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第6話 吸血貴族は陰りのさす笑顔がお好き

「聞こえなかったか? 吸血貴族であるわらわにおぬしの血をささげよと言っておるのじゃ。そのためにこの家に住むのじゃからのう」


「やっぱり住む気なのかよ……だからいきなり見知らぬ他人を住まわせるわけには――」


「わらわの命令が聞けぬというのか? では力づくで従わせるしかないのう。おぬしなどこの右手一本で軽々とひねりつぶせるぞ。それとも魔法でおぬしの心の臓をじわじわしめつける方がよいか?」


 挑戦的な、というより嘲笑的なイオネラに、雄斗は心の中で前言撤回した。

 やっぱりこいつ、態度が不遜だ。


「平民であるおぬしは血を吸われた以上、わらわに付き従う義務があるのじゃ。観念してわらわをここに住まわせよ」


「あのなあ、イオネラ……いまの立場わかってるか? 人の首筋に勝手にかみついておいて、家にいさせろとかありえねえし」


「ありえないのはおぬしのほうじゃ。仮にも貴族であるわらわがおぬしのさきほどからの無礼な態度を寛大な心で見逃してやっているというのに、その言い草はなんじゃ? 礼を失するにもほどがあるぞ。

 このわらわに付き従えるのじゃから、血を吸われてありがたいと思われても、疎まれる理由はないはずじゃ。いまからでも遅くはない。頭を下げて謝れば許してやるぞえ」


 ああ、いっぺん本気で殴りてえ……。

 雄斗は突き上げた右の拳を最後の理性で抑えつつ、なかばふるえた声で告げた。


「イオネラ、いい加減にしろよ。もう茶番は飽き飽きだ。お前に俺の血は吸わせねえし、家に住まわせるなんてもってのほかだ。

 だいたい、力でひねりつぶすとか、魔法を使うとか、そんなんで無理やり他人を従わせようとか、本当の貴族のやることか? 俺、貴族とかよくわかんねーけど、『誇り高き』とかいうんなら、そんな力任せのやり方じゃなくてほかのやり方があんじゃねーの?」


「ぬ……」


 雄斗の言葉に、イオネラは口をつぐんだ。


「だろ? だいたい、お前が本当に吸血鬼なのかもわからねえし、貴族かどうかも知らねえ。それにそもそも吸血鬼だろうが貴族だろうが、いまのこの国じゃなんの権力もねえんだよ。

 なのに『わらわに付き従えるのじゃからありがたく思え』なんていわれても全く通じねえっつーの。もう少し自分の立場を理解しろよ。ったく、いつまでお姫様ぶってんだよ。いまのお前はただの力バカでしかないってことをそろそろ自覚しろって――」


 場の空気がしん、と重くなる。

 すぐに反論がくるかと雄斗は思ったが、イオネラは彼の言葉に打ちのめされたように両の目を見開くだけ。

 漂う沈黙。


 ……ちょっとキツく言っちまったか……。


 雄斗が若干後悔し始めてフォローの言葉をかけようとする。

 しかしイオネラは神妙な顔つきのまま視線をさまよわせると、先に畳から立ち上がった。


「……そうじゃな。わらわが貴族だと言ったところで、ここは見知らぬ辺境の土地じゃからのう。通じるはずもない。赤の他人であるおぬしの家に住むなど、無理難題じゃったな。すまぬことをした」


