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始まり side神官

 私の夫、アデルレイド様に嫁ぐことは、子供の頃より決められた未来でした。物語のように許婚同士が成長過程で恋をして、などというロマンスも私達の間に生まれる事はなく、あるのは義務感だけです。


 訂正しておきますと、私は決して夫の事が嫌いではありません。何方かと言えば好きな部類に入るでしょう。家の力を持ってすれば何もせずとも騎士の称号を与えられるところをわざわざ正規の手順に沿って見習いから始め、実力で今の地位を得た事は尊敬しているし、家や地位を無闇に振りかざすのを良しとせず、公平に他者と接するところは好感が持てます。


 私自身、年頃になるとそれなりに異性へ胸をときめかせたり恋愛もしましたが、結局世間に逆らう程の出会いには恵まれず、予定通り16になると同時にアデルレイド様の元へ嫁ぎました。


 嬉しい誤算だったのは、婚約時代は兎も角、結婚してからは少なくとも私に気取られない程度に彼が誠実だったことです。アデルレイド様は、侯爵家の嫡男である事に加えて若くして将校の地位に就き、王太子殿下との信頼厚く左腕としての将来を嘱望されている。すらりとした姿に引き締まった肉体を持ち、王女であった母親から受け継いだ銀の髪は王家の証です。水色の瞳は端整な面持ちとあいまって一見冷淡にも見えますが、浮かべる表情は本人の気質通りに凛々しくて穏やかでいらっしゃいます。そんな輝かしい肩書きを持つ男を世の女達が放っておく訳がありません。そして彼は全てを拒むほど野暮な性格でもありませんでした。遊び人とまではいかないが、それなりに浮名を流していた、とは彼と王太子を加えて親友であるところの兄情報です。


 私は結婚をしても夫を束縛する気はありませんでした。勿論義務として最低限跡継ぎだけは設けてもらわなければならなかったし、非嫡出子に姓を与える事だけは拒否しましたが、愛人を作ろうと別居しようと受け入れるつもりで意見を伝えもしました。


 ところが、5年経った今も彼は良き夫、良き父で在り続け、それなりに穏やかな夫婦生活を送っていたある日の事です。


「魔王の討伐隊に選ばれたよ」


 異界より魔を打ち消す力を持った神子様が喚ばれて後、忙しいとの理由で帰宅しなかった夫が日を跨ぐ頃に帰ってきました。その時丁度生まれたばかりで夜泣きする我が子に乳を与えていた私に、やや憔悴した面持ちの夫は大事な話があると切り出し、先の発言に至ります。


「……そうですか」


 眠気は瞬時に吹っ飛んだのに、混乱した頭が上手く働きません。いつの間にか我が子が乳を離していることすら気付いていませんでした。


「出立は来月の初めになるだろう」


 慣れた手つきで我が子を寝かせた夫に夜着を整えられて漸く、私はのろのろとアデルレイド様を見上げました。


 重い剣を握る分厚い掌に両頬を包まれる。


「泣かないで、フィーネ」

「私は泣いてなど、」


 服の上からではわかりにくい固い胸板に抱き寄せられる。


 薄いシャツからは愛用している香水と夫本来の嫌味のない、嗅ぎ慣れた香りが染み付いていて心を落ち着かせてくれます。


「すみません。少し取り乱してしまいました」


 目を腫らした顔はさぞみっともないだろうと俯きながら言いました。


「いや。急な話で驚かせた私が悪かったよ」


 あやすように一定の感覚で背中を叩かれる。


「名誉なお役目ですもの。ご帰還召されるまでご武運をお祈り致しますわ」

「ああ、嬉しいよ。と言いたいところだが実は……貴女にも同道するよう命が下っているんだ」

「わたくしも、ですか?」

「国は最高戦力をもって事態の収集を図ろうとしている。産後間もない貴女を連れて行くことは私もレイナルド様も反対したのだけれど」

「他に誰が居りますの?」

「要となる神子様と見届け役に第二王子ハロルド殿下、神子様の護衛役の私、道案内兼調整役のロダリオン・スロウダー殿、世話役兼回復役の貴女、魔術師としてオルトファスの6人だ」

「まあ。お兄様も御一緒するのですか?よく王太子殿下が許されましたね」

「過酷な道行きを考えれば、お年を召した陛下の側近方ではお辛いだろう。となれば、多少実力が劣っても若手を選ぶのは仕方ない。必然、レイナルド様の周りから選ぶ事になる」


 次期王である王太子殿下の側には次世代を担う優秀な若手が揃っています。国を長期に亘って空ける事も考えれば、軍備の要となる将軍や魔術師長を空席のままにせずとも、経験差はあるが何れも劣らぬ実力のある若手を選ぶのは当然でしょう。


「こればかりは仕方ありませんわね」

「私は神子様から離れられないけれど、せめて貴女だけでも出立までは子供達との時間が取れるよう、殿下が取り計らって下さった。顔合わせや準備で呼ばれる事はあるだろうが我慢して欲しい」

「いえ、寛大なご配慮に感謝しますわ」


 神子は神殿の管轄になる。旅の同行者に選ばれたからには、休職中の身であっても本来夫同様に神子の側に控えていなければならない立場でした。


「子供達には辛い思いをさせるな」

「今は分からなくても、何時かは分かってくれますわ」

「その何時かが来る前に帰れるよう努力しよう。当分、貴女を独り占め出来ないのは辛いが、出立まではあの子達に譲るよ。私の分まで甘やかしてやってくれ」

「お許しいただけるのでしたら、出仕する際には子供達も連れて参りますわ。少しでもお父様との時間も与えてやってください」

「ああ、フィーネ!貴女は素晴らしい人だ。それくらいは陛下も許してくださるだろう」


 綻ぶ笑顔で抱き締められる。2度、3度と口付けられる内に、背中に添えられていた手が明確な目的をもって動き出します。


「今日だけは私に独り占めさせてくれ」


 それまでとは違う熱っぽい眼差しで促され、私は頬を染めながら頷きました。臀部を掬うように抱き上げられて子供部屋を後にする。甘い夜の始まりでした。


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