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キスでさよなら~魔女の恋

作者: 高沢りえ

 第6回 らぶドロップス恋愛小説コンテスト 落選作






「ビジョっていうより、マジョだよな」

 高校生の頃、そうからかわれたことが、いまだに忘れられない。

「美女木 美紀」。自分の名前を好きだと思ったことは、一度もない。「美」が二つも入った名前のわりに、ぱっとしない容姿で、名前を言うたびによく笑われた。

 真っ黒な髪は生まれつきの天然パーマ。のばせば多少はましかと思ったのに、きつく結んでもワックスで固めても、二限目にはすでにあちこちぴょんぴょん立っているしまつ。幼稚園のころからメガネをかけるくらい視力も低く、黒縁のぶあついメガネがなければ、なにもみえない。肌が弱くて、やけるとすぐ黒ずむ。

 浅黒い肌で背が小さく、メガネをかけた天パの女の子は、おせじにもきれいだとは言えなかった。

 この上、性格が内気とくれば、ばかにされても言い返すこともできず、かといって笑われているのに一緒になって薄ら笑いをするのもいやだった。

 静かな図書室の奥の奥、狭い二人掛けの閲覧席が定位置で、そこに座って本を読むときだけが、ほっとできたのだ。

 奥の棚には誰も開かないような古い全集や古典が、うっすらほこりをかぶっていて、そうした誰も手に取らないような本を取りだして開いてみるのが好きだった。

「もうすぐここ、閉めるけど・・・・・・」

 小さな文字がぎっしりつまった古い本を眺めていたある日、ふと声がかかった。

「それ、おもしろい?」

 顔を上げると、背の高い人がこちらを見下ろしていた。窓からさしこむ夕暮れの光が、その人の笑顔をやさしく照らしていた。

「じゃましてごめん。それを手に取る人がいるなんて、珍しくて」

 三年の城田学は、図書委員だった。一年生に親しく声をかけるほど気さくな城田は、美紀が日本の古典が好きだと知ると、目を輝かせた。

 古事記から、万葉集、源氏物語、風姿花伝。

 一人でひっそり楽しんでいた本のことを、口に出して語るなんて美紀には初めてのことだった。向かいの席に座って、うなずきながら話を聞いてくれる城田に、美紀はすぐに恋をした。

 城田はけっして美紀をマジョさんなんて呼ばなかった。バスケ部のエースにして、女子からの人気も高い彼を、図書室で独占できるのが心からうれしく、誇らしかった。

 美紀も彼の前では、心から笑うことができたのだ。


「マジョのやつさ、調子に乗ってるんじゃねえの」

 小さなささやきが耳に入ったとき、美紀は思わず手を止めた。城田と廊下で話しているところを、数人の女子に見られた次の日だった。女子の視線が冷たいのはいつものことだったが、バスケ部の男子もその話を聞きつけたのだ。

 あこがれの先輩が、美紀と面識があるということすら信じられなかったにちがいない。

「間違いだろ。城田先輩が、あんなのと?」

「先輩、笑ってたって。あの先輩が。マジョが、魔法でもかけたんじゃね」

 あんなの。その言葉が、胸にささるようだった。

 美紀はごくんと息をのみ、逃げるように教室をでた。

 図書室に向かいかけて、美紀は足を止めた。城田は今日の当番だ。きっと、図書室にいるだろう。でも、これ以上一緒にいるところを誰かに見られたら、彼にも迷惑がかかるかもしれない。

 泣いてしまいそうだった。悲しいよりも、自分に腹が立った。どうして、堂々としていられないのだろう。美女木美紀でなにが悪い。名前も顔も、自分で選んで生まれてきたわけじゃないのに。とやかく言うクラスメイトも、こんなことですぐ泣く自分にも、腹が立つ。

 きびすを返してトイレに逃げ込もうとしたときだった。

 誰かとぶつかった。そのひょうしにメガネがずれて、抱えていた本が数冊ばたばたと落ちた。

「すいません」

 美紀の小さな声にかぶさるように、冷たい声がひびいた。

「いってえ。マジョさん、前、よく見てくれる?」

 かれたような男子の声だ。メガネを直そうとしたところ、ひょいと奪われた。ぼやける視界と、こみあげる涙。美紀は叫んだ。

「返して!」

「マジョが、吠えたぞ。呪われる」

 はやし立てる声と、せせら笑う声。投げ捨てられたメガネが、かしゃんと床のうえに落ちる音がした。つきとばされ、結んだ髪をつかまれた。

「マジョとチューしたい人ー!」

 この上なく残酷な、人を踏みにじって気にもとめない脳天気な声。美紀は胸ぐらをつかまれ、座り込みそうになったところを無理矢理立たされた。

 こんな子どもっぽいいじめが、自分の身にふりかかるなんて、信じられなかった。

「やめて」

 ぼやけた視界に、ぐいっと引き寄せられ、唇が触れあった。

 湿った、気持ちの悪い感触。

 それが、美紀のファーストキス。

 最悪の思い出だ。



 イヤな夢。思い出したくないことを、何度も何度も繰り返し美紀に見せつける。

 あれからもう何年もたった。大学を卒業し、就職して三年目。

 なのに、あのころの自分がすぐ後ろに立っているような気がして、美紀はうんざりした。職場でも、高校の時とかわらず、マジョさんと呼ばれているのが我ながらおかしかった。

 天然パーマを押さえるために、髪を固くひっつめて、メイクもほとんどしない。度が進んで新調したメガネは、やっぱり黒。ほかにひかれるものもなく、なんでもよかった。

 親しくつきあう人もなく、本があればいい。そんな性格が、人を寄せ付けないこともわかっている。美紀が心を開いてみれば、同僚たちとももっとよい関係がつくれるかもしれない。

 でも、こわい。からかいでキスをされた時のように、人は時にひどい仕打ちをする。されたほうが、どれだけ傷つくのか、思いもせずに、ただ気に入らないから、そんな理由で誰かを傷つけて、あとはさっぱり忘れてしまうのだ。

 

 



 「そんなに不満?」

 大きなため息をついたとき、それを聞きとめた男がちらりと美紀を見た。

「不満だらけです」

 美紀は赤いクーペの助手席で、もう一度ため息をついた。

「仕事と関係ないじゃありませんか。一社員の私が、社長の連れとして出席するなんて、無謀です。だいたい、なんで私が・・・・・・」

 和光明は、つぶやくように言った。

「無謀ねえ。マジョさんは、言葉の使い方をまちがえてる気がするな。無謀って言うのは、深い考えがない、成功する見込みがないっていうとき使うんだ。きみ、国文学専攻だろ。人には、いつもあいまいはやめろと言うくせに」

 一言多い。この人と話すと、いつも美紀はペースを乱されてしまうのだ。

「だから、言ってるんですよ。例の彼女と行けばいいじゃないですか」

「振られたよ、きのう」

「花束はどうしたんです。渡せたんでしょ」

「薔薇アレルギーなんだって」

 あっさり城田は言い、それきり気まずい感じの沈黙が車内に満ちた。

(で、補欠の登場というわけ)