 さきほどまでの高慢一点張りだった雰囲気から一転、急にしゅんとしおれたイオネラは、くるっと背を向けてとぼとぼと部屋を出て行こうとする。


「ま、待てよ。ちょっと言い過ぎた。すまん」


 謝る雄斗に、イオネラはゆっくりと振り返り、陰りのさす笑顔を向けた。


「いいのじゃ。わらわの方こそ言い過ぎた。吸血鬼だの、貴族だの、おぬしの前で虚栄の権力を振りかざしてすまなかった。……フッ、わらわもバカじゃな。ここが見知らぬ土地で、時代も異なることなど全く考えず、直情的にただ自分の主張を繰り返しておっただけなのじゃから。いま思い直すと、自分が恥ずかしい。そんな状況で、この家に住みたいなどと……。おぬしの言う通り、わらわはいますぐここを出て行くこととしようぞ。じゃが、あれから六百年もたっておるから、わらわのことを知る者もいないじゃろうし、身寄りなど望むべくもない。今から住まいを決めるのも難しかろうのう……。おそらくしばらくは橋げたの下にでも宿をとることになるじゃろう。じゃが、それも仕方あるまい。見知らぬ時代の、見知らぬ土地なのじゃから、わらわは異物として扱われるのが当然じゃ。でもわらわはあきらめぬ。先祖が復活を信じ、わらわの魂を死骨に封じ込めてくれたことで、せっかく得られた二度目の命じゃ。この時代を精一杯生き抜くため、どんな屈辱にも耐える所存じゃぞ。たとえ雨風に打たれながら眠りにつくことがあろうとも、一日のうちに一度も食事にありつけずとも。わらわはこの世に生きるうれしさをかみしめながら、いかに貧しくとも誇り高い貴族として一日一日を過ごしていくつもりじゃ。おぬしには悪いことをしたな。もし道端で会っても、わらわのことなど無視してくれてかまわぬぞ。邪魔したな。では」


 イオネラはひととおり告げると、力なく引き戸の向こうへ消え去ろうとする。


「ま、待てよ。俺、なにもそこまで言ってねえから――」


 引き止める雄斗に、イオネラはゆっくりと振り返り、いまにも壊れそうな笑顔を向けた。


「みなまで言うな。わらわがおぬしに迷惑をかけたのは事実なのじゃ。いきなり他人の屋敷に上がり込んで住まわせてくれなどと、ぶしつけもいいところじゃ。おぬしの言うとおり、確かに貴族のあるべき姿ではないな……フッ、わらわも調子に乗っておったわ。ずっと暗く狭い棺おけの中に閉じ込められておったから、解放されたことに少々はしゃぎ過ぎておった……。いいのじゃ。わらわのような卑しい心の持ち主は、雨風に打たれながらぼろぞうきんのように過ごすくらいがお似合いじゃ。新しい血を得られなければやがて魔力が途切れ、この顔はわらわのものではなく、元の『バイオロイド』とかいう者の顔に戻るじゃろう。そうすれば見知った者がわらわのことを捕まえようとするじゃろうな。その過程で、ひどい目に遭わされるやもしれぬ。じゃがそうなっても仕方あるまい。わらわはこの世に生きるうれしさをかみしめながら、いかに貧しくとも誇り高い貴族として一日一日を過ごしていくつもりじゃ。おぬしには悪いことをしたな。この家で、一瞬でも違う世界を見られて楽しかったぞ。では」


 イオネラはひととおり告げると、力なく引き戸の向こうへ消え去ろうとする。


「ま、待てって! だから俺、なにもそこまで言ってねえから――」


 引き止める雄斗に、イオネラはゆっくりと振り返り、白くはかない笑顔を向けた。


「おぬしは優しいな。じゃが、その優しさにいつまでも甘えているようではいかんのじゃ。特にわらわのような吸血貴族はな。といってもおぬしにはいまだに信じられぬじゃろう。なにを世迷いごとを。この国で貴族を主張するなんて馬鹿げている。そう思っていることじゃろう。……フッ、わらわとしたことがこの世の理解に欠けておったな。しかし、最後にこれだけは信じてほしい。わらわは取りつくろっているわけでも、何かを演じているわけでもない。わらわには貴族としての所作がすっかり染みついてしまっているのじゃ。それがおぬしを不快な気持ちにさせてしまったのならば、この場を借りて謝ろう。もうわらわのことなど一切忘れてくれてかまわぬ。家など無くとも心が錦であれば、今後の人生、案外明るいものになるとわらわは信じている。だからいかに貧しくとも誇り高い貴族として一日一日を過ごしていくつもりじゃ。おぬしには悪いことをしたな。もう二度とおぬしの血を吸いたいなどとは言わぬよ。では」


