第24話 吸血貴族は妹の血がお好き
〈幾多の【放浪者】達の活躍により〉
〈第七惑星『エレス・テレル』の闇は取り払われた〉
〈四六時中空を覆っていた灰色の雲から一条の光が差し込み〉
〈暗黒がたちこめる地上を百五十年ぶりに照らし出す〉
〈鬱屈の象徴でしかなかった雲の下でうつむいていた人々は〉
〈初めて希望に満ちた顔で空を見上げた〉
〈敬虔な妖精の少女は青く透き通った瞳で〉
〈初めて見る目の前の光景に両手を組んで祈りをささげた〉
〈ありがとう――〉
【ラスト・クエスト コンプリート!】
パソコンのディスプレイ画面に踊る表示をながめながら、ツグミは最高の達成感と満足感に浸っていた。
今日もTシャツにショーツだけという部屋着のツグミの顔は、いつもにも増して極度の疲労を呈しており、目の下のクマはもはや沈着しいくつ重なっているか判別がつかないほどだった。
目は充血を通り越し血走っており、長く伸びた桃色の髪はくたびれ、毛先の変色はよりいっそう進行して髪の三分の一にまで達しようとしていた。
それでもツグミの目の奥にある光ははっきりと活きていた。
自分の成し遂げた成果を目の当たりにしながら。
クライシスソード・オンライン、第三部完全クリア。
ただのクリアではない。全ての「放浪者」――百万人近いプレイヤーの中で、一番最初にゴールにたどり着いた。そのことが、疲れ切った体からツグミの精神を切り離し、高揚させていた。
エンディングがひととおり終わると、画面は再び「放浪者」の集まる場面に戻る。
ツグミのパーティがクリアした時点でそのことは全ての放浪者に通達されており、画面にあふれる様々な種族の千差万別な装備を身につけたキャラクターどうしのメッセージはそのことでもちきりになっていた。
CSOの公式サイトに移動してみる。
そこには大きく「第三部のラスト・クエスト、ついに陥落!」の文字。
下には公式キャラクターである案内役の妖精『フィリア』の「な、なんと! ついに『エレス・テレル』に巣食っていた悪魔『千の目のデスヘラード』が勇敢なパーティによって倒されました! 第七惑星に平和が戻り、これでクライシスソードの第三部の世界は全て救われました! 放浪者のみなさん、本当にありがとうございました!!」というセリフが掲載されていた。
私――
やったんだ――。
ツグミは一瞬でも気を緩めればそのままイスもろとも倒れそうになる気持ちをこらえ、暗い部屋で一人感傷に浸る。
これで――
(これで――終わり)
ツグミはだれにも聞こえないような小さな声でつぶやく。
そして気がついたようにイスに座りなおすと、慣れ親しんだゲーム用の黒いマウスをすばやく動かし、サイトの左にある「コミュニティ」のボタンをクリックした。
画面が切り替わり、「【Crisis Sword Online】パーティ こみゅ!」のページになる。
ツグミはログイン状態になっているページをホイールで下へたぐり、パーティ仲間のメッセージ履歴を読んでいく。
そしてTabキーでメッセージ欄に飛び、キーボードをたたいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【Crisis Sword Online】パーティ こみゅ!
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Party/Crisis Blader
891 :不束者:2013/07/10(水) 16:12:10 ID:IjbUA3ko0
終わったね
892 :ノボル=D=サキヤマ:2013/07/10(水) 16:12:25 ID:LU9jeIgr4
終わったな……。
893 :シルフィ:2013/07/10(水) 16:12:40 ID:eiUfe8T79
終わったよね
894 :不束者:2013/07/10(水) 16:12:58 ID:IjbUA3ko0
……みんな、最終勝ったのに、湿っぽくない?
895 :シルフィ:2013/07/10(水) 16:13:20 ID:eiUfe8T79
そんなことないよ! シルフィは最終クエ全国一位で突破できて最高に幸せです!