 美紀はこっそり息を吐いた。

 補欠も補欠。最後の砦というやつだ。雇われの身で、社長のお願いを断る度胸は美紀にはない。というよりも、どこか憎めないこの人が、美紀に頭を下げてみせるところを、ほかの社員にみせたくないというのが実状だ。

「社長の弱みでも握ってるの?」

 好奇心をおさえきれない顔つきで、同僚にそう聞かれたとき、美紀は本当に返答に困った。弱みなど、この人には、ない。ある目的があって、それを果たすためならば、頭の一つや二つ、下げることなどなんとも思わない。ただそれだけのことだ。

 今夜のパーティーに誘う相手が、どうしても見つからなかったのだろう。パートナーなしで行くという選択肢は、彼にはないようだった。

「格好がつかないだろ」

 「マジョさん」を伴うのはかまわないと言うのか。理解に苦しむ。電話ひとつで、もっと見栄えのする相手を呼ぶこともできるはずなのだ。

 首都高をすいすいクーペが走る。金曜の夕方にしては、すいているほうだ。危なげない運転だけれど、時々ひやっとするときがある。急に前に車が入ってきたり、ウインカーなしで割り込んだりする車があると、けたたましくクラクションを鳴らす。

「スピード出しすぎです。もっと余裕を持って運転してくださいよ」

 たしなめると、彼は言い返した。

「だって、割り込まれるのは、嫌いなんだ」

 どうも子どもっぽい。この言動を、彼を「カリスマ」としてもてはやす各方面の人たちに聞かせてやりたいくらいだ。

 和光明、年齢二十七歳。名の通った大企業に就職後、わずか一年で退社、会社設立にいたる。その後、「二年で上場してみせる」と雑誌の取材に大言壮語、みごと有言実行して、順調に成長を続ける会社をひきいている。

(うまくいっているから、いいようなものの)

 美紀は言うなれば、明のお目付役だった。秘書と言ったら聞こえはいいが、ようは便利屋だ。

 明は会社を立ち上げて、休日返上で朝から晩まで働いていた。鬼気迫るありさまだった。

 美紀が彼の元で働くようになったのは、まったくの偶然と言っていい。高校時代の恩師に、大学卒業を機に挨拶にいったら、明と出会った。彼は独立したばかりで、スタッフを探していたのだ。

 思いついたように誘われて、翌日から出社。人もまだ少ない当時は、経理から人事、法務、もちろん雑用も、見よう見まねの四苦八苦でなんとかこなしてきた。

 明の誘いに乗ったこと。それがよかったのか悪かったのか、今でもよくはわからない。

 ただ、退屈とは無縁の生活であることだけはたしかだ。 

「さあ、着いた」

 明が車を止めたのは、とあるサロンの前だった。

「ここ、ですか?」

「予約してあるからね」

 入るのに気後れしている美紀を引っ張って、明はドアを開けた。

 一面青く塗られた壁は涼しげだ。白い大理石の床はぴかぴかで、顔までうつりそうなくらいだった。

「まあまあ!」

 ほどなくして素っ頓狂な声が響いた。中二階から階段を降りてきたその人は、明の頬を長いつけ爪でなぞった。

「城ちゃん、こんにちは。ごぶさた」

 180センチ近くある明より、頭一つ分さらに大きい。美紀は思わず後ろにさがった。細身にあっさりした麻のジャケットとパンツという出で立ちで、シンプルだがひどく似合っていた。坊主にできるのは、頭の形がいいからだ。鋭角の耳たぶに光る小さなピアス。

「こちらは、お連れさん?・・・・・・まあ、もっさい子」

 美紀はうつむいた。事実だ。でも、しみじみと言われると腹が立つ。

「どんな子でも、磨けば光る、そうでしょ。北条さん」

 明は言った。そこで、はっとした。どこかで見たことがあると思ったら、この人は、北条時男だ。きついダメだしのあと、クライアントを劇的に変身させるという番組によくでている。口癖は、たしか、「もっさいわ」だ。美紀は顔がひきつるのを感じた。

「じゃあ、おれは近くで用事すませてくるから。よろしくお願いしますね、北条さん」

 明はさっさとサロンを出ていった。

「マジョさん、しっかりきれいにしてもらいな」

(よけいなお世話・・・・・・!)

 あとには辛口ファッション評論家と、ダメだしポイント満載であろう美紀が取り残された。

「ふーん」

 北条は、じろじろと美紀を値踏みした。

「あんた、明ちゃんのなに?」

「秘書、のようなものです」

「へえ、そう。よくそんな格好で、あそこの秘書がつとまるわね」

 居心地の悪さに耐えきれず、美紀は声を上げた。

「あの、私はやっぱりいいです」

「なにがいいっての? そのもっさい格好のまま、うちの店から出られると思ったら大間違いよ。あんた、ところで一日に何回みる?」

「何ですか?」

「鏡よ、鏡」

 朝起きて、ざっとメイクして、昼休憩にトイレで見て、夜に歯磨きしながら。

「・・・・・・三回、かな」

 声にならない悲鳴が、北条のつやつやの唇からもれた。

「小憎らしいわね。女をあきらめてるじゃないの。ほんとにもう、ちょっと、こっち来なさい!」

「いやです。女もあきらめてなんかいません」

 美紀は大きな鏡の前に引っ立てられた。

「とっくの昔にあきらめてるでしょ、もったいないオバケでるわよ。なにこの髪。あーあーあ。ワックスでがちがちに固めるなんて信じられない! それに、この肌。ちゃんとお手入れしてないでしょ。せっけんでじゃぶじゃぶ洗顔して、ごしごし拭いちゃってる? 汚れた床みたいなのも納得ね」

 ただ、怒りだけがわいてくる。

「それに、この服。あのね。服は体にくっついてればいいってもんじゃないの。TPOってものが」

「それくらい知ってます」

 言い返すと、ほっぺたをつねられた。痛い。

「どの口がそういうことを言うわけ。このシャツの襟と袖型、はい、三年前にはやりました。このスカート、ちょ、おばーちゃんの原宿で買った? パンプス、ヒールに傷ぅ。靴裏ほとんどすり切れてるじゃない」

 シャツは着慣れて心地いいお気に入りだ。スカートだって、譲ってもらったものだけど、落ち着いていて好きだ。足になじむパンプスがなかなか見つからなくて、傷があることは知っていたけれど、はきつづけていた。

 わかってる、雑誌に載っているようなキレイなファッションでないことくらい。わかってる、髪の毛にかまうことも、肌のお手入れを怠っていたことも。でも、それを見ず知らずのオカマに言われたくない。