 ……なんかものすごく罪悪感を感じるんですけど。

 三たび消え去ろうとするイオネラに、雄斗は立ち上がり今度こそ全力で引き止めた。


「いや、俺が言い過ぎた。すまん。お前の言う通りなら、住むところもない、話を聞いてくれるところもないって、なんとなく想像ついたろうし。よく考えれば、もう外は暗い時間なのに、女の子一人外へ放り出すってのも危険っつーかなんつうか……」


「――だから?」


「だから、まあ……、行くとこが無いんなら、しばらくの間くらいは俺の家にいてもいいぞ」


 その瞬間、イオネラは瞳を輝かせた。


「家に……いてもよいのか?」


「ああ。ま、しばらくの間だけ……な」


 雄斗がそう答えた瞬間、イオネラは戸口をかけ出したかと思うと、いきなり雄斗に抱きついてきた。


「おわっ!? ちょっ、なんなんだよ急に!?」


「うれしいぞ! よくぞわらわの思いに答えてくれた!」


 無邪気に抱擁してくるイオネラに、雄斗は思わず顔を赤くする。

 ふだん女の子に接する機会など皆無な彼は、緊張で鼓動が高鳴っているのを感じた。


「って、いい加減離れろって!」


「おぬしは単純じゃな! まさかわらわの演技をこれほど簡単に真に受けてくれるとはのう!」


「ん?」


 イオネラの一言に、雄斗は急に感情が冷める。


「む、どうかしたか」


「イオネラ。いま『わらわの演技を真に受けてくれるとは』って言わなかったか?」


 雄斗の問いに、一瞬、イオネラの顔がこわばる。

 だが彼女は雄斗の肩に両手を置きつつ、引きつった笑みを浮かべる。


「フ、フフフ……まさか。わらわは『時計の水をトンボにかけのぼるとは』としか言っておらぬぞ」


 言い訳が崩れすぎてもはや意味不明だった。


「……イオネラ。無理にウソをつかなくてもいいから」


「なっ!? わらわはウソをついてなどおらぬぞ? 本当に時計の水をトンボに」


「もうわかったから。話せば話すほど白々しくなるだけだから」


「だからウソなどついておらぬというのに」


「イオネラ。それ以上言うなら即刻この家から出て行ってくれ。俺もお前のことはきっぱり忘れて――」


「!! す、すまぬ、この通りじゃ、許してくれい。おぬしのいうことなら何でも聞くから、どうかこの屋敷に住んでやってもよいぞ?」


 そうして再び焦りの色を全面に出すイオネラ。

 捨てきれないプライドとあいまって言葉がわけのわからないことになっているが、とりあえずもう貴族の誇りも何も無い。


「……本当に何でも言うことを聞くんだな?」


「う、うむ。あ、『血を吸わないこと』というのは無しじゃぞ? それではわらわが飢え死にしてしまう」


「分かってるって。それよりもまず、イオネラの怪力。それを家では脅しに使わないこと。約束だ」


「あ、ああ! それくらい、たやすいことじゃ。承知した。家ではわらわの力は使わないこととしよう」


「それさえ守ってくれりゃ、とりあえず住んでもらっていいよ」


「それだけか? ほ、本当に、それだけ守っておればいいのじゃな?」


「ああ。その代わり少しの間だけだぞ。そんなに長くは住まわせられ――」


「やっぱりおぬしはイイやつじゃな! わらわの目に狂いはなかったぞ!!」


 そして再度雄斗に抱きつくイオネラ。

 基本的には高慢な態度だが、ときにこうやって喜んではしゃぐ分には幼いヤツだな、と雄斗は同い年であるはずの彼女に締め付けられながら感じた。


「って、だからいちいちハグするなっての!!」


「なぜじゃ? 我が国では当然のスキンシップじゃぞ? それなのになぜそんなに顔を赤くしておる?」


 当然のように雄斗の腰に手を回しながら、間近で見上げてくるイオネラ。雄斗は困った顔をするしかなかった。


「だからなぁ……」


「だから、なんじゃ?」


「…………」


 雄斗の口から思わずため息がもれた。本当にこれでよかったのか、と自問しながら。

 そしてここに、柊家における、吸血貴族イオネラ・シェーンベルクの現代生活が幕を開けたのだった。





















「ところで訊くが、おぬしの名前はなんというのじゃ?」


「いまさらかよ!」


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