896 :ノボル=D=サキヤマ:2013/07/10(水) 16:13:41 ID:LU9jeIgr4
だな。てっぺんとったどーw
897 :不束者:2013/07/10(水) 16:14:12 ID:IjbUA3ko0
乾杯だよね。どこで乾杯しよ? オフで集まっちゃう? とか言ったりして。
898 :ノボル=D=サキヤマ:2013/07/10(水) 16:14:20 ID:LU9jeIgr4
あ、いいね! 俺は全然OK。
899 :シルフィ:2013/07/10(水) 16:14:34 ID:eiUfe8T79
あー、シルフィは悩むなぁ……。
900 :不束者:2013/07/10(水) 16:15:13 ID:IjbUA3ko0
でも一回くらい。CSOの第3次クエ最終クリア全国一位記念! デスヘ戦ほんと緊張した~。
901 :ノボル=D=サキヤマ:2013/07/10(水) 16:15:28 ID:LU9jeIgr4
だよな。俺も指先ちょっと震えたw
902 :不束者:2013/07/10(水) 16:16:00 ID:IjbUA3ko0
私もw クロさんが死にかけたときとかほんとコマンド一瞬遅かったら危なかったし。いま思い返してもぞっとする
903 :ノボル=D=サキヤマ:2013/07/10(水) 16:16:17 ID:LU9jeIgr4
あれ、リーダーは? 発言ないけど大丈夫?
ツグミは閉じかかるまぶたを必死に押し上げながら、入力した文字を確かめてEnterを押した。
904 :クローディア:2013/07/10(水) 16:16:34 ID:MagCe75kJ
生きてるよ
905 :不束者:2013/07/10(水) 16:16:54 ID:IjbUA3ko0
クロさんどう? オフで集まってみない?
906 :クローディア:2013/07/10(水) 16:17:35 ID:MagCe75kJ
うーん……いいけどとりあえずいまひどく眠気が侵攻中。いったん寝たい
907 :ノボル=D=サキヤマ:2013/07/10(水) 16:17:49 ID:LU9jeIgr4
もしかして俺達が午前中寝てる間も回復エーテル集めてた?
908 :クローディア:2013/07/10(水) 16:17:55 ID:MagCe75kJ
あたりまえじゃん
909 :不束者:2013/07/10(水) 16:18:22 ID:IjbUA3ko0
どうりでアイテム欄が充実してると思った。クロさん心から尊敬するわ。だからぜひ会いたい!
910 :シルフィ:2013/07/10(水) 16:18:32 ID:eiUfe8T79
シルフィはちょっと……かな。
911 :不束者:2013/07/10(水) 16:18:53 ID:IjbUA3ko0
なんでー? クロさんが来るんだよ? シーシ憧れのw
912 :シルフィ:2013/07/10(水) 16:19:19 ID:eiUfe8T79
だからこそ余計に。。。クロさんは遠い存在だからこそ価値が
913 :ノボル=D=サキヤマ:2013/07/10(水) 16:19:57 ID:LU9jeIgr4
とりあえずリーダー寝かせてあげたら? 長丁場だったし。また明日のいつもの時間に集まればいいだろ。
914 :不束者:2013/07/10(水) 16:20:16 ID:IjbUA3ko0
了解。みんなおめでとー♪ ほんとうに感動したよ!
915 :シルフィ:2013/07/10(水) 16:20:47 ID:eiUfe8T79
シルフィもお役に立ててよかったよ。特にクロたんの! CSOの伝説に名を残したからね!
