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三題噺 第28話

作者: 桜月雨天

三題噺 第28話

 お題 気象予報士、建設現場、骨折


   ◇


注意情報


『午前10時です。これからの一時間の天候についてお知らせします。地上部は晴れて風も穏やかでしょう。高層部は時折雲がかかりますが風に散らされますので長く視界を妨げることはなさそうです。なお、高層部低域では、気温の上昇に伴う解氷が予想されますので、結氷のみられる足場での作業に際してはスリップによる事故に十分注意を払って下さい。続いて、各部の詳しい天候について……』

 建築機械の作動音が低く唸り、金属を打つ音が鋭く響く建設現場に、よく通る声のアナウンスが流れる。毎時0分に、時報を兼ねて流れる一斉気象予報だ。地上から高くそびえる高層建築の、地上部から高層部にわたるすべての現場の天気を放送している。この放送のほかに、一日の予報や一週間の予報なども別途行われているらしいが、高層部の一作業員に過ぎない俺の耳には入ってこない。俺の働くこの現場においては、定時の天気予報がありふれた日常なのだ。


 気象予報士。

 彼らは、いわゆる天気予報の人として世間では認知されているだろう。もちろん、この建設現場にあっても、天気予報という面に変わりがあるわけではない。そもそも、気象予報とは、地上のみならず高層大気の状態をも加味して行うものであり、その結果を地上部のものだけでなく高層域の予報としても発するというだけのことだ。ただ、高層建築の現場で気象予報が行われているということには、それなりの理由がある。

 建築が高層化の度合いを高めていく中で、建設現場における高層部の気象情報は、安全確保という面で非常に重要なファクタとなっていた。高層部の気候は低温と強風とが基本の前提となる。そこに加えて、流れてくる雲が視界を妨げ、ときに氷の礫が襲い掛かるなど、地上が穏やかであっても決してそれと同じに考えることはできない。さらに、そんな悪条件の下、着込んだ防寒着による動きにくさが加わり、事故発生の危険性がより高くなっていた。そこで、建設現場の高度別の気象予報を細かく出すことで、危険を回避し、作業の安全を確保、もって工事の円滑な進行を確保するため、建設現場の専属の気象予報士の配置が一般的になっているのだ。

 この現場でも、気象予報士は施工開始当初から配置されていたといい、建築物の高層化が進むにつれて配置される人数も増えていったと聞いている。俺の働くフロアを担当する気象予報士は、俺と同じくらいの時期に雇われたらしく、強風の吹き荒れるこの高度では、1時間に1回の定期予報だけでは安全を確保できないとして、さらに30分ごとの予報を出していた。また、医療班に寄せられた怪我人の情報とも結びつけて、どういう天候の際にどういう怪我が発生しやすいかを統計的に把握し、予報に合わせて怪我に関する注意情報も喚起していた。

 その日、発達した低気圧が近づいていたために、午後から待機小屋での待機が命ぜられ、ロクに仕事にならないまま消灯の時刻を迎えた現場に流れた気象予報も、トーンが少し違うだけで、ただの、よくあるちょっとした非日常だった。

『午後9時です。接近中の低気圧は、今夜の夜半過ぎにかけて当建設現場付近を通過する見込みで、猛烈な暴風雨が予想されています。構造内部においても、流れ込んだ風による乱気流が発生する恐れがあり、特に高層開口部からの流入による吹き降ろしの旋風が発生すると見込まれます。資器材の確実な固定と照明設備の点検を行って下さい。今晩の夜間照明は全点灯です。飛来した物体による怪我及び風に煽られての転倒に伴う骨折が予測されます。待機小屋からの外出は避け、万一の外出に際しては、床のある場所においても安全帯を確実に装着し、手すりから手を離さないように……』


 作業員が寝静まり、吹き荒れる風の音を強固な壁の外に聞く穏やかな夜は、突然鳴り響いたけたたましい警報音で終わりを迎えた。ビービーとやかましく叫ぶ警報が意味するところは、鉄骨の破断。その意味を俄かに信じられず、待機小屋の作業員が静かにざわめく。現場監督によって現場確認が指示され、構造内部にまで流れ込んだ黒雲の中、応急工作セットを担いだ作業員たちが、有線電話のケーブルを延ばしながら、警報を発するセンサの設置ポイントを目指して階段を登っていった。暫くの後、暴風雨の轟音に掻き消されそうになりながら、電話の向こうで声ががなった。

『信じられない!雷撃だ!とんでもない雷撃で、鉄骨が……、いや、“腕”が折れる──』

 メギメギメギと、建造物全体に響く低い破砕音さえ、暴風雨の轟音にかき消され、その振動だけを身体に感じながら、俺は現場監督が発する総員退避の指示を遠くに聞いていた。


 赤道直下に建設されていた宇宙エレベータの基部、地球側のアンカーとなる建造物。それは、静止衛星軌道上から垂らされるケーブルが、対流圏の気象の影響を受けないように、対流圏の頂上、つまり地上17kmの高さまでをガードするための堅牢な筒であり、地球側の“腕”と呼ばれていた。

 その建設現場付近を通過した嵐の翌朝、ニュース画面に映し出されたのは、超望遠でさえ霞む遥か上空でポキリと折れた“腕”の姿と、落下の過程でバラバラに砕けた破片が散乱する地上の惨状。ニュースキャスターが、死者が一人も出なかった奇跡を、バベルの塔を破壊した神が唯一見せた優しさだったのだろうかと解説していた。


Fin.

プロットだけは速攻できてたのに、文として形になるのに異様に時間がかかってしまった謎の作品。

なお、実際に宇宙エレベータ建造にあたって、対流圏の気象の影響を排除するための筒が必要なのかどうかは知らないです。

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