「もう、いいですから!」

 美紀は声を上げた。腕を振り払って、美紀は出口に向かって歩き出した。

 こんな店、あと一分だっていられそうにない。

「ねえ」

 背中に、おかしそうな北条の声が投げかけられた。

「社長命令なんでしょ?」

 美紀はドアにのばそうとした手をとめた。

 出て行きたい。振り返りたくなんてない。

「マジョさんって、いつまでもそう呼ばれててかまわないわけ?」

 美紀は目をみはって、ごくんとつばを飲んだ。

「あたしにトータルでコーディネート頼みたいって人はね、一年前くらいから予約してもらってるの」

 トータルというとき、やけに発音がいい。

「明ちゃんには昔、とっても世話になったことがあるから、特別時間とったけど。ねえ、これはチャンスなんだって気づいてる?」

 チャンス。

 その言葉が、なぜか心を揺さぶった。


「マジョとチューしたい人!」


 残酷な声が、耳の奥によみがえる。

 もう少しキレイだったなら。「美女木美紀」の名を聞いて、クラスメイトたちが笑わないくらいの容姿の持ち主だったなら。

 堂々と、あの人と会い続けることができたかもしれない。

 からかいで突き飛ばされることも、なかったにちがいない。

 後味のわるい最悪のファーストキスを思い出して、美紀は唇をきつくかみしめた。

(やってもらおうじゃないの)

 振り返って、北条の前に戻った美紀は、勢いよく頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 やれるものなら、やってみろ。殊勝な気持ちなどない。挑戦状をたたきつけている気分だった。

(この二十何年もののコンプレックスを、トータルにコーディネートしてもらおうじゃないの)

 北条はつけまつげをした目をぱちぱち瞬きさせたあと、にっと笑った。

「望むところ。さあ、時間はないわよ、始めましょ」

 

 それまでどこに待機していたのか、北条が一声かけると数人の男性が美紀にかしずくようにそばに立った。髪には丁寧にパーマがほどこされた。

「はい、さっぱりお嬢様系メイク、完成」

 顔ができあがったあと、メガネを再びつけてみると、美紀は鏡から目を離せないまま、思わず声を上げた。

「わあ!」

 魔法のようだった。

 メイクだけでこれだけ印象が変わるなんて。眠そうだった目が、ぱっちりと大きく、輝きをまして見えた。ぼさぼさの眉は細く優美にカットされている。唇はみずみずしい果物みたいにおいしそうだ。チークがほんのりと頬を染めている。黒縁のメガネだけが、なじみのもの。そのほかは、もういっそ、顔ごと誰かと取り替えでもしたみたいだ。

「そのメガネ、預かるわ」

 メガネがはずされると、再び視界はもやがかかったようになった。

 北条の言ったことは、あながちはずれてはいないのかもしれない。

 女であることを半分以上あきらめてきたのではないだろうか。

 キレイでありたいと願うこと。自分に手をかける、ということを、美紀はあえてしてこなかった。見ない振りをして、過ごしてきた。

(これが、私・・・・・・?)

「お手をどうぞ」

 一度もマニキュアすら塗ったことのない美紀の爪に、きれいな桜色のネイルが貼られていく。

(やめよう。今は)

 何も考えたくない。

 美紀はただ、目を閉じた。



「今のあんたをマジョさんと呼ぶやつがいたら、あたしがひどいめにあわしてやるから」

 完成した作品を前にして、北条は満足そうな声で言った。

 メガネがないと、伸ばした手よりさきはぼやけて何も見えない。心許なくてしかたない。髪はふんわりまとめられているが、耳のわきに垂らした髪がまっすぐで、それが信じられなくて、美紀はすべすべの髪を何度も手ですいた。さらさらのロングヘア。はねもない髪の毛は、完璧に美紀の理想そのものだ。

 背中がすうすうする。大きく背中のあいたデザインのうえ、腕もひざ頭もすっかりのぞいたドレスは、シンプルだが上品で、質のよいものにちがいない。足下には、エナメルのような光沢のあるハイヒールが、照明を照り返していた。歩きにくいが、背筋がすっと伸びるような気がした。

 この格好で、背中を丸めて下を向くことはできない。前をまっすぐみつめて、高く顔を上げて歩くのがふさわしい装いだ。

「お姫様、今夜はあんたが一番きれいよ」

 北条が美紀の手をとった。おせじがくすぐったかった。

「あら、素直に受け取っておきなさい。半分以上は本当だもの」

「あの」

「さあさあ、おしゃべりする相手はあたしじゃない。足下に気をつけて。王子様のお迎えだわ」

 階段を降りていくと、誰かが下で待っていた。ぼんやりとしか見えない。目を細めて、美紀は手すりをたよりに降りていった。あと数段というところで、ひとつ踏み外し、よろけてしまった。てすりをつかみそこねて、美紀はつんのめった。

 転んでしまう。目をきつくつぶったとき、しっかりと抱き止められて、美紀は目を開けた。スーツを着込んだ肩のあたりに顔をうずめてしまっている。

「社長? ありがとうございます」

 何も言わないのはおかしい。いつもなら、からかわれるか、それとも一言ちくりと嫌みでも言いそうなものだけれど。顔をあげた美紀は、吹き出した。おばけでも見たような顔だ。

「大丈夫?」

 戸惑ったような、聞いたことのないやさしい声が落ち着かない気分を呼び起こす。美紀は腕をつっぱねるようにして、彼から離れた。

「社長こそ。もう行かないと間に合いませんよ」

 空は暗くなりつつある。腕時計を確認して、明は頭をかいた。 

「本当だ。急ごう」

 北条が店の外まで出て見送ってくれた。口は悪いが、手をふる気さくさはなんだか好ましかった。助手席のドアを開けてもらったことなど、初めてだ。明はどうやら、メガネをかけていない美紀を気遣ってくれているようだった。

「社長、あの、貴重な経験をさせていただいて、ありがとうございます」

「なんのこと?」

 明はつまらなそうに言った。

「仕事だよ、これは。言ったろう、特別の手当も出すって。きみは、今夜はおれの恋人になってもらうから。それ相応の装いもしてもらわないと」

 シートベルトをしめる音と、美紀の胸の鼓動がぽんと一つ大きくはねたのが重なった。

「恋人?」

 明はうなずいた。

「言わなかった?」

「聞いてません!」

 美紀は声を上げた。



 豪勢な百合の花が生けられたエントランスは明るい。

 都内のホテルの一フロアをすべて貸し切りにしたパーティは、すでに招待客でにぎわっていた。腕の届くところまでしかよく見えない美紀は、少々癪ではありながら、ただ明にうながされるままについて行くことしかできなかった。

「和光くん、久しぶりだね。相変わらず元気かい」

「そちらのお嬢さんは?」

「和光社長、ぜひご一緒したい企画があるんですが」

 次々と話しかけられる明は、にこやかに、かつ人の気を逸らさずにそれに応えている。

 美紀は感心した。背筋もすっとのび、驚くべきことに顔つきにもだらけた甘えたところがなくなっている。意識してそうしているのかどうかはわからないが、明は大勢の人に囲まれるときは、それにふさわしい振る舞いをすることができるのだった。

 美紀は自分がうまくほほえんでいられるか、ずいぶん自信がなかった。明がさっき言ったことも、気になっていた。

(恋人、この人の?)

