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第5話 吸血貴族は畳部屋がお好き

「ほほう、これがおぬしの屋敷か」


 雄斗が自分の家の居間に上げると、イオネラは興味深そうにキョロキョロと周りをながめはじめた。


「なかなかにせせこましい空間じゃな。特に天井が低い。じゃが、床の心地よさは格別じゃ。この素材は一体何じゃ?」


「その前に、いますぐクツを脱げよ」


 雄斗は畳の和室に土足で上がっているイオネラに強く命じた。


「ぬ。シェーンベルク家の人間に平民であるおぬしが命令するなどとは、これは即刻吊るし首の後、三日三晩焼き打ちの刑に」


「いいから早くクツを脱いで玄関に置け」


 相当イライラのたまっている雄斗の視線に圧され、イオネラはおとなしくクツを脱いだ。


「フ、フフフ……しかたあるまい。異国の文化を学ぶことも、誇り高き貴族の使命というもの。決しておぬしの命令に従ったわけでは」


「何でもいいから。とりあえず座れっての」


 あくまで強がるイオネラにむしろ尊敬の念さえ湧いてきた雄斗。

 このふてぶてしさは才能だな、と彼には感じられた。

 雄斗の家の居間は六畳一間。中央に大きな木製の低いテーブルと、座布団が二つ。

 あぐらをかいて座る雄斗に対し、イオネラはなぜか三角座りで座布団に座る。


「……不思議な空間じゃな。クツを脱いで話し合う場とは。わらわがクツを脱ぐのは寝室だけじゃ。おぬしの国の文化はなかなか興味深いのう」


「へいへい、お褒めに預かり恐縮です。って、んなことはどうでもいいんだよ」


 雄斗はテーブルをこつきながら言った。


「聞きたいことはたくさんあるんだけど……とりあえずお前、一体何者なんだ?」


「だから、わらわはシェーンベルク家の跡取り娘にして第一主権者、イオネラ・シェーンベルクだと」


「ああ、それは分かったから。で、お前、何年前のキャラのつもりなんだ?」


「何年前……? キャラ……? おぬし、言っておることが意味不明じゃぞ?」


「いや、う~ん……どう質問すりゃいいんだ……」


 雄斗はこめかみを指で押さえながら考える。

 何を聞けばいいのか分からない、というわけではなかった。最初に何を聞けばいいのか、その優先順位に彼は悩んでいるのだった。


 こいつが中世ヨーロッパの吸血鬼だ、ということなどとても簡単には信じられない。

 百歩譲って吸血鬼であったとして、ではどうやっていままで棺の中で過ごしていたのか。

 バイオロイドの体に乗り移ったのなぜか。

 動くはずの無い人工の体なのになぜ普通に動いているのか。

 俺をはがいじめにするほどの怪力はどこから出てきたのか。

 魔力とは何か。

 そもそも何で日本語が話せるのか――。

 聞きたいことがありすぎて、どれから尋ねればいいのか分からない。

 ひととおり考えた彼は、ひとまずイオネラの言い分にあわせてみることにした。


「え~と……とりあえず、俺の勝手な想像で話すんだけど」


「うむ」


「お前は――」


「わらわはイオネラじゃ。お前ではない」


「ああ、すまん……。イオネラは、古代ヨーロッパの吸血鬼の一族で、いままでずっと棺おけの中に閉じ込められていたのか」


「ヨーロッパというのが分からぬが、わらわはトランシルヴァニア公国の吸血貴族じゃ。十六歳のとき命を奪われたのじゃが、霊魂をわが死骨に移す術法により、棺おけが開かれるまでこの世にとどまっておったのじゃ」


「十六歳……」


 俺と同い年か。だいたい予想は当たっていたわけだ。

 雄斗は猫目で背の低い目の前の彼女を見ながら、うちの高校にいても留学生といえば違和感は無いなと思った。あくまで見た目は。


「それが、なんで今の今まで棺おけの中にいたんだ」


「我らシェーンベルク家はわらわが一族で最も若かったからのう。わらわが死ねば家系が途絶える。それだけは何としても阻止せねばならんと、ほうぼうの魔術師たちを集め、わらわの魂を死骨に封じたのじゃ」


「で、いまの体は?」


「魂だけの存在じゃから、棺おけが開かれればわらわの媒体となる体を探さねばならぬ。ひとまず最も近い同姓の人間に取り入ったのじゃが、あの女は自我が強くわらわが取り入る余地が無かった。

 それで、次の体を探したのじゃが、これがなかなか心地よくてな。驚くくらい全く自我が無く、それでいて体も余計なものに染まっておらず清らかじゃ。血が少ないのが大きな欠点じゃが、それを除けば理想的な体じゃのう」