916 :クローディア:2013/07/10(水) 16:21:21 ID:MagCe75kJ
ラストバトルはみんながいないと勝てなかったよ。ほんとにありがと。
917 :ノボル=D=サキヤマ:2013/07/10(水) 16:21:37 ID:LU9jeIgr4
リーダー、ゆっくり休んでね! ってかふつつか、いつになく積極的だなw
ノボルのコメントが書かれたコミュニティ掲示板を見ると、ツグミはここでひと区切りだと目をつむり、赤いヘッドホンをとってそのまま床へ力なく取り落とした。
昨日の明け方から一睡もせず、休憩すらとらず三十六時間。
ツグミはCSOの最後のクエストに文字通り全身全霊をかけて取り組んでいた。
圧倒的なトップで最終クエスト入りした昨日。
だがそれから思うように進まずいったん他パーティに抜かれる時間帯もあった。
しかしそこから盛り返し、最終ボス「千の目のデスヘラード」戦へ。
それからは持久戦。
他の仲間が落ちた時間もツグミは黙々と地道に回復アイテムを稼ぎ、今日の午後三時に最終ボスへ最後のアタック。
見事消滅させ、CSOの世界に平和をもたらしたのだった。
疲労困憊といった表情でツグミはパソコンの画面から目を離すと、隣にあるベッドにイスから直接身を移した。
もうろうとする意識の中で、ツグミはほのかな感慨に浸っていた。
私――やったんだ。
やっと、日本で一番に――。
心地よい思いに満たされた中で、急激な眠気に襲われるツグミ。
ベッドにあお向けになりながら気が抜けたように天井を見つめていると、だんだん意識がまどろんでいく。
緊張から解き放たれ、ツグミはそのまま深い眠りの底へ――
だが、そのとき。
とつぜん部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
(……えっ?)
わずかに残った薄い意識を入り口に向けるツグミ。
そこには――
ほぼ毎日彼女が目にしていた、正体不明の吸血鬼――イオネラの姿があった。
ツグミはベッドの上で上体を起こし、その闖入者を認識した瞬間、顔を引きつらせた。
(どうしてこんなときに私の部屋に……もう勘弁してよ)
鍵をかけておくべきだったと後悔しながら、うんざりした表情で、ツグミはイオネラの方をにらみつけた。
「私の部屋にまで入ってきて……何のよう」
心から面倒そうにツグミが問う。だが、イオネラは答えない。
ただ入り口で立ち尽くし、こちらを見つめてくるだけ。
その目を見て――
ツグミはイオネラのただならぬ雰囲気を敏感に感じた。
「――な、何よ……」
いつもと違う。
いつもむやみやたらと雑談をもちかけてくる人とは明らかに違う。
まるで獲物を狙うかのような、見定めたかのような視線――。
いつものなれなれしさは微塵も無く、人が変わってしまったかのように凶暴な瞳が、そこにはあった。
ツグミの眠気が吹き飛ぶ。 恐れを感じ、ベッドの上で後ずさる。
だがすぐに端へ突きあたり、それ以上イオネラから遠ざかることはできない。
そこへ、イオネラが告げた。
「血じゃ……血がほしい……ツグミ、血をよこすのじゃ……」
とたん――
イオネラが、まっしぐらにツグミへ押しかけた!
「ちょ、ちょっ……とっ!?」
ツグミが避ける間もなく、イオネラはものすごい勢いで飛びかかると、ツグミをベッドに組み伏せた。
「ツゥゥゥゥゥゥグゥゥゥゥゥミィィィィィ!!」
まるでホラー映画の怪人のごときくぐもった低い声を発し、イオネラは牙をむいた。
「なっ!? ちょ、ちょっとなに? なにするのよ!!」
「もうガマンできぬ……わらわはツグミの血を吸うぞ。よいか? よいな? イヤとは言わせぬぞ!」
押さえきれない欲望をぶつけながら、乱暴にのしかかってくるイオネラ。
ツグミは必死に抵抗しようとするが、とても女性のものとは思えないような力でがっちり手足を押さえ込まれて身動きが取れない。
「血って……ちょっ、本気なの? や、やめて……キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
平穏だった柊家に、救いを求める少女の声がひとつこだました。




