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メメント・モリ

生命線

作者:

深幸くんがわたしの手首を握り締める。

血が流れて止まらないわたしの手首を、握って離さない。

手首の先の手の平や指の感覚は無くて、深幸くんに掴まている手首の部分だけが、厭に熱かった。


「はなして、」


わたしは口先だけの抵抗を述べる。

離して欲しいだなんてちっとも思っちゃいない。だけど、何か言わずにはいられ無かったのも確かだ。


「わたしのこと、嫌いな癖に、好きじゃない癖に、こんなことしないで。わかってるんでしょ。わたしがこうして手首を切ったのだって、あなたに構って欲しかったからだよ。くだらないでしょ。わたし、嫌な子でしょう?」


深幸くんはいつもと変わらぬ仏頂面のままで、だけどわたしの言葉を受け止めて何も言わないままでいる。

昔からあなたの静かな横顔が好きだった。

好きで、いつ見ても綺麗で、その横顔に似合わない仏頂面も、度の入っていない眼鏡も、大好きで、たまらなく好きで、惹かれていた。

わたしの傍らに深幸くんが居てくれるなんて、夢のような話で、わたしなんかが見てはいけない夢、幸せ過ぎる夢。

だけどね、深幸くん。

わたし、そんなのは厭なの。


「痛いんだよ、離して。」


ほら。

深幸くんが黙っているから、わたしの口がまた動いた。

こんなこと、わたしだって言いたくないのになあ。

手首の傷よりも、この馬鹿な口を、塞いで欲しいのになあ。

深幸くんは、わたしに何もしないから。

キスもセックスも、たった一言の「好き」と言う言葉も。


「……痛いのは俺だ、」


深幸くんは、溜め息混じりに言った。


「お前は、ばかだ。」


深幸くんは、苦しそうな顔でわたしをばかと言った。

深幸くんはいつも私に厳しい。

それでも深幸くんがわたしにくれる言葉は、なんだってわたしの宝物になる。

わたしを決して甘やかさない深幸くんの優しさだと、知っているから。

右手首に走る痛みも、そこから伝わる体温も、深幸くんの何もかもが愛おしくて、今此処で死んでいけたらいいのにって思った。

だけど、それすら、わたしには叶わなくて。

わたしのこの身体で、何かを叶えるなんて無理なことで、大層なことで。


「深幸くん、もう離しても大丈夫だって、」


だってもう、わたしの右手首の血は止まっている。

どころかナイフで裂いた皮膚は、再生している。そのことを深幸くんは知っている。言わなくても深幸くんだけは知っている。

本当は最初から、深幸くんがわたしの右手首を抑える必要すら無かったのだ。

この、わたしの死ねない身体じゃ。

わたしの身体が、放っておいたって死なないし勝手に生き返ることを、深幸くんが一番知っている筈なのに、それでも深幸くんは「いやだ、」と言って、わたしの手首を離さないでいた。


ああ、やっぱりここで死んでしまいたいと願ってしまう。

死ねない身体なんてやっぱり嘘で、ただ魔法みたいに治癒能力が高いだけで、夢みたいに此処で神様がわたしの願いを叶えてくれないだろうか。

不老不死を証明する術なんて、本当は何処にも無いのに。

いつかはやはり死んでしまうかもしれないのに。

それが百年先だか千年先だか、そんなことは誰にもわからない。ただただわかるのは、わたしが死ぬとき深幸くんは傍にいないということ。

だけどそれは、やっぱり深幸くんの所為じゃない。

深幸くんは化物とも取れるわたしの、傍にいてくれているだけだ。


「ごめんなさい、深幸くん。」


わたしは深幸くんに謝る。

これが最後の言葉だったなら、本当に良かったのに。

そんなわたしの頭を深幸くんは優しく撫でて、わたしの肩を引き寄せると、そのままぎゅっと抱き締めて言った。



「好きだよ、花京。」



好きと言う言葉を、深幸くんの口から初めて聞いた。

深幸くんに名を呼ばれて、私は目を閉じた。




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