職務を全うする為に、私達の関係をマヤ様には教えていません。だからこその勘違いでしょうが、残念ながらオルトファスは実の兄です。


「付き合っているというのは交際しているという意味でしょうか?でしたら、私とオルトはそのような関係ではありませんよ」

「えっ、そうなの?何時もオルトさんと一緒にいるからてっきり」

「役割上、共に行動することは多々ありますが、それはあり得ません」

「えー……でも、よく目で追ってるしもしかしてオルトさんの一方通行とか?」

「あれは単に心配しているのでしょう。オルトとは付き合いが長いので、庇護欲を捨て切れないのでしょうね。それに彼には想い人が他にいますよ。よく手紙で遣り取りしているようです」

「あれって報告とかじゃなかったんだ……そう言えばフィーネもよく手紙を送ってるよね」

「ええ。家族と」


 一番上の息子は簡単な文字が書けるようになって、面倒を見てくれているアデルレイド様のご両親が近況の手紙と一緒に同封してくれるのです。娘と末の息子もそれぞれ絵を描いてくれていて、辛い旅の慰めになっていました。


「そっか。みんな家族とか大切な人がいるんだよね」


 沈んだ声音に、マヤ様の悲しみが見えます。私達がマヤ様とご家族を引き離してしまった……。


「ええ、いますよ。マヤ様も勿論その中の1人です」

「ありがとう、フィーネ!私もフィーネ達みんな、とっても大切な仲間だよ」

「光栄です。それで相談についてですが……」

「あ、うん。えっとだからね、」

「具体的にどこまで協力すれば宜しいでしょうか。将来的には結婚するおつもりですか?」


 神子で在られるマヤ様が望めば、大抵のことが通ってしまう。それは1人の人生を奪った代償による神子の権利であり、救われる者達の義務である。


「け、け、結婚!?」

「あら、好き合う者の行き着く先は結婚でしょう?マヤ様のお国では違うのですか?」

「それはちょっと飛躍し過ぎというか、まずはお付き合いからかな」


 それはつまり、恋愛を楽しみたいということでしょうか。


「でしたら簡単です。告白して付き合ってくださいとお願いすれば、叶えてくれますよ」

「そ、そうかな?」

「ええ、あの方が貴女を拒むことはないでしょう」


 とても義務感溢れる方ですから。ほんの少しだけ過った痛みを無視して私は頷いた。




 マヤ様には及びませんが、神官である私も少しながら魔を打ち消す力を持っています。特に傷口に入り込んだ穢れを打ち消す時には、繊細な操作を必要とする為、回復役でもある私がするしかありません。


 今回、戦闘中に負傷されたのはハロルド様でした。魔物の一撃を食らったせいで傷口にまで穢れが及び、何時もの痛みだけでは済みません。

ところで治癒術といっても魔力を消費するだけの簡単な方法ではありません。どちらかと言えば傷を肩代わりするものです。傷を負った痛みを受け入れながら、自分は何も怪我をしていないと思い込む。意外な方法ですが、錯覚することで怪我を無かった事にしてしまうのです。怪我をしていても痛くなければ気付かない、逆に痛ければ怪我だと思い込み体が反応してしまう事もあります。それを利用したのが治癒術で、だからこそ仕組みを知っている兄は人一倍私を気に掛けているのです。少しでも痛みに負ければ、怪我を負うのは私ですから。


 穢れの場合、そこに悲しみや妬みなどの負の感情を伴う為、更に苦痛が増します。負の感情を打ち消しつつ痛みにも耐えなければならないので相応の覚悟が必要となります。しかも今回は傷口が深いので時間が掛かるでしょう。既に意識が持って行かれそうです。


「きつめに……縛って……さい」

「だが、」

「分かりました」

「アデル!それでは肌に傷が、」

「自傷行為をさせない為に必要なことです。更に負担を与えたいのなら別ですが?文句を言うなら次からは戦闘中に怪我をしないよう気を付けてください」


 理性を保つために傷口へと爪や牙を立てる事もあります。それをさせない為の拘束であり、決して緊縛を楽しんでいるわけではありません。


「負けないで」


 一瞬だけ触れた頬の温もりが離れていく。彼もそして兄も、私が苦しむ姿を見せたくないと知っているから、厳重に木に巻きつけると置き去りにします。長い夜になりそうでした。




旅は続きます。宿屋で部屋を取る時は1人ないし2人部屋であることが多いのですが、今日は1人部屋でした。のんびりと寛いでいると扉を叩く音がして、開ければそこにはアデルレイド様がいました。マヤ様本人から付き合っているのだと聞いてからは余計に距離を置くようにしているのですが、1人部屋になると必ず彼がやって来るので困ります。

「フィーネ」

「お待ちくださいアデルレイ……んっ」

流されないように、強く腕を突っ張って拒絶します。再び距離を縮められないうちに、私は早口で言い募りました。

「駄目です!マヤ様が隣にいらっしゃるのですよ」

「だから?貴女はまだ私の妻だ」

(まだ……)

つきんと心が痛む。旅を終え、国に帰った暁には、彼の隣にいることは無いのでしょう。それが世界を救う代償ならば甘んじて受け入れるしかないのです。抵抗を無くした私の身体から、性急な手つきで服を拭い去られ、身体を暴かれる。旅に出るまではこんな乱暴にはされなかった。優しく大切に扱ってくれたのも、私を妻だと認めていてくれたから。であれば、こんな処理をするだけの行為は、最早名目上だけの存在に成り果てたということなのか。遠退く意識に委ねながら、何故か悲しいと感じました。

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