 冗談じゃない。こんな勝手で、女たらしで、口も悪い奴の、だれが恋人になんか。

「笑顔、笑顔」

 飲み物を手渡しながら、明はおかしそうに言った。

「眉間にしわが寄ってるよ。美紀」

 口に含んだものを吹きこぼしそうになるのを、なんとか美紀はこらえた。

「やめてください、社長」

 明は何食わぬ顔で、美紀の耳元に唇を近づけた。そのあまりの近さに、背筋がぞくっとした。

「色気ないな。お芝居がばれるよ、そんなんじゃ」

「お芝居なんて、むりです」

 美紀はこっそりたずねた。

「どうして、こんなことを?」

 明は唇を笑わせた。遠くで会釈をする人がいたのだ。

「むりでも、やるんだよ。でないと、ここで」

 明はほほえんだ。

「きみにキスでもしようか」

 足でも踏んでやろうか、口の中で毒づいた美紀は、明が口で言うほど平気な様子ではないということに気づいた。

 リラックスしているようではあるが、どことなく顔に血の気がない。伏せた目にはどこか落ち着きがなく、美紀の手を握りしめる力はさっきよりずいぶんと強くなっていた。

「社長・・・・・・明、さん?」

 明はためいきまじりに言った。

「そばにいてくれないか」

 ほんのささやかなつぶやき。聞き返そうとしたとき、誰かが目の前に立ったのがわかった。

「明さん、久しぶりね」

 美紀は頭を下げた。それから目を細めて、小柄な女性をこっそりみつめた。どこか尖った声だ。

「お仕事がお忙しいんじゃなくて?」

「おかげさまで」

 明の声は固かった。

「あなたは一年で独立なさって。その勇気も決断力も本当にすばらしいわ。ゆくゆくは、城田の幹部にともいうことだったのに」

 美紀はぎくりとした。 

 表だっては明らかにされていないことだが、明の父は城田ビルディングという企業の役員をしている。彼が城田を名乗らないのは、そうできない事情があるというのが公然の秘密なのだった。

 会場の照明が落とされ、設えられた壇上に恰幅のよい男が立った。

 城田ビルディングの創業祝いのパーティーが、今夜、まさにこのホテルで行われることを、今まですっかり忘れていた。去年も一昨年も明は欠席をした。でもなぜ、今年は出席しようという気になったのだろう?

 挨拶が終わり、明るくなった会場にざわめきが戻ってきた。グラスのぶつかり合う音、そこかしこで交わされる談笑。

「兄さんは、どちらですか? 探しているんですが」

「何かご用でも」

 ひるむほどの冷たい声だった。明は平気な風で、ほほえんだ。

「ご挨拶をと思っただけです。この人をぜひ兄さんにお目にかけたくて」

 急に引き合いに出されて、美紀は息をのんだ。

 女性は一歩踏み込むようにして、美紀に近づいた。

「こちらの方が、例の?」

 ぼやけていた視界のなかに、フェミニンな白いスーツを着込んだ女の姿がようやくはっきり見て取れた。

「結婚を前提に、おつきあいされているという方ね」

(冗談でしょう)

 そう問いつめたくなるのをこらえて、美紀はつとめてにこにこしていた。

 頬の肉がそげたようにやせているその人は、いまいましそうに顔をゆがめた。

「こんなすてきなお嬢さんがいらっしゃるなら、はじめに言ってくれないと。先方に大変な失礼をしたこと、わかっている? 明さん」 

「ご迷惑をおかけしました。お母さん」

 そう言った瞬間、かろうじて刻まれていた笑みは消え、彼女はにらむように明を凝視した。どうみても好意的とは思えない、嫌悪に満ちた表情だ。

 明をこんなふうに見つめる人がいるなんて、信じられなかった。彼はどこへ行っても、すぐに誰とでも打ち解けることができる。相手の心をつかみ、すばやく懐に飛び込むすべを生まれつき知っているかのようだった。年下には慕われ、年上には目をかけられる。

 それなのに、彼が「お母さん」と呼んだ人は、まるで憎むべき敵でも見るようにかたくなな表情をしていた。

「上に行ってごらんなさい。あなたを追い返したと知ったら、あとであの子に叱られるもの」

 それから、つんと顔をそむけた。ほかの来客のもとへ向かう横顔には、穏やかな人なつこい笑みが浮かべられていた。

 まだ胸がどきどきしている。

 明のほうを見られなくて、美紀はだいぶ困った。なんて言葉をかけたらいいのか、わからなかったのだ。

「びっくりしたろう」

 明はため息をはいた。

「父の戸籍上の妻だよ。今日はずいぶん穏やかなほうだ」

 手を引かれて、美紀はテラスに連れ出された。休憩のためのソファとテーブルがおいてある。静かな夜の気配が空を塗り染めていく。

 明は上着の内ポケットから、何かを取り出した。

 ふちのない楕円のレンズ、飴色の細いつるをしたメガネだ。

「せめてもの、お詫びのしるしだよ。かけてごらん」

 いいにくそうに、明は続けた。

「本当はサロンで渡そうと思っていたんだけど。きみにみとれて、すっかり頭からとんでた」

「また冗談」

 メガネをかけた美紀は、胸がうずくような気がした。

 こちらをみつめる明の顔つきは、真剣だった。

 息が詰まるような苦しさを感じて、美紀は目をそらした。

「おいで。会わせたい人がいる」

 エレベーターに乗り込むと、明は最上階に美紀をともなった。落ち着いたダークブラウンの家具で統一された部屋は、明かりも落とされ、間接照明だけがぼんやりと壁に掛けられた絵画を照らしていた。

「失礼します」

 明はためらわずにじゅうたんを踏みしめて、奥の続き部屋に足を運んだ。

 寝室だ。キングサイズのベッドの枕元に、上着を脱いで深く腰掛けた人がいた。その人は顔を両手で覆っていたが、ゆっくりとこちらに向き直った。

「明か」

 すこしやつれてはいるが、やさしい笑顔は、確かに見覚えがある。

(城田先輩)

「こんばんは、学兄さん」

 夕暮れの図書室で、学と語り合ったこと。

 ほかのだれも知らないような、深い話題で共感をわかちあえたこと。

 やさしく美紀をみつめていたあの瞳を、まっすぐにのぞきこめたあの時間を思い返すたびに、美紀は胸がうずくのを感じる。

 学は立ち上がり、手を差し出した。

「明の兄の、学です。明も水くさいな。こんなすてきな人がいるなんて、はやく紹介してくれればいいのに」

 学は、目を細めた。

「どこかで会ったことがあるかな。お名前は?」

 問われて、すぐには答えることができなかった。

「美女木、美紀です」

 ようやく口からおしだしたが、学は少しも表情を動かさなかった。

「はじめまして、美女木さん」

 握手したあとも、学の姿から目を離せなかった。

 すっかり忘れられていた、ということよりも、彼の左手の薬指に光る指輪に気づくと、何か気の抜けるような、さびしいような、ほっとした感じがこみあげてきたのだ。  

「あなたのことは、明から聞いているよ。あなたなら、明を支えてくれるんじゃないかって。いつもそう思っていた。どうか、こいつをよろしく」

 思わず明をみると、本人はすました顔をしている。

「はあ・・・・・・」

(どうしよう)