「理想的って……イオネラ。それ、人間の体じゃなくて、人造人間なんだけど」


「じんぞうにんげん?」


「人がいろんな素材を組み合わせて作った、人間っぽいけど人工の体だってこと。人間の体じゃねえんだよ」


「人間……じゃない……?」


 イオネラは目をぱちくりさせた。


「そんなはずはない。わらわはこれに取り入ってから、何も問題なく過ごしておる。血の欠乏を除けばな。それにそもそも、人間がすでに完成された人間を作ることなど、できるはずがなかろう? それは神と悪魔だけに許された所業じゃ」


「そのまさかが、俺の時代では起きているんだよ。その体は人間そっくりの外見と、人間と同じように機能する内蔵を備えた、人工の人間なんだ」


「……? ひとつ訊くが、この世界はいったいいつなのじゃ?」


 いつ、と言われ、雄斗は困った。


「いつっつってもな……西暦、で通じるか?」


「うむ。わらわは西暦一四○八年に没したぞ」


「いまは西暦二○一三年だ」


「にせ……!?」


 イオネラの顔に驚愕の色がありありと出た。


「……いやいや。おぬしも面白い冗談をいうのじゃな。わらわが六百年も眠っていたなどと……」


「じゃあ、一体何年後だと思ってるんだよ」


「……二十五年後くらいだと」


 かなりの希望的観測だな、と雄斗は思った。


「いまは二○一三年。お前がいつ生まれたかは知らねえけど、いまはとにかく吸血鬼なんてはるか遠い国の、古い時代の怪物でしかないんだよ」


「ちょ、ちょっと待て」イオネラが止める。


「おぬし、はるか遠い国と言ったが、ここは一体どこなのじゃ?」


「日本だ」


「NIHON……?」


 絶対わかんねーわな。雄斗はため息をついた。

 雄斗も、イオネラの言っていた「トランシルヴァニア公国」がどこにあるのかはよく知らなかった。

 ただ、イオネラが入っていた棺おけの貸与国であるルーマニアがヨーロッパの国であることは知っていたので、ここがイオネラの国からはるか遠い場所であることは確かだと思っていただけだった。


「ニホンとは、馬車でどのくらいの距離なのかえ? もしや十日以上かかるほどの辺境か?」


「十日どころの話じゃねえと思うけどな」


「なに!? そのようなところにこれほど文明の発達した国があるとは……わらわの教養不足であった。それだけ離れていれば、見たこともない物の数々を目の当たりにするのも仕方あるまいな」


 時間のギャップを距離の遠さで埋め合わせたな。雄斗は心の中で苦笑した。

 でも結局のところ、こいつは何者なんだろう。

 テレビで見ていた限り、こいつの体はバイオロイドのそれだ。でも顔は違うものになっている。

 本人は魔法で顔を変えたとか言っているが、まさかそんなことが信じられるわけがない。

 何かタネがあるに違いない。文明の発達したこの世に魔法なんて、ファンタジー系小説・アニメ・ゲームの類だけで通用する話だ。

 言動も相変わらずどこぞのお姫様気取りだ。

 どうせアニメか何かのキャラになりきっているだけだろう。

 体はテレビでみていたバイオロイドと服装がたまたま似ているだけだ。そう雄斗は思っていた。

 理由は分からないが、俺の前で演技をしてみせているだけ――


 だが――

 だが、彼女の表情や言動にはなぜか真に迫るものがある。そのことが雄斗の推測をぐらつかせていた。


「お前……」


「イオネラじゃといっておろうに」


「ああ、すまん。……イオネラは、ほんとに六百年前の吸血鬼なのか?」


「おぬしの『今が西暦2013年』とかいう話が本当ならばな。六百年前ということになる。だが……そうじゃのう」


 イオネラは少し沈んだ面持ちになる。


「それだけの時が過ぎておれば、わらわのことはおろか、わが家系を知るものもおらぬじゃろうし、このような「ニホン」という辺境の国ならばなおさらじゃ。

 しかし今現在、わらわがシェーンベルク家の者であるという証拠は持ち合わせておらぬ。いや、よしんば持っていたとして、わらわのいた時から六百年後のこの時代、わらわのいた場所から遠く離れたこの国では通じぬじゃろうな」


 そうして深く思いに沈むイオネラ。


「思い直せば、わらわが誇り高き吸血貴族であるということが、おぬしにはなかなか理解しがたいかもしれぬ」


 イオネラが深刻そうに眉を寄せた表情をつくる。

 不遜ふそんな態度が目立つ彼女だが、いちおう分別はあるらしい。

 六百年前に生まれた、という彼女の言い分を信じたくなる気持ちも、雄斗の中にわずかに芽生える。


「いや、まあ……俺も、いきなり現実離れしたこと言われて戸惑ってる部分もあるし。吸血鬼っつっても空想の世界の話でしか知らねえから……正直、何をしてやったらいいのかわからねえんだけど」


「うむ。では早速、おぬしの血を吸わせるのじゃ」


「…………は?」

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