 よろしくされてしまった。

 初恋の人はとっくに結婚していて、そのうえ彼から「弟を頼む」と言われるなんて。

 城田学。城田財閥の御曹司。

 高校生の頃は女子のあこがれの王子様だった学は、じっさい本物の王子様だったのだ。

 再会できたのに、少しもうれしくない。キレイになった姿を、見せることができたなら。そんな淡い望みが果たせたはずなのに、ただみじめなだけだった。

 図書室での出来事を覚えていたのは、美紀のほうだけだったのだ。それを思い知るくらいなら、会わなかったほうがましだ。

 部屋を出ようとしたとき、水を持った女性と目があった。

 会釈をかわすと、明は美紀の手を引いて廊下へ出た。

「兄さんは、結婚したんだよ、半年前に」

「そう」

「一度体をこわしてね。さっき部屋にいた女性、あの人が奥さんだよ」

 やさしそうな人だった。控えめな笑顔がきれいで、可憐だった。

「残念?」

 明はたずねた。

 なぜそんなことを聞くのだろう。

 高校の時、ほんのすこし学と接点があったことなんて、明には知る由もないだろうに。

 少しの違和感をなかったことにして、美紀は下へ降りるエレベーターの中で明に詰め寄った。

「いったい、どういうことなの?」

 明のことは、きらいではない。経営者として、尊敬してもいる。

 ただ、こんな嘘をついて縁談から逃れようとするなんて、姑息だ。 

「罪がない嘘っていうものさ」

 明は平気な顔をして言った。

「婚約者なんかを押しつけられてたまるか。おれはまだ結婚する気なんてないし、あてがわれた相手と結婚なんてできるわけない」

 エレベーターの中で、明は手を差し出した。

 メガネもあるし、手助けは必要ない。

 その手を押しのけるように美紀は無視した。

「いいわけを聞かせる相手が違うんじゃありませんか」

 にらみつけると、明は肩をすくめた。

「自分の本当に欲しいものにしか興味がないだけだよ」

「そのために、うそをついてもいいっていうの?」

「うそだとバレなきゃいいだろ」

 子どもっぽい。本当に、あきれてしまう。

 欲しいものとやらを、本気で探している風にも見えない。

 近くで彼を見ているからこそ、言えるのだ。

 つきあう相手をころころ変える。最長で、一年。それ以上は恋人関係が続いたためしがない。傷心はフリだけだということは、目を見ればわかる。彼が心底うちのめされたのなんて、見たことがない。

 会社が軌道に乗り始めて、オンオフの区別も一切なく働きづめに自分を追い込んでいた。自分から崖のふちに追いつめられて、あと一押しされるのを待っているみたいだった。

 彼にとって、その隙間を埋めるのが恋愛だった。少なくとも、美紀にはそんなふうにみえたのだ。

「本当に欲しいものなんて、あなたにあるの?」

「どうだろう。わからないな」

 明は美紀の手をとった。

「社長」

 苦笑いする人を、美紀は戸惑いながら見つめた。さりげなく重ねられた手。大きな彼の手のひらのうちにそっと握られた自分の手が、ひどく華奢で女らしくみえて、落ち着かない。

(この人は、憎めない)

 無理を言われても、なんだかんだで受け入れてしまうのは、明がなんとなく自分に似ていると思うからだ。

 恋で彼は泣かない。心を揺さぶられない。

 まるではじめから恋なんて信じていないように。

 それなのに、明の手はこんなに熱い。まるで、本当に彼に求められているような錯覚に陥ってしまいそうだ。




「来てたか」

 エレベーターを降りるなり、明は低くつぶやいた。

 みると、人だかりができている。

 シャッターの音が立て続けに響きわたる。フラッシュが焚かれるさきにいたのは、最近系列のCMでよく見かける女性だった。

 つい最近まで明がつきあっていた人だから、よくよく注意して見ていたというのもある。彼女の好きなもの、嫌いなもの。雑誌のインタビューを読んで贈り物を考えるのは、美紀の仕事だったからだ。

 薔薇の花束をもらうと、本当にうれしい。

 記事で読んだのは確かだ。

 発注した薔薇百本の花束。どこが気に入らなかったんだろう。

「社長」

「静かに」

 明は押し殺した声で言った。

「ここで見ていよう」

 柱の影に隠れるなんて、情けない。フられたなら、フられたで、堂々としていればいいものを。

「四谷さん、ご婚約が間近だというウワサですが」

 投げかけられた質問も、答える人が口ごもるのも聞き取れる場所だった。美紀は耳を澄ませた。

 明が二股をかけられ、天びんに乗せられた上で捨てられたのなら、多少は同情の余地もある。

「薔薇を百本、花束にしたのをいただきました」

 どよめきが起こった。女性陣からはうっとりしたため息。

(薔薇百本の花束?)

「でも、残念ながら、フられてしまいました」

 さらに大きなざわめきが広がった。

 美紀は壁に明を押しつけて、胸ぐらをつかみあげた。

「社長、どういうことです」

 腹が煮えくり返る思いだった。

「四谷まどかをフるなんて、正気ですか」

 美紀は早口でささやいた。

 正気のはずがない。清純派にして好感度抜群、CMで長いさらさらの髪を風になびかせ、透明感のある微笑で人気をさらったあの人。

 明はいやそうな顔で唇をひん曲げていた。

「政略結婚ってやつだよ。四谷さんは、城田と関係が深い会社の令嬢だ。城田のCMに彼女を起用したのだって、偶然なんかじゃない。そういういきさつがあって、断るにも、断れないだろう」

 目をのぞいてみると、どこかこの状況を他人事のように思っているのが透けて見える。美紀はうんざりした。

「ファストフードで食事して、電車で移動。そんなのであきれてくれるかと思ったんだよ。なのに、あの子は居酒屋なんかかえってめずらしかったみたいで、気に入ってはもらえたんだけど」

 駅前の大衆居酒屋に四谷まどかを連れて行ったのか。たしかに、彼女は珍しがりそうだ。

「もったいない」

 人の波がひいたのをこれ幸いと、そっとその場を離れると、背後から声をかけられた。

「明さん?」

 振り返ると、胸元のあいた白いドレスをまとった三谷まどかがそこにいた。清楚で、におうような色気がある。美紀の着ているものと、デザインも色も同じに見えるが、どうも美紀は彼女ほど完璧に着こなせているという自信はまったくなかった。

「四谷さん、こんばんは」

 明はさっきまでの情けない表情をしまって、ほほえんだ。

「もうお帰りになるの?」

 残念そうな声で聞きながら、美紀へ視線をむけてくる。何気なく見ているようで、どこか好奇を押さえきれないようなまなざしだ。

 無関係です、そう叫びたかった。

 しかし、明が美紀を「恋人」としてともなっている手前、そんなことを言ったら収集がつかなくなりそうだ。

「そう、この方が・・・・・・」

「古い知り合いです。学生の頃からの」

 明はため息を混ぜながら言った。

「独立の時も、縁があって助けてもらいました。この人はおれのことを弟か何かと思って、ちっとも振り向いてくれなかったんですよ。あなたのおかげで、ようやく、口説く勇気が出ました」

 ほほえみを口元に張り付けながら、うなずき聞いていた美紀は、ふと歩み寄ってきた人に手を取られ、握りしめられた。四谷まどかが、熱心にこちらをみつめている。

 ひんやりとした手はすべすべで、近づくといい匂いがした。

「美女木さん、明さんをよろしくおねがいします」

「はあ・・・・・・ええ?」

 しみひとつない肌を、黒々とした瞳をみつめていると、なにかとんでもない場違いなところにいるようで、めまいがした。

「薔薇の花束、ありがとうございます。わたしの好きな花をご存じでいらして、うれしかった。明さんは、兄のような方で、わたしの知らないことをたくさんご存じです。そんな明さんが、頼りにしていらっしゃる女性に、いつかお会いしたいと思っていました」

「あの、私はそんなんじゃ」

「いいんです。何もおっしゃらなくても。どうか、お幸せに」

「きみも」

 笑顔で髪を揺らし、去る後ろ姿もうつくしい。

 わかったのは、明が愚か者だと言うことだけだ。

 美紀は、腹を立てながら明をにらみあげた。

 ひどくのどが渇いていた。炭酸水だと思ってあおったのが、ワインだったことに一口含んで気づいたが、かまわず飲み干した。

「うそも、ここまでくると笑えますね」

 政略結婚がいやで、美紀をだしにして同情をかい、フるようにし向けたのだ。たしかに、あの人にとってはこのほうがいいかもしれない。うそつきで軟弱で愚か者と結婚するよりは。

「ひどいな。マジョさんは、おれのことをそんな風に思ってたの?」

 顔を背けると、明はつぶやいた。

「ぜんぶうそなわけじゃない」

「好きでもないくせに、私のことをよくも恋人なんて紹介できたものね」 そこまでして守りたいものが、まったく見えてこない。政略結婚だってなんだって、そこまでして逃げたがるわけがわからない。

「これからそうなるんだから、かまわないだろ」

 冗談じゃない。

「本当に欲しいものしか、いらないんでしょう」

 その舌の根がかわかないうちに、そんなことを平気な顔をして言う明が信じられなかった。

「軽率で、誠実じゃないわ、そんなの。今日という今日は、心底あきれました」

「マジョさんに、男のことがわかるっていうの?」

 明はふしぎそうに言った。

「おれのことが、わかるっていうの? 話もよく聞かないで。不実か誠実かなんて、きみにわかるのか?」

 かっとなって、美紀は思わず声を大きくした。

「誠実じゃないってことは確かね」

 周りの人が振り向く。どう思われようともかまわなかった。明に振り回された一日の終わりに、すこし自由にふるまったってばちは当たらないだろう。

「もう、帰る」

「どこに行くんだよ」

「さよなら」

 美紀は会場を出て、歩き出した。

 足下がふわふわする。フロアにしかれた絨毯にヒールをもっていかれそうになり、よろけた。

「一人で帰すわけにはいかないだろ」

 駆け寄ってきて腕をとった明は、なだめるように言った。

「けっこうです。まだ電車もあるし」

「そういうことじゃない」

 舌打ちをして、明は美紀の背中に腕を回した。

「女たらし・・・・・・」

「うるさい、酔っぱらい。ほんとうに酔ったの? あれだけで」

「まさか。酔うわけないでしょ」

 ふりほどくことはできなかった。おそろしいほど強い力で抱き寄せられて、美紀は息もできなくなりそうだった。

「離して」

 やっとのことで言ったとき。

「どこにもやらないよ。これは、命令だ」

 低い、押し殺したような声が聞こえた。

 誰かが明を探して呼ぶ声がする。彼は美紀の手を引くと、ドアを開けて中に体を滑り込ませた。すぐに、通り過ぎる足音がした。だれもいない着替え室は、ただ照明だけがぼんやりとついていた。

 ぼうっとして見合っていると、ドアに手をかける気配がした。

 開かれたとき、二人は奥のクローゼットにすんでのところで身を隠し、みつかることをまぬがれた。

「おかしいな。いると思ったんだが」

 そんなつぶやきが耳に届いた。すぐにドアは閉まり、覆いかぶさるように美紀を壁に押しつけていた明は、ふかく息を吐いた。

 せまい場所にいることも忘れて、美紀は明の胸を押した。

「つぅ」

 明はハンガーに頭ををぶつけて、顔をしかめた。

「どうして隠れるの」

 美紀は間近で見下ろしてくる明の目を見れないまま、ささやいた。

「はやくどいて。帰るんだから」

「だめだ。一人じゃ帰さないよ」

「いつでも自分勝手ね。わたしのお願いなんて、きいてくれたことないじゃない」

「お願いなんてかわいいこと、きみはいつしたっけ?」

 頬に明の息がかかる。こわくなって、美紀は目を閉じた。彼の目に、自分がどんなふうに映っているのか、見たくない。気まぐれなのか、それとも、同情なのか、あわれみか。

 そのどれもが、美紀にとっては不本意で受け入れがたいものだった。

(私は、いらない。何も、いらない!)

「おれが嫌い?」

 口を開こうとしたとき、あたたかな感触が美紀の唇にふれた。息をうばうようなキスだ。熱い舌が忍び込み、好きにふるまった。背中と腰をたくましい腕にとらえられ、逃げるすべもなかった。

「んっ!」

 顔を引くと、舌が擦れ合って唾液がこぼれた。

 こみ上げた涙をおさえずに、美紀はしゃくりあげた。

「キスなんて大嫌い。あなたも大嫌い」

 明は苦しそうに目を細めた。

「もう遅いよ」

 狂おしい目でみつめられると、気持ちをうらぎって胸の鼓動がはやくなる。

「もう待てない。きみには悪いけど、おれは割り込まれるのがきらいなんだ。たとえ、相手が兄さんだって」

 無茶をする明のほうが、泣きそうな顔をしている。美紀は驚いて聞き返した。

「何の、こと?」

「さあ」

 美紀の首筋に顔をうめて、明はささやいた。

「きみは、いつも図書室にいたね」

 低いかれたような声。

「ほかの誰も手に取らないような本をさ。あれは、寄贈本なんだよ。貴重な本だけど、きみくらいしか読まなかった。だから、気になったんだ」

「本」

 ほこりをかぶったような、かび臭い古い本。

 においもはっきり思い出せる。今でも、胸の痛みと一緒に、あの人の笑顔がよみがえる。

「社長・・・・・・?」

「名前で呼ばないと、キスするって言ったと思うけど」

 明は泣く子をなだめるように、口づけをした。あめ玉をおしこむような、息の通う甘いキスだ。美紀はあえいだ。

「や」

「兄さんなら、きみは拒まない?」

 ドレスごしにふくらみに触れた手が、ゆっくりと胸をなでた。逃げようとすると、ひざを割るようにして体を割り入れてきた明が、ふとため息をはいた。

「おれのほうが、最初にきみをみつけたんだよ」

「うそ」

「うそじゃない」

 くるしくて、深く呼吸がしたくて顔をあげた美紀の唇に、明がそっと唇を重ねた。ドレスがずれて露わになった肩に、熱い息がかかった。かたい手のひらが、むきだしの背中をなでる。たくしあげられたドレス。美紀の足の付け根に、ざらりとした堅い腿があたり、甘いしびれがおこった。

 体がはねる。押さえようとしても、鼻にかかったような、自分のものとも思えない甘い声が漏れ出すのを止めることができなかった。

 明は困り切ったように言った。

「きみをここで、抱いてもいい?」

「だめ」

 だめなのはわかっているのに、首筋に舌を這わされると、それほど強い拒絶もできなかった。

「だめっていわれると、よけいにしたくなる」

 明は背の低い靴入れに美紀を座らせ、ひざをなでた。そのまま奥へ手をすべらせ、下着の中に指を忍ばせた。

「早急で悪いね。でも、よそに連れて行く余裕なんてないんだ。きみを、誰の目にも触れさせたくない」

 ワインのせいだ。 こんなに体が熱く火照るのは。

 こわいのに、いやじゃない。いやじゃないけど、こわい。

「待って」

 明の腕をつかむと、美紀は必死に言った。

「こわい」

「うん」

 美紀の頬に顔を寄せて、明はやさしく言った。

「わかってる。できるだけ、ゆっくりする」

 そういうことじゃない。

「おれは、きみのこととなると、ちっとも我慢ができないんだ。本当に、自分であきれるくらいだよ。でも、そばにいてほしい。この気持ちは、うそじゃない。これだけは、本当だ」

 足を抱え上げられ、秘めたところに堅い高ぶりがあてがわれた。

「美紀」

 息をのむと、耳元で熱い声がする。低くてただ一途な男の声。

 名を呼んだのか、それとも言葉にすらならなかったのか、それすらもよくわからない。美紀はきつく抱きしめられながら、背中にしがみついた。そうして、いつも頼りなくも寂しげに見えた背中が、広くたくましいことを初めて知ったのだ。



 目覚めたあとは、ぞっとした。

 昨日の醜態、体があちこち痛む。

 そこは簡素な部屋だった。ベッドがひとつ、そして本棚がひとつ。

 書名を目でたどるまでもなく、見知った背表紙が棚を埋めているのに気づいて、美紀はなんとなく意外な気持ちがした。

 古事記、万葉集、日記文学。

 今は絶版になって手に入らない全集が、乱雑だがチェリーウッドの本棚にちゃんとおさまっている。

「おはよう」

 開け放された窓から、涼しい風が吹き込んでくる。静けさのうちに眠ったような街並みが見えた。窓辺に置かれたポトスに水をやっていた明は、振り返って苦笑した。

「きみが目を覚まさなかったから、うちにつれてきたよ。一人住まいだから、気兼ねしなくていい」

「どうして・・・・・・」

「どうして? それをきいてどうするの」

「どうして、私なの」

 明は床をきしませて近づくと、ベッドに腰掛けて美紀の髪をなでた。

「最初は、きみが気にくわなかった」

 目を伏せて、明は話し始めた。

「いいや、全部気にくわなかったんだ。何もかもが」

 そういう明の横顔が、ふと傷つきやすい少年のそれのように見えて、美紀ははっとした。

「父親の言うことをなんでも聞き入れて、しまいには一人で死んでいった母のことも。周りからもてはやされて、にこにこ笑顔を振りまいていた城田の兄のことも」

 薄暗い図書室で、窓辺の席に腰かけて、ふと外を眺めていた人の横顔に、明の物憂い表情がかさなるようだった。線の細い、繊細そうな少年の顔。いつもぼやけた感じでよく見えなかったが、そのほうがいいとさえ思っていた。メガネをかけたら、現実に引き戻されそうな気がして。

「おれが愛人の子だってわかっているくせに、兄はおれをよく気にかけてくれた。おれは、兄貴のことを慕っていたんだよ、きみに、会うまでは」

 とても静かな声なのに、胸をえぐられるような気がした。

「おれは二年のとき、図書委員だった。きみのことは、いつも見てたよ。山ほど本を借りていったね。毎日、毎日」

 明はおかしそうに笑った。

「まじめに読んでるわけないと思ってた。でも、下校の時に、歩きながら読んでるのを見て、あきれたよ。あきれて、笑っちゃったよ」

 ちらりと、明は美紀を見やった。その目にどんな感情がかくれているのか。考え出したら、そこのない水の下のずっと下の方まで引きずられていきそうな、そんな言いしれぬ悲しみに満ちた目だ。

「兄にその話をしたんだ。そうしたら、興味を持ったらしくてね。きみに会いに行ったんだ」

 図書委員は、学ではなかったのだろうか。

「兄さんは、生徒会だよ。あんまり前にでる役目じゃなかったけど」

 やさしい言葉で追いつめられるような気がする。美紀は息をつめた。

「きみは、読書するときはメガネをとるね。夕方、あの奥の席に座っているきみのそばにいくと、静かで・・・・・・でも満たされる気持ちがした。ほっとしたんだ。声をかけたら、きみは笑ってくれた」


「城田先輩」


 鳥のさえずりが、空に響いた。

「兄さんとおれは、よく似てる。背丈も、髪型も。あのころは、よく間違えられたよ。でも、きみにそう呼ばれたときほど、ぐっさりきたことはなかった」

「・・・・・・ごめんなさい」

 明は声もなく笑った。

「きみは悪くない。名乗らなかったおれが悪かったんだ。兄と間違えられて、名乗る勇気がなかったおれが悪いんだ」

 美紀は言葉をなくしてしまった。

 それでは、いつも図書室にいたあの人は、学ではなくて、明だったというのだろうか。信じられなかった。

 寝癖のついた髪をかきむしると、明はうめくように続けた。

「でも、そのときは、腹が立って。その気持ちをどこにぶつけたらいいのか、わからなかった。もう、とっくにきみにひかれていたのかもしれない」

 伸びをして、明は立ち上がった。

「兄さんは生まれながらに、全部を手に入れてる。おれは、二番目の女性から生まれたってだけで、どこか後ろめたい思いをしているのに。兄さんはやさしいよ。でも、そのやさしさは、特別をつくらない。みんなに同じくらいやさしい。おれも、その他大勢にすぎなかった」

「そんなこと」

 言い掛けた美紀は、それ以上何もいえずに口をつぐんだ。

「特別なんて、思いこみだよ」

 明のまなざしが、誰かとだぶって見えたのだ。

 美紀を冷たくののしったあの子。

 やるせない怒りをにじませて、美紀の前に立っていたあの子と。

「兄さんをはじめてにくんだよ。そのときは、そうせずにはいられなかった。きみのことも、にくかった。うわべの薄い優しさを、知らずに受け取ってにこにこしているきみが」

 明は顔を両手で覆った。ふたたび美紀を見つめた目は、ただ笑んでいた。気持ちを隠して、自分を守る鎧。彼の笑みは、そうしたたぐいのものなのかもしれない。

「きみを傷つけたかった。泣かせたかった」

 そういう人の方が泣き出しそうに見える。

「・・・・・・きみにキスしたのは、おれだよ」



 今日は日曜だ。

 明が送るというのを、美紀はかたく断った。

 胸が苦しくて、息ができなくなりそうだ。

 彼のそばにいると、あの悪夢が大音響の恐怖音楽を響かせて、目の前に迫ってくるような気がした。

 大げさなのかもしれない。キスひとつに、ここまで引きずられるなんて、子どもっぽいのかもしれない。けれど、美紀にとっては水に流せないことなのだ。今、あの悪夢のキスの犯人がわかったとして、怒りをぶつけることもできそうになかった。

 明の横顔をみてしまっては、何も言えなかった。


 電車が動き出すと、美紀は北条のサロンに向かった。

 着替えの中に、メガネが見あたらなかったことに気づいたのだ。

 締め切られた店の前で立ち尽くしていると、やけに明るいクラクションが鳴らされた。振り返ると、青いオープンカーに乗った北条が、見事に縦列駐車をしたところだ。

「どうしたの、マジョちゃん」

 店に招き入れられると、北条はにべもなく言った。

「もういらないでしょ、黒縁の分厚いのなんて。フレームもくたびれて、ひん曲がってたわよ。明ちゃんからもらったそれで、十分じゃないの」

 涙がこみあげてきた。

「何があったの」

 ぶざまだろうと、涙は美人にしか似合わないと言われようと、かまわない。美紀はしゃくりあげた。

 北条は黙って話を聞いてくれた。相づちのひとつもなかった。

 ほんとうに聞いているのか、爪に息を吹きかけたりしていたが、とにもかくにも話し終えると、美紀のまえに湯気の立つ紅茶を差し出した。

「で、あんたは明ちゃんのことを、どう思ってるの」

「・・・・・・嫌えない」

「それだけ?」

 北条の声はやさしかった。

 美紀はそっと心をさぐってみた。記憶の中にある明の面影をなぞってみた。こみあげてくる感情は、ひとつにくくれるものではなかった。

「苦しい。好きだけど、嫌い。だけど、憎めない」

 北条はため息をはいた。

「からかいだろうが、なんだろうが、相手を傷つけるためにキスするなんて、最低ね。その手のたぐいのことが、どんなに卑怯かも、よくわかる」

 北条はカップを手に取り、紅茶を飲み干した。

「でも、明ちゃんは、ようするに、あんたのことが好きなのよ。昔はどうあれ、今はオトナよ。オトナが、正直に厨二行為を告白したんだもの。許してあげたら?」

 ぬるくなった紅茶を飲み干すと、苦みのあとにさっぱりとした甘さが舌のうえに残った。

「ゆっくりしてきなさいよ。・・・・・・少しくらい、待たせたらいいわ」

 北条は外をちらと見た。いつの間にか、赤いクーペが店の外に停車していた。 

 鳴り出した胸を落ち着かせようと、美紀はひとつ深呼吸をした。北条に頭を下げ、店の外にでると、人通りの少ない道に立つ明と目があった。

「美紀」

「マジョに、なにか用?」

 そう言ったつぎの瞬間に、美紀は手を引かれ、きつく抱きしめられていた。

「きみには、悪かったと思ってる」

 腕を解かないまま、明はゆっくりと言った。

「許されなくても。もう一度、きみにキスしたかった」

「キスしたら、さよならよ」

 美紀はようやく言った。口にして、やっと胸の重石が軽くなるような気がした。

 それが、答えだ。

 今は、さよならしか言えない。すべてをなかったことにできるほど、あの出来事は軽いものではなかった。

 許せないのは、美紀の心が狭いからなのか。

 明はゆっくりと近づいてきた。

 美紀の頬を指先でそっとなでた。見下ろしてくる彼の瞳は、何か言いたいことをこらえているように揺れていた。

 唇が、重なる。思いのこもった、やさしいキスだ。

 やさしくて、かなしい、こっけいなキスだ。

 手のひらを合わせ、指をからめた。

 この人が好きだ。でも、許せない。許せないけれど、好きだ。

 二つの気持ちに引き裂かれそうだった。

 あたたかな手。大きな手。ずっと包まれていたい。つないでいたい。

 それでも。

 唇がそっとはなれた。絡み合わせた指を、さいごの一本までほどいたら。

 それがさよならのときだ。



 それから三ヶ月がたった。

 あの悪夢は、いつの間にかみることはなくなった。

 たまに、疲れ切ったときに何かに追われる夢をみることがある。けれど、驚くべき事に、美紀は夢の中で追いかけてくるものを迎え撃ち、一喝で追い払った。

 単なる夢だけれど、目覚めたあとは爽快で、一日中気分が良かった。

 明のもとから離れると、いろいろなことが見えてきた。今までは彼の近くに居すぎたのかもしれない。三年間、明の姿を見てきた。けれど、本当に彼を知ろうとしたことがあっただろうか。

 美紀は市名を冠したちいさな駅で、電車を降りた。

 移転する事務所の文書整理も残すところあとわずかだ。

「おはようございます」

 管理室に鍵を取りに行くと、もう誰かが受け取ったという。

(まだ八時前なのに)

 一本遅らせると始業に間に合わないため、美紀がいつも最初に事務所をあける。ほかのスタッフはまだ当分来ないはずなのだ。

「おはよう、ございます」

 油の切れたドアを開けると、段ボール箱の山が目に飛び込んでくる。 

 その向こうから声がしたが、小さくて聞き取れなかった。

 紙類の山の崩れる音。奥には未分類のファイルがまだ残っている。

 駆け寄ると、そこには文書に埋もれた明がいた。

 美紀は驚き、同じくらい呆れかえって彼をみつめた。

「明さん?」

「早いね。少し片づけておこうと思ったんだけど」

 手を貸して立たせると、明は顔を背けた。

「どうして。こんなところにいるの」

 言いにくそうにしている。美紀は回り込んで彼の顔をのぞき込んだ。

「休暇をもらったんだよ。たまには、いいだろ」

「休暇・・・・・・? だって、ここであなたが何をするっていうの」

「さあ、何をしようかな。きみの手伝いでもしようと思ってるんだけど」

 明は顔をかたむけて、美紀のほほに不意打ちのキスをした。

 あとずさりしようとした美紀は、段ボールの山に阻まれて、すぐにおいつめられてしまった。

「おれときみは、どうも狭いところで愛をはぐくむ運命らしいな」

 寒気がする。こんな軽口はきらいだ。

「やめて」

「おれは本気だよ」

 手を伸ばし、明は跳ね返った美紀の髪の毛を、つんと引っ張った。

「いた!」

「さよならを言ったつもり? あれで」

 明はじっと美紀を見つめた。

「そのつもりだけど」

 腰に手を当ててにらみつけると、明は眉間にしわをよせた。

「置いて行かれても、困る」

 美紀はとうとう吹き出した。言葉とはうらはらに、明のまなざしはどこか不安げだった。

 この人に初めてキスを奪われたとき、悲しみと嫌悪しかなかった。

 でも、同じ唇で、胸がときめき、幸福を感じることができるなんて、思っても見なかった。

 美紀は一歩踏み出した。不器用な人のもとへ、また一歩。

「きみが、好きだ」

 腕のなかに抱きしめられた。

 心地よくて息をはくと、彼は美紀の髪に顔をうずめ、くぐもった声で笑った。

「呪いがとけたみたいだ。すっきりした」

「私はなんだか、呪いをかけられた気がする」

 明は顔をひいて、美紀をじっとみつめた。

 交わしたキスは甘い。

「おれの呪いは、とけないよ。きっと、ずっとね」

 なごり惜しそうに唇を離した明は、やわらかくほどけるようにほほえんだ。

「ねえ、おれのマジョさん